下水道法改正が問う「地方の運営力」

奥田早希子 Webジャーナル「Mizu Design」編集長

Webジャーナル「Mizu Design」編集長

「かつて都道府県に下水道を整備してもらった市町村が、将来にわたって自力で下水道事業を運営できるとはそもそも思っていなかった」

ある下水道関係者が漏らした言葉が印象に残っている。

財政力や技術力が十分ではない市町村に代わり、都道府県が下水道や道路などを整備する「都道府県代行制度」がある。公共下水道については1991年に創設され、幹線管渠や終末処理場、ポンプ施設などの整備が進められてきた。

しかし、整備と運営・管理は別の話だ。

整備された施設は、その後、市町村が維持管理し、更新していかなければならない。ところが近年は施設の老朽化が進む一方で、人口減少に伴う料金収入の減少、人材不足、建設コストの上昇などが重なり、多くの自治体で事業運営が厳しさを増した。

運営・管理にも「代行」が必要なのではないか。

2026年3月に閣議決定された下水道法改正案は、こうした現実を改めて浮き彫りにした。

「つくる時代」から「守る時代」へ

今回の法改正の大きな特徴は、運営・管理を重視した制度への転換である。

埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故をきっかけに、下水道施設の老朽化リスクに社会的関心が高まったことが背景にある。これまでの下水道政策は整備拡大に重点が置かれてきたが、今後は既存施設をいかに安全に維持し、更新していくかが重要なテーマとなる。

法改正では、市町村事業である公共下水道について、

・都道府県が管理する仕組みの整備
・他自治体による点検、修繕、改築業務の代行制度
・災害や事故時における都道府県の復旧工事代行制度

などが盛り込まれた。

これらから読み取れるのは、下水道を市町村単独で支える時代から、広域的な「官官連携」によって支える時代への移行である。

広域的な運営・管理は避けられない流れ

人口減少が進む日本において、下水道事業の広域的運営・管理は合理的な選択肢だ。

技術職員の確保が難しい自治体は増えている。特に中小規模の自治体では、下水道技術者が数人しかいないケースも珍しくない。こうした状況で、老朽施設の更新計画やアセットマネジメント、災害対応を単独で担い続けることは容易ではない。

都道府県や中核自治体が中心となって広域的に運営することで、人材やノウハウを共有し、効率的な維持管理を進めることが期待される。

実際、秋田県では県と市町村、民間企業が共同で設立した「ONE・AQITA(ワン・アキタ)」が、県下の市町村に対して広域的に技術支援を進めている。こうした取り組みは、今後の下水道経営のモデルケースのひとつになるだろう。

それでも残る「自治体能力」の課題

一方で、広域的運営・管理には注意すべき点もある。

もし中核自治体や都道府県が周辺自治体の業務を単純に代行するだけになれば、かつての都道府県代行制度のように、周辺自治体から下水道に関する知識や経験が失われる可能性がある。

施設の更新計画を立てる力、民間事業者を管理する力、地域の将来像を描く力――。こうしたマネジメント能力まで外部に依存してしまえば、地域の主体性は徐々に弱まっていく。

広域化は必要だが、それだけで問題が解決するわけではない。

重要なのは、自治体が一定の企画・管理能力を維持しながら、足りない部分を外部の力で補う仕組みをつくることである。

官官連携だけでなく官民連携も必要

その意味で、今後は官官連携と官民連携を組み合わせた仕組みづくりが重要になる。

広域的に複数自治体の業務を束ね、その運営を民間企業の技術力や経営ノウハウを活用しながら進める。そうすることで、自治体単独では確保が難しい専門人材や高度な技術を継続的に活用できる。

民間企業との契約期間が数年程度では人材育成やノウハウ蓄積は限定的だが、長期契約を前提とするコンセッションなどの手法であれば、民間側に技術や知見を蓄積しながら自治体を支援することも可能になる。事例は少ないがすでに静岡県浜松市や宮城県、高知県須崎市、神奈川県三浦市で導入され、挑戦が始まっている。

もちろん、コンセッションが万能というわけではない。しかし、人口減少と人材不足が進む中で、自治体だけですべてを担い続けることにも限界がある。

問われているのは施設ではなく運営の持続性

今回の下水道法改正は、単なる制度改正ではない。

それは、「誰が下水道を運営するのか」「どのような体制で支えるのか」という、人口減少時代のインフラマネジメントそのものを問い直すものでもある。

運営・管理の広域化は避けられないだろう。だが、それだけでは十分ではない。

自治体の主体性を維持しながら、官官連携と官民連携を組み合わせる。そうした新たな運営モデルを構築できるかどうかが、これからの地域インフラの持続可能性を左右するのではないだろうか。

さらに重要なことは、下水道法改正が問うているのが下水道の未来だけではないということだ。人口減少時代において、自治体は何を自ら担い、何を他者と分かち合うのか。インフラ運営の議論は、地方自治のあり方そのものへと広がっている。