【座談会】水が創る・水で創る、企業価値(1/3)

水への「ふるまい」に表れる企業の思い 

企業は今、自社工場での排水処理や水再利用など、自社の水だけではなく、国外も含めたサプライチェーン全体、商品の使用や廃棄段階における水、さらには水に関する人材育成や水を通した地域貢献などにも取り組むようになっています。 

その背景には洪水や渇水などのリスク拡大、海外では人口増加や新興国の経済発展に伴う水資源の悪化や不足、投資家の評価基準の変化などが挙げられます。 

企業と水との関係性は以前から重視されていますが、それが今、大きく変化しつつあります。その変化の現在地点を明らかにし、これからの企業の価値を水からいかに創造するのかなどについて、水について先進的に取り組んでいる花王サントリー三菱地所の担当者の方々に議論していただきました。(進行役:Water-n代表理事 奥田早希子)
※3回連載の1回目 

参加者

高橋正勝氏
花王 ESG活動推進部長
瀬田玄通氏
サントリーホールディングス サステナビリティ経営推進本部 部長
坂村まどか氏
三菱地所 サステナビリティ推進部 事業主任
松井宏宇氏
三菱地所 エリアマネジメント企画部・サステナビリティ推進部 マネージャー

話題1 水への「ふるまい」と企業の思い 

  • 瀬田氏 水への取り組みがブランド価値向上につながる 
  • 坂村氏 不動産の洪水リスク対策は必須に

――企業と水との関係性や水に対する考え方について、まずは花王の高橋さんからお聞かせください。 

高橋氏 花王では水に関わる商品を多く扱っています。例えば洗浄剤は水と油の界面を利用して汚れを除去しますし、おむつは水を吸収し、化粧品は肌の水分を調整します。 

こうした生活用品のほか、生活者の皆様にはなじみがないかもしれませんが、ケミカル事業も手掛けています。金属洗浄剤は洗浄後に早く水を乾かしたり、コンクリート添加剤はコンクリートを水中でコントロールさせたり。生活用品も含め、これらはすべて水を制御する技術を駆使しています。 

花王の商品で水と関係が深いものとしてはまず家庭用の洗浄剤が思いつきますが、それ以外にも水に関係する商品は多く、いずれも水の機能をうまく引き出しているものばかりです。そうした商品を使っていただくことで、水を介して世の中や生活者に貢献していきたいと思っています。 

一方、衛生の知識が不十分であったり、衛生的な水へのアクセスが不足する国や地域では、手洗いの大切さを伝えたり、衛生教育などの社会貢献活動も実施しています。 

瀬田氏 花王さんの商品は使用段階で水を使うものが多いですよね。だからこそ商品を通して、生活者に水を大切に使おうというメッセージを出されているところが素晴らしいと思っていました。 

坂村氏 最近は海洋プラスチックが大きな問題になっているので、家では花王さんの化粧品「キュレル」を使っています。なぜなら、肌に優しいということはもちろんですが、すべてのラインナップに詰め替え用がそろっているからです。最近は他のブランドでも詰め替え用が増えていますが、1つ2つはないものがあったりします。「キュレル」はすべてを詰め替え用にしたのが早かったなという印象です。 

――商品のメッセージを受け取って、行動変容が起きるんですね。花王さんのメッセージも、行動を変えた坂村さんも素晴らしいです。 

次にサントリーの瀬田さんから、飲み物づくりと水との関係、その変化などについてお聞かせ下さい。 

瀬田氏 サントリーは1899年に鳥井信治郎が創業しました。サントリー山崎蒸溜所は2023年に100周年を迎えましたし、サントリー〈天然水のビール工場〉東京・武蔵野でもサントリー白州蒸溜所でも半世紀以上にわたって、その土地の水を使い、事業を成長させてきました。 

パーパスとして『人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、「人間の生命の輝き」をめざす。』を掲げています。自然の恵みをそれぞれの時代の生活者のニーズに合わせて価値として提供していくという意味です。 

自然の恵みの中でも最も大事にしているのは「水」で、わたしたちの事業活動は水循環の一部であるという認識でいます。そのため、2017年に制定した「水理念」では「水循環を知る」「大切に使う」「水源を守る」「地域社会とともに取り組む」の4項目のうち、とりわけ1項目めの「水循環を知る」を重視しています。 

また、サントリーでは水源涵養林の保全活動も行っています。活動の結果、どれくらい水循環に寄与できているのかを科学的に評価するため、水科学研究所を立ち上げ、科学的知見の集積にも力を入れています。 

創業以来、水に対する考え方や思いは変わりませんが、最近大きく変わったと感じるのは水の取り組みがブランド価値訴求に活かせるようになったことです。2003年から続けてきた「サントリー 天然水の森」プロジェクトでの水源涵養林の保全活動によって、国内工場で汲み上げる地下水の2倍の水を涵養し、育むことができていることが科学的アプローチの成果としてわかっています。これを、2023年から商品のプロモーションにも「ウォーター・ポジティブ」のメッセージで表現しています。 

水の取り組みがブランド価値にもなった。当社にとって大きな変化点でした。 

――ボランティア的に植樹をするのではなく、それを科学的に評価し、ブランディングに生かす。まさに水循環が事業活動に組み込まれていますね。 

高橋氏 単に水の使用量削減などの目標を設定するだけではなく「水理念」まで示す企業はありませんよね。水を中心に事業を行う、という一本の筋が通っているところが素晴らしい。見習いたいです。 

坂村氏 ミネラルウォーターは海外展開されているんですか。海外では硬水が多く、日本の軟水の需要は高そうです。でも、水を輸出するにはCO2負荷が多くなりますね。 

瀬田氏 「サントリー天然水」の海外展開は行っていません。 おっしゃるように輸出にはカーボンフットプリントが多くなるという理由もありますが、それよりも、水はローカルな資源なので、その土地でとれた水を販売することに一定のメッセージ性があると考えています。 

高橋氏 私は山登りをします。「南アルプスの天然水」を通した水への思いは、商品価値だけではなく、南アルプスの価値も上げていると思います。 

――私は「天然水」のコマーシャルが撮影された南アルプスの山を調べて登りに行きました。観光需要の喚起にも貢献していますね。 

次に三菱地所の坂村さんから、まちづくりや都市開発と水との関係についてお聞かせください。 

坂村氏 我々は水を使って商品を作る会社ではありません。デベロッパーとしてどういう水の扱い方をするか、と考えた時に、よくあるのは自社ビルの水の使用量を減らすという行動目標です。ですが、これが本当にデベロッパーとして目指すべき目標なのかと疑問に思っています。 

というのも、ビルの水の使用量は、ビルの中にいるお客様の数で決まるからです。コロナ禍では在宅勤務が増えて人が減ったので水の使用量は減りましたが、日常が戻るにつれて人が増えて水の使用量も増えてきました。当社がコントロールできない水に対して目標を立てても、それを達成するためのアプローチが難しい。 

そこで当社では水の使用量を減らすという目標に代えて、大規模なビルには中水施設を必ず設置するようにしています。冷却塔のブロー水、テナントの厨房などの排水や雨水を処理して、トイレ用水や植栽の散水に使用する。つまり、水を二重に使うことで、水の使用量を減らすわけです。そのほか、節水型トイレへの改修も積極的に進めています。 

こうした水の使い方と同時に、デベロッパーとして考えなければならないのは、洪水など災害リスクへの対応です。日本は水道水が飲める国ですから水ストレスが高いという認識がない方が多いと思いますが、最近は洪水や内水氾濫など水に関わる大きな災害が増えています。そうした気象の変化に対し、物理リスクをどう減らしていくかが重要になってきています。 

対策として高さ50~70cmの止水板を設置するのは、もはや当たり前です。それを越えて水が入ってきた場合を想定し、新しいビルでは機械設備を高い階に置くようにしています。こうしておけば、仮に水が入り込んだとしても電気を確保することができます。 

松井氏 当社ではコアビジネスの1つとして、東京の大手町、丸の内、有楽町を合わせた「大丸有」でまちづくりに取り組んでいます。皇居の内濠に面し、日本橋川に囲まれたエリアの特性を生かしつつ、まちの価値を生み出すための「水」としてとらえています。実際に、本社ビルの足元にせせらぎを施した緑の空間「ホトリア広場」(写真1)などの水景を設置しています。 

写真1 三菱地所も参画する大丸有エリアのまちづくりでは、緑を積極的に配置することで来街者に憩いと安らぎの場を提供している(ホトリア広場。提供:三菱地所)

かつて内濠には水の流れがあったのですが、一昔前に流れが途絶えて閉鎖性水系になってからは臭気が立ち込めたり、アオコが繁殖して水質が悪化した時期がありました。そうするとこの街で働くワーカーさんや来街者さんへのよりよい環境・サービスの提供が阻害され、ひいては当社が事業基盤とするこの街の価値そのものが低下していってしまいます。そこで今、官民連携して内濠の水質を浄化し、空間としての価値を生みだす取り組みを進めています。 

坂村氏 実はあまり知られていませんが、丸の内エリアには普段は使われていない井戸が結構あるんですよ。災害時に使うもので、毎月水質検査を行っています。こうした水関連の災害対応も合わせて、エリア価値の向上につなげています。 

瀬田氏 地域全体の資産価値を、水の側面から考えて対応されている。当社では工場と地域社会との関係構築を重要課題として考えているのですが、まさにそれを先取りする取り組みです。 

高橋氏 日本では蛇口をひねれば当たり前に水が出てくるので、普段は水の大切さにはなかなか気づいてもらえません。そうした中で、三菱地所さんはまち全体の水の管理に取り組んでおられるし、サントリーさんは科学的なアプローチまでされていて、素晴らしいと思います。 

1960年代には、皆様が日常的に使用する洗浄剤が原因で川が泡だらけになったり、1970年代には洗浄剤に含まれるリンが富栄養化につながるとして社会問題になりました。そのような背景もあり、花王でも環境への取り組みを実直に進めてきましたが、今は負の影響だけではなく、水や地球の資源を大切に使うというように、使い方も含めた行動を考えるように変わってきていると感じます。 

当社は「豊かな共生社会の実現」をパーパスとしており、それはつまり使ってもらうお客様のためだけではなく、社会、その先の環境、地球のためにもなる製品づくりを通して、未来の豊かな社会の実現を目指すということを表しています。 

――公害の時代はマイナスをゼロにする考え方でしたが、今はゼロをプラスにする時代ということですね。皆さんの会社はまさに、水を通してプラスの価値の創造を実行されています。 

話題2 水リスクの拡大と変化 

  • 高橋氏 水リスクの低減には流域の視点が不可欠 
  • 瀬田氏 地域と共に水の課題に貢献していく 

――どのような場面で水リスクが変化していると感じますか。 

高橋氏 やはり気候変動の要因が大きいですね。あるところでは水が不足し、あるところでは日本のように水の災害が増えている。両極端化していると感じます。 

当社で言うと、スペインの工場では水不足のリスクがあり、いかに安定的に水を確保していくかに苦慮していますが、一方、日本では集中豪雨により引き起こされる災害への対応が求められます。 

もちろん気候変動への対応だけを考えればよいわけではありません。日本では上下水道インフラが老朽化しており、長期的な視点での対策を自治体と一緒に考える必要性も出てきました。国ごと、地域ごとにリスクは異なります。そのリスクを見える化して、地域ごとに対応していくことが重要です。 

――上下水道インフラの老朽化が工場の操業にも影響を及ぼし始めているのですか。 

高橋氏 和歌山県では2021年に紀ノ川にかかる配水管が破損して、広域で断水が起こりました。当社の和歌山工場には影響はなかったのですが、多くの住民が不便な生活を余儀なくされました。老朽化した水道管が破損する事故は全国で起きていますし、地域住民も我々製造業者も上下水道インフラの持続について考えざるを得なくなっていると感じます。 

ただ、世の中は水を大切にしましょう、節水しましょうという流れなのに、自治体はインフラ維持のために水使用量が減りすぎても困る。この矛盾を解くことは難しいですね。 

工場の水だけを考えるのではなく、流域全体で水を含めた生物多様性をいかに維持するかを考えることが、本質的な解決につながるのではないかと思います。自治体と連携し、上流の森の保全まで含めて考えない限り、水は保全できませんし、災害リスクを下げることもできません。 

瀬田氏 当社では地下水を多く利用していますが、自治体の水道事業体からも水を購入しています。自治体では老朽化した水道施設を更新するための投資が増えますので、これから間違いなく水道料金は値上がりします。それを水道料金として支払うのか、あるいは水道水の水源となる森を保全する活動をもって代えるということも考えられると思います。 

――上下水道事業の持続を、インフラというモノの維持管理と捉えると、上下水道業界と自治体だけが関係者のように思えますが、流域全体の水循環を構築することと捉えると、流域に属するすべての人、企業が関係者になる。上下水道の問題は官が解決してくれるんでしょ、と思いがちですが、そうではなくみんなで考えていかなければならないのですね。 

では瀬田さんから、水に関してどのような社会的な変化を感じますか。 

瀬田氏 レピュテーションへの対応が非常に重要になってきていると感じます。例えば海外の工場で干ばつが頻発するようになると、バックアップ水源を持っている当社の工場は操業を続けられたとしても、工場周辺に暮らす人が水不足にさらされている時に、なぜサントリーだけが飲み物を作って販売しているんだと不満がでてくるかもしれません。まずは、社会からの信頼を得ること。そのためには工場での節水や、水源を守る活動などを通じて地域の水課題に一緒になって取り組むことが大事なのだと思います。 

そのためサントリーグループでは「水」「気候変動」「容器・包装」という環境に関する3つのテーマについて「環境目標2030」を掲げています。この中で「水」については特に水ストレスの高い地域の工場を特定し、水源を守る活動などを進めています。 

振り返ってみますと、高橋さんもおっしゃっていたように1970年に日本では水質汚濁防止法が、その2年後にアメリカではクリーンウォーターアクト(水質浄化法)が公布され、工場排水がもたらす社会課題への対応が進みました。その後1990年代まで、企業の水管理は地盤沈下への対応としての取水管理や節水なども含め、工場内での取り組みが中心でした。 

続く2000年代は、地下水を汲み上げすぎて工場周辺の地域が地下水の枯渇に直面したことで、地域住民から大きな批判を浴びる欧米企業も出てきました。その反省から、企業の水管理は工場の中だけでなく、流域へ広げていく必要があるという機運が高まりました。 

同じ時期に日本では、2014年に成立した水循環基本法で、流域管理という視点が法的に位置づけられるに至りました。 

もともとアジアモンスーンに位置する日本は雨季と乾季が分かれており、雨季に降った雨を溜めて、乾季の水不足に備えるインフラを、古くは明治時代から導入してきました。ですがそのようなインフラは徐々に老朽化し、更新投資は今後増えていくと想定されます。 

一方では今年の春、新潟の一部地域で、雪解け水が不足して田植えができなかったり、洪水が毎年どこかで発生したり、当社商品の原料でもあるコーヒー豆の市場価格が高騰したりしています。こうした事象は気候変動の影響であると、生活者も徐々に実感しはじめています。 

だからこそ生活者に寄り添い、インフラや気候変動に、流域全体の視点で、事業を通して対処していく。それがこれからの企業に求められるのは当然のことでしょう。 

当社もしっかりと向き合っていきます。先ほどもご紹介した「サントリー 天然水の森」活動もその1つです。地域の水源の課題に何らかの貢献を続けていきたい。海外でも同じ考え方で、雨季と乾季が激しく入れ替わるスペインのトレド工場では、ダム周辺の水源域を守る活動を始めたところです。オーストラリアのクイーンズランドにある新工場も水ストレスが高いエリアなので、水源域での活動を計画中です。 

――坂村さんはデベロッパーとして、水に関する変化はどこに感じますか。 

坂村氏 デベロッパーとしては、洪水リスクの高まりが一番怖いです。その対策としてこれはよいと思っているのがレインガーデンです。海外には割とよくあるのですが、まち中にちょっとしたくぼみを作って石を敷き詰めた人工的な水たまりのことです。レインガーデンがあると、まちに降った雨を一時的に溜めることができ、一気に下水管に流れ込むのを防げます。 

――確かに最近の水害は、堤防が決壊する「外水氾濫」ではなく、まちに降った雨を下水管がさばき切れない「内水氾濫」が多くなっています。 

坂村氏 そうなんです。ですから以前からレインガーデンによって、洪水リスクを減らせるのではないかと思っていました。社内で相談したところ、設計部隊が関心を持ってくれて、丸の内仲通りの日比谷側に作ることができました。 

2022年には大丸有エリアでレインガーデンの実証実験も行いました。レインガーデンの良いところは洪水リスクを下げるだけではなく、水たまりが生物多様性にも寄与してくれることです。 

大丸有エリアの近くには、絶滅危惧種の天国のような場所である皇居がありますが、周りが再開発されて生息域が少ないので、生物は皇居の中だけにとどまっています。ですがレインガーデンで水景を作れば、皇居から生物が滲み出し、大丸有へと昆虫が飛んできて、それを追って鳥もやってくる。とてもいい循環が生まれるんです。 

下水道事業として雨水管が整備されていますが、100年に一度の大雨が降るようになっている中で、下水道事業だけに頼らずに洪水リスクを減らしていくことはデベロッパーにとっての大きな課題であり、重要な役割でもあります。当社が下水道管を作ることはできませんが、民間企業としてできることの1つにレインガーデンがあると考えています。 

雨を吸い込む材料で道路を舗装し、暑い日にため込んだ水を蒸発させてヒートアイランドを解消するような水循環も作れると良いなと思っています。 

松井氏 大丸有のまちづくりでは、水と緑のネットワークを広げることを目標として掲げています。それを実現する1つの取り組みがレインガーデンです。もちろん生き物のためでもあるのですが、最近はベビーカーを押したお子さま連れの方々が談笑している風景を見かけることも増えてきました。 

ビルのほとりとはいえ親水空間があることで、そこでお弁当を食べようと思ったり、この空間を目指して来てくれる人がいる。そんな人たちを見ていると、水のあるこの空間がまちの価値になっていると感じます。 

坂村氏(手前)、右から高橋氏、松井氏、瀬田氏、奥田

環境新聞」(2025年1月15日発行号)からご厚意により転載させていただいております