【寄稿】ホンマに大変! 上下水道事業の官民連携(下)

地に足をつけて考えよう 深澤哲・クリアウォーターOSAKA常務取締役

上下水道サービスを持続させるために、官民連携への期待が高まっていますが、軌道に乗せるためには、実際に取り組んでみなければならない課題や苦労があります。やってみなければ分からない、そんな考察について、大阪市から全面包括業務委託を受けて下水道施設の運転管理を行っているクリアウォーターOSAKA株式会社の深澤哲常務取締役からいただいた寄稿の最終回です。

民間が運営すれば社会コストは減る?減らない?

大阪市内にある浄水場(深澤氏提供)

1)資金調達

運営権方式では、民間企業がみずから資金調達して公共施設の運営権を買い取り、設備投資などもみずからの資金調達で行います。それもまた、財政難にある自治体が民間活用に魅力を感じる理由の1つです。しかし、民間企業による資金調達が、必ずしもインフラにかかる社会コスト全体を押し下げるわけではないことには注意が必要です。

上下水道事業の多くは、地方公営企業として運営されています。この公営企業が新規投資や更新投資を行うときの資金調達には、地方共同法人である「地方公共団体金融機構」が利用されます。2018 年 10 月 29 日時点での上下水道事業への同機構からの貸付条件は、期間 30年の固定金利で年 0.2%(10年ごとに利率見直し)です。

これに対して、民間金融機関が企業へ期限 1 年以上の融資をする際の金利は、最優遇金利(長期プライムレート)であっても年 1%(2018 年 10 月 29 時点)です。これに運営権方式による事業のために設立する、事業履歴がまったくない特別目的会社(SPC)への貸付では、倒産リスなどを勘案した金利が数パーセントも上乗せされます。仮に 100 億円の借入残高があり、金利差が 3%だとしても、年 3 億円の金利負担差が生じてしまいます。

現在の超低金利下では、自治体が地方公共団体金融機構からの借り入れを選択するのは、金利相当分のコストも利用料金に反映されるのですから経済合理的です。

2)税金

運営権方式は「利用料金の決定等を含め、民間事業者による自由度の高い事業運営(収益を目的に事業を営む)」を行うので、資産の保有者が誰であろうとも、事業者には大規模基礎自治体では事業所税が課税されます。

同税の資産割では、都道府県内で使用する事業所等の床面積の合計が 1,000 ㎡を超える規模で事業を行う法人に対して、1 ㎡当たり年 600 円が課税されることになっています。例えば、敷地面積が 260,000 ㎡の下水処理場の場合、民間事業者は年 1 億 5 千 6 百万円の税金を、自治体が管理運営している場合よりも多く払うことになります。ここでもやはり、運営権方式によって民間企業が運営管理することが、必ずしもインフラにかかる社会コスト全体の削減につながるわけではないことに注意が必要です。

ちなみに大阪市のコントラクト・アウト方式では、クリアウォーターOSAKAは、施設運営を受託した対価としての委託料を受け取っているので、下水道事業施設に対する事業所税の資産割は適用されません。

3)運営権対価

運営権方式では、受託者が自治体に運営権対価を支払うことで事業運営権を獲得します。

「運営権は、管理者等が有する施設所有権のうち、公共施設等を運営して利用料金を収受する(収益を得る)権利を切り出したものである」(内閣府、ガイドライン)と説明され、運営権対価は、「運営権者が将来得られるであろうと見込む事業収入から事業の実施に要する支出を控除したものを現在価値に割り戻したもの(利益)を基本」(同上)として算出されて、支払われます。

自治体にすれば、事業の持続性が担保される上に、運営権対価が得られるのならばありがたい。では「この利益の源泉は何か?」については、「民間者が創意工夫をこらすことで、対象事業からの収益を向上させ、その将来にわたる利益の一部が自治体に運営権対価として還元される」との説明が一般的にはなされます。

しかし、自治体が営む上水道の水道料金や下水道の使用料は住民の生活に不可欠との理由で、独立採算を原則としながらも低い水準に抑えられてきたのが現実です。また下水道事業での雨水処理に対して一般会計から支払われる収入(一般会計繰入金)も、厳しい懐具合から、大都市では適切な水準が払われていないのが実情です。資金調達や資産保有の面からも、運営権方式を導入しても、公営企業は存続させるのですから、料金改定は議会の議決事項であることに変更はありません。

こうした事業から、如何にすれば「運営権対価」が捻出できるのでしょう?設備投資の工夫との説明もありますが、苦しい台所事情から自治体は新規あるいは更新投資を極力控え、「長寿命化」と世間で言われる前から設備をいかに長く使用するかに腐心してきました。効率性の追求に長けた民間事業者でも、運営権対価を払うほどに経営努力で利益を捻出するのは容易ではないでしょう。

ちなみに設備投資に関しては、神奈川県企業庁が箱根地区の水道事業で実施している、これもコントラクト・アウト方式の事業では、コンストラクション・マネジメントを応用した手法を取り込むことで、受託者が更新投資の計画や実施などに深く参画するスキームとなっています。工夫次第で更新投資への関与の路が拓いた事例です。なお神奈川県では、同事業の 2 期目を来年度から行うこととして、既に事業者も選定されたようです。

地域にあった戦略と方式を選択すべし

給水管(深澤氏提供)

大阪市は、クリアウォーターOSAKAとの現在の委託方式を最終的な事業形式としているわけではありません。議会においても、次の段階としては、「混合型運営権制度スキームが確定次第、(同制度へ)速やかに移行」との説明を行っています(2015 年市会提出資料)。

しかし、運営権方式には、これまで見てきたように未だ経済合理性からしても解決すべき課題があります。また、制度的合理性や、期待されるサービスの提供を妨げるリスク事象への責任と権限などでの課題も残っています。基礎インフラは破綻させることはできません。

海外では完成したモデルでも、日本に移植する過程では思いがけない様々な課題が生じます。それは、各々の国でのインフラ事業の制度枠や歴史的経緯、そして経験などが異なるからです。忘れやすいことですが、ある意味で当然の事柄です。

事業持続への懸念の払しょくや経営面での効率化といった自治体からのニーズを満たすためにも、実際の事業がリスクの発生によって止まるような事態を招くことなく、着実に目的に向かって歩を進めるための戦略と方式を選択して実践することを、改めて認識することが必要ではないでしょうか。(完)

ホンマに大変! 上下水道事業の官民連携(上)
ホンマに大変! 上下水道事業の官民連携(中)


寄稿者:深澤哲・クリアウォーターOSAKA株式会社常務取締役 

1982年日本開発銀行(現株式会社日本政策投資銀行)入行。日本経済研究所インフラ本部長および一般財団法人都市技術センターの常務理事として、国内外の上下水道や電力などインフラ分野での事業制度設計等に従事。大阪市下水道事業の上下分離には構想段階から関与してきた。株式会社大阪水道総合サービス取締役。2017年4月より現職。

※本ペーパーでの意見や見解は深澤氏個人のものであり、所属する組織のものではありません