道路を陥没させた「硫化水素」は、なぜ発生したのか?

見えてきた3つの要因「太さ」「地点」「乱れ」

八潮市で発生した道路陥没は、下水管に空いた穴から周辺土砂が管内に吸い込まれ、大きな空洞ができていたこと、そして、穴が空いたのは下水から発生した硫化水素が原因であることはほぼ間違いない。

ただ、疑問なのは、硫化水素が発生した要因である。テレビ報道に出る地盤の専門家などは、現場で管路がカーブしていて硫化水素が発生しやすい環境だったからと解説しているが、果たしてそれだけだったのか。

カーブしている管路など、日本国内にざらにある。あれほどの大きな管になれば、厚みもある。それでもなお今回の事故が発生したとなれば、ほかにも要因があって、大量の硫化水素が発生していたのではないか。その要因を考えることが、次の事故を防ぐことに繋がるのではないか。

そう考え、東京大学大学院新領域創成科学研究科佐藤弘泰教授をはじめとする下水管の調査や管理の専門家に話を聞いた。その結果、「太さ」「地点」「乱れ」という3つの新たな要因が見えてきた。

なお、ここで述べているのはあくまでも考察であり、詳しい原因は今後の調査を待つしかないことにご留意いただきたい。また、見当違いの部分があれば、ご指摘いただけると幸甚である。

要因①下水管の「太さ」

事故があった現場の地下には、どのような下水道構造物があったのだろうか。それを調べていくと、専門家ではない筆者にも奇妙な点が見えてきた。注目したのは、陥没が起きた交差点の上流側の下水管の「太さ」である。

図1を見てほしい。

図1 陥没現場の上流側の下水管の直径を比較
「埼玉県GIS 流域下水道管路マップ」に加筆

緑色の線が、埼玉県が管理する下水管である。陥没現場に至るまでの下水管の太さは、直径3mである。不思議なのはそこに至るさらに上流側の下水管の太さで、直径4.25mと直径2.4mの2本の下水管が合流している。この不思議さをお分かりいただけるだろうか。川に例えるなら、幅4.25mと2.4mの支流が合流し、幅3mの本流になったということ。本流の方が小さくなっているのだ。

佐藤教授によると、この状況が硫化水素の生成を助長した可能性があるという。

「下水の量が同じだったとしても、直径4mの下水管より、直径3mの下水管を流れる方が水深は深くなりますよね。現場ではさらに直径2mほどの下水管からも下水が合流しているので、水深はさらに深くなります。そうなると、底の方の下水には酸素が供給されにくくなります。硫化水素は酸素が少ない条件下で生成されますから、陥没現場の上流側は、構造的に硫化水素が生成されやすかったと言えるでしょう」

要因②エリアにおける「地点」

次に陥没現場の場所に着目した。ここは埼玉県の中川流域下水道に属するエリアで、エリア内には121kmもの下水管が埋設されている。そのほぼ最下流に現場は位置していた。

佐藤教授によると、下水中には多くの細菌が含まれており、下水に含まれる酸素を使って活動している。下水の流下距離が長くなればなるほど酸素は細菌に取り込まれ、下水に含まれる酸素は減る。その結果、前述したように硫化水素が生成されやすい、酸素が少ない状況が形成されるという。今回の現場は、まさにこの条件に合致している。

しかし、実は硫化水素が生成されたとしても、それが下水中にとどまっていればさしたる問題はないという。ではなぜ、今回の現場では下水管の腐食が進んだのであろうか。その要因が「乱れ」である。

要因③下水の「乱れ」

硫化水素そのものには、実は下水管を腐らせる性質はない。それが空気中に放出され、物体の表面に沈着すると、細菌の働きによって硫酸に変化する。この硫酸こそが、下水管を腐食させるのだ。つまり、陥没現場には、硫化水素を水中から空気中に解き放つなんらかの要因があったということだ。

では、どのような場合に硫化水素が空気中に放出されるのだろうか。

佐藤教授や今回ヒアリングした下水道の専門家によると、硫化水素が放出されるのは、下水の流れに「乱れ」が生じた時だという。そこで再び、道路陥没が起きた交差点周辺の下水管の構造を調べてみた。

図2を見てほしい。図1の点線カ所を拡大したものだ。

図2 陥没現場の隣には人孔があり、そこに2本の下水管から下水が流れ込み、1本の下水管から流れ出ている
「第5回埼玉県危機対策会議」の資料を基に作成

調査の結果、交差点の下、おそらく道路が陥没したすぐ隣に、人孔と呼ばれる構造物があることが分かった。一般にはマンホールと呼ばれているもので、下水管を点検する際に使われる。人が中に入って作業ができるように空洞になっており、円形のものもあるが、ここはボックスカルバートと呼ばれるコンクリート製の四角い空洞(矩形と呼ばれる)で、水平方向の断面は縦横11m×10.5m、高さは少なくとも4.75m以上もある(深さを知る資料は見つけられなかったが、この人孔に直径4.75mの下水管が接続されているため、小さく見積もっても同等の高さがあると推察)

こうした人孔は、下水管が曲がったり、複数の下水管が合流する地点に作られる。

まず、曲がりを見ていこう。この現場でも地図上の目測ではあるが135度ほど下水管が曲がっている。佐藤教授によると、それほど大きな角度ではないが、下水の流れに乱れが生じやすいという。

次に、下水管の合流についてみると、この人孔には先ほど触れた県が管理する直径3mの下水管のほかに、もう1本の下水管が合流していることが分かった。図2で言うと紫色の線で、これは八潮市が管理する下水管である。つまり、これら2本の管から下水が人孔に集まり、今回の道路陥没を誘発した直径4.75mの下水管へ流れ下っていく構造になっているということだ。

ちなみに八潮市が管理する管は人孔の直前で2本が合わさって1本になっているようだ。

佐藤教授によると、複数の下水管から下水が流入していること、また、人孔から出ていく下水管の方が太くなっていることで、下水の流れに乱れが生じて硫化水素を放出しやすい環境になるという。

さらに、現地の状況に詳しい専門家から、「下水管が埋設されている深さに大きな差がある」との指摘を受け、県が管理する下水管(緑色の線)に着目し、埋設深さを比較した。その結果、その指摘通り、人孔に流れ込んでくる上流側(図で言うと人孔の左側)の管底と、人孔から出ていく下流側(同右側)の管底には約2mもの高低差があることが分かった。もちろん、下流側が低い。その落差を下水が流れ下ることになる。

現地の状況に詳しい専門家によると、「人孔に流入する下水はまるで滝のようだ」とのこと。そうなれば下水の流れに乱れが生じ、硫化水素が空気中に放出されやすいということは想像に難くない。

佐藤教授にこの情報を伝えたところ、「この落差が硫化水素を水中から空気中に解き放つ非常に支配的な要因であるように思われる」とのことだった。

ただし、この高低差があるからこそ、電力などは使わなくても、重力の力だけで下水を下流に流すことができるということを付記しておく。

下水道がなければ生きていけない

ここでは硫化水素、硫酸の発生について推察したが、もちろんこれが今回の事故の要因のすべてではない。佐藤教授も地下水位の高さ、雨水を流す管からの漏水、昨今の豪雨の多発、現地の地質の影響などの要因も指摘しており、「不幸な条件が複数絡んでいるものと見ています」と述べている。

「平成27年に下水道法が改正され、下水道の維持管理に向けての体制が整備されました。それからおよそ10年が経ちますが、今はまだこれから長く続く維持管理の時代の幕開けに過ぎません。まだまだ研鑽を積み重ね、技術を高めていかなければなりません。今回の事故からたくさんのことを学び、今後の下水道の維持管理に活かしていかなければなりません」(佐藤教授)

今回の事故から多くのことを学び、同じことを繰り返さないためにも、硫化水素の発生抑制だけではなく、多面的かつ学際的な研究や、企業による技術開発がなされ、さらに下水道をマネジメントする人材を育成していくことが重要である。

そして、同時に、私たちひとり一人もまた、今回の事故から多くを学ぶべきである。まずは硫化水素の原料となるラーメンの汁や油などを下水に流さないなど、日々の行動を見直していこう。

そして、私たちが使って汚した水を処理してくれている下水道というシステムがあること、そのシステムを維持してくれている人がいることを、忘れてはならない。水道がなければ生きていけないと思う人は多いだろう。同時に、下水道もまた、なければ生きていけないのだ。