No Water, No Denim and No Future?

Lee Japan 細川氏、水を意識するってかっこいい

デニムは水と深い関係がある。日本のデニム業界の中でも、いち早く環境問題への取り組みに目を向けてきたメーカー「Lee」の細川秀和さんに、これからの水環境とデニムの関わりについて伺った。


細川秀和氏(Lee Japan株式会社 取締役/ディレクター)

90年からLeeの商品開発やプロジェクトに携わる。「東北コットンプロジェクト」や「Born in UGANDA OrganicProject」など、さまざまなエシカルプロジェクトを立ち上げる。

水があるからデニムがある

『デニムって、アパレルの中ではちょっと異端児なんです。もともとファッションアイテムじゃなくて作業着でしょう? 「着古したものがかっこいい」って価値観があって、だからこそ製品になるまでに何度も洗わなきゃいけないんだけど、実はデニムを一本作る過程でこの「洗い」にダントツにコストがかかってる(※1)。

はき古したジーンズを再現するために我々は水も薬品も大量に使ってきたわけで、そういう特殊な製造過程があったからこそ、デニム業界はアパレルの中ではもっとも水回りに近く、水を還すという問題に意識を持つのが早かったんです。

 Leeを含むエドウィングループでは、デニムの加工をしてくださっている豊和株式会社(岡山県倉敷市)さんや、自社工場での排水処理の質の向上に取り組んできました。昔は中国の工場などでは、デニムのインディゴ染料のせいで、排水を放流していた川が真っ青になるという社会問題が多発していました。でも排水の色を取るのは難しくて。

排水にはデニムを洗う時に使う薬剤が入りこんでいるんだけど、その薬剤が排水処理を難しくすることがある。だったら最初から使わなければいいってことで、豊和さんでは「次亜塩素酸ナトリウム」を使わないオゾン脱色やエコブリーチ(※2)という技術を開発して特許も取った。次亜塩素酸ナトリウムを使うと作業場はプールの臭いが充満して、わりと厳しい労働環境だったんだけど、それも改善できました。

日本ではかつて公害問題なんかもあったから、自然環境への配慮にはすごく気を使うんです。今は、排水はほぼ透明だし、質的にも魚が棲めるぐらいキレイになってる。でも、グローバルな視点で見ると、水との向き合い方をもう一歩進めて考えていきたいと思うんです』

「ウォーターレス」をスタイルに

『』特にアメリカが目立っていますけど、デニムに関する水の取り組みとして「ウォーターレス」をうたうブランドが増えてきました。洗いの段階だけでなく、生地、つまり綿を栽培する過程でも使う水の量を減らしていこうというチャレンジで、サプライチェーンが一体となって取り組んでいる。こういう根本的な取り組みでは、日本はちょっと遅れをとっていますね。日本って水不足が実感しづらいでしょう? よっぽどの空梅雨でもないと「節水しましょう」ってならないし、やっぱり蛇口をひねれば水が出るから「気をつけよう」って思っても忘れちゃう。

 2010年にインクマックスという最先端のプリント技術を使って、水をほとんど使わないデニムを作ったんです。デニムの色落ちをプリントで精密に再現したものだったんですけど、これが売れなかった(笑)。売れていれば水を減らす取り組みとして劇的だったんですけどね。冷静に考えたら値段が変わらないんだったら本物を買えばいいという話で……。でも、ああいう取り組みをしたからこそ、水を減らすということをアパレル業界でも意識してもらうきっかけにはなったんじゃないかな。それで売れてくれれば最高だったけどね。

 これからは「ウォーターレス」を消費者に意識してもらえるように、変革を起こす努力も必要なんだと思います。「水を意識すること=かっこいいスタイル」にする。今は一本のデニムを作るのに実際に使用した水の量をはかる方法はないんですけど、もし分かる仕組みができたら水の使用量をタグに表示するのも面白いですよね。それが買う判断基準になったりすれば。

「MADE in JAPAN」だけで未来は作れない

さっきのサプライチェーン全体での取り組みでも話したけど、ほかにも日本の製造業界には遅れているところがある。例えば、日本では環境と品質にきちんと取り組んでいることを世界的に認めてもらうISO14001とISO9001という認証の取得は多い。でも今、グローバルに求められているのはISO26000で、これは人権に関するもの。日本はこの取得率がとても低いんです。

日本って、自分たちではすごいいい国だって思ってるじゃないですか。「先進国で、技術立国で、暮らしている人はみんな善人で」みたいな。だからこそ「まさか日本では人権無視なんて起きてないよね」っていう意識がどこかある。でもそんな風におごって物事を見ている間に、どんどんと改善しつつある他の国に遅れてきています。モノづくりにおいて大事なのは「ヒト」だし、ヒトを支える環境は、気づかれないようなものでも整備していかなきゃいけない。そういう部分がおろそかになれば、品質も、環境も、気づかないうちに取り残されていくと思うんです。

デニムという製品自体のマーケットは、多様化も図れているし、まだまだ未来のあるものだと思っています。でもそれを提供する企業が、どういう未来を描いていくのか。水を含めた環境問題においても、人を取り巻く労働環境の問題においても、グローバルで客観的な視点を持っていかないと、ただ「MADE in JAPAN」って言っているだけでは魅力のないモノになってしまいますよ、と思うんです。

※1 デニムを一本作る過程でこの「洗い」にダントツにコストがかかってる
布を染色するために「洗い」はどんな洋服にも必要だが、デニムの場合は洗いによって加工をするという点がほかの繊維製品とは異なる。軽石などとデニムを一緒に洗うストーンウォッシュ、酸化剤(次亜塩素酸ナトリウムなど)をしみ込ませ、製品に色ムラをつけるケミカルウォッシュ、砂を高圧で吹き付けるサンドウォッシュなどがある。

※2 オゾン脱色やエコブリーチ
オゾン脱色はヨーロッパでも主流になりつつある方法で、空気からオゾンを生成し、その強力な酸化作用によりデニムの染料を分解・脱色する。使用済みのオゾンは水と酸素に分解されるため、自然のサイクルの中では最も環境に配慮した脱色方法とされる。一方のエコブリーチは、化学薬品を使わずにインディゴ染料をブドウ糖の還元力を利用して色落ちさせる方法。