対話はインフラだ!水がつないだ「ありがとう」

福岡地区水道企業団50周年事業

暮らしを支えてくれる川に感謝を伝えたい−。

大きな河川に恵まれない福岡都市圏の生活を支えているのは、地理的に離れた筑後川です。福岡都市圏の人々と、筑後川流域の人々を「ありがとう」の言葉でつなぐプロジェクトが、2023年に行われました。水がつなぐ人々の絆を生み出したのは「対話」というコミュニケーションの力でした。

『水を還すヒト・コト・モノマガジン「Water-n」』vol.18より転載(発行:一般社団法人Water-n)


毎日使う水はどこからできている?

約260万人にものぼる人々が暮らす福岡都市圏。日本の5大都市に数えられるほどの規模であるにもかかわらず、生活レベルに応じた水需要を満たす河川に恵まれていないという実情があります。過去には二度の大渇水が起き、昭和53年(1978)には、287日間にも及ぶ給水制限を行ったこともありました。

この経験を経て、福岡地区の安定した水源確保のために誕生したのが、圏外を流れる筑後川からいただいた水を水道水として福岡都市圏へ供給している福岡地区水道企業団(以下、企業団)です。2023年に設立50周年を迎えた企業団が、筑後川と流域に住む人々への感謝を伝えるために行った記念事業のひとつが「ありがとうの森」プロジェクトでした。当時の福岡市職員で企業団の総務部長を務めていた今村寛さんに、このプロジェクトについてお話を伺いました。

「企業団では、50周年をきっかけにもっと多くの福岡都市圏の人たちに、地域の水に、どんな歴史や背景があるかを知ってもらうために企画を考えようということになりました。“誰のために、何をやるのか”を職員同士がワークショップを通して考える中で浮かび上がったのが“ありがとう”という言葉でした」

九州最大の一級河川である筑後川ですが、当然ながらその流量は無限なわけではありません。生活の糧となる川から他地域への導水を行うには、流域住民の理解、そして不断の協力が不可欠です。都市の十分な生活を成り立たせるために、筑後川流域の人々の協力を経て実現したこの事業。

しかし取水が当たり前になった現在では、水が届けられる背景を自分ごととして受け止める機会が減ってしまったのもまた事実でした。そこで50周年という節目をきっかけに、改めて理解を広げようというのが、プロジェクトの大きな目的のひとつだったのです。

「水源と消費地が離れていると、どうしても利用する側は水源の協力のもとに成り立っているということを忘れがちです。この背景を改めて理解してもらうことが大切だと考え、博多駅前でイベントをしたり、学校で出張授業を行ったり、WEBやSNSを活用するなどで福岡地区と筑後川の関わりについて、情報を発信していきました。そして大切なのは、知って終わりではなく行動につなげること。そこで流域への感謝の気持ちを福岡都市圏の人々から募集したんです」

自分たちの手で「ありがとう」を集めたい

情報発信を行っていく中で、やがて出張授業を行った高校に通う生徒たちから「自分たちでもメッセージを集めたい」という声が上がります。どうやってメッセージを集めるのか、どこで集めるのか、その方法も学生たち自身で考える「筑後川へのありがとうを集めよう!」プロジェクトが展開していったのです。

企業団のホームページや主催する市民参加型のイベントでの応募に加え、高校生が主体的に企画した街頭キャンペーン、福岡の水事情を知ってもらうためのパネル展示などを通してたくさんのメッセージが集まりました。

葉っぱの形をしたカードに書かれたそのメッセージは、2023年10月に行われた記念式典で16 本の「ありがとうの木」をしっかりと茂らせるほどでした。このメッセージに、水源を大切にする想いを込めた苗木を添えて水源地域に贈呈して「ありがとうの森」プロジェクトは幕を閉じました。

(撮影:奥田早希子@令和6年度水源地域未来会議)

「大切なのは、このプロジェクトを通して企業団と都市圏住民の皆さんの間に双方向のコミュニケーションが生まれたことだと思います。知識としては知っていても、改めて自分の言葉で感謝を伝えることで、想いは胸に刻まれるはず。その声がひとつでも多くなれば、やがて都市圏に住む約260万人の間に広がっていくのではないでしょうか」

コミュニケーションは絆をつなぐインフラ

一方的な情報伝達ではなく、双方向のコミュニケーション=対話をしやすい環境は、インフラの一種でもあると今村さんは言います。

「自分と立場や意見が違う相手と言葉を交わすことは、なぜ相手がそう考えるのか、このように行動するのかを理解することにつながります。相互理解が生まれると、信頼関係も築きやすくなる。対話することを無駄なコストだと切り捨てる考え方もあるかもしれませんが、やはり理解してもらおう、理解しようとお互いに努めることには、大きな力があると考えています」

水という生活に欠かせない存在が媒介になったからこそ、「ありがとう」の想いが広く集まり、そして苗木という形となって水源に伝えられた「ありがとうの森」プロジェクト。ここで生まれたコミュニケーションは、地域同士の絆をより強いものにするインフラになったはずです。

 


福岡地区水道企業団50周年事業とは

福岡地区水道企業団とは、河川による水資源が乏しい福岡都市圏(10市7町)に、筑後川から取水した水道用水を供給するため1973年に設立された団体のこと。設立50周年となった2023年に、福岡都市圏の人々の水に関する理解促進のために、さまざまな活動が行われました。

福岡地区水道企業団ウェブサイト:https://www.f-suiki.or.jp