下水汚泥を肥料やエネルギーに活用したり、処理水を養殖に利用するなど、下水道には地域を元気にする資源が多く存在しますが、下水道業界の中にいるからこそ気づけていない可能性や魅力がまだまだ隠されているかもしれません。そこで、異業種からの転職者にお集まりいただき、業界内にいるだけでは気づきにくい下水道業界のおもしろさややりがい、魅力、もっと魅力アップできる伸びしろなどについて議論していただきました。 (全2回)
※環境新聞(2024年7月24日号)への寄稿を転載しております
右から
久田友和氏 NJS 管理本部事業戦略室 グループ・リーダー
押川隆昌氏 フソウ エンジニアリング事業部技術本部設計部下水道課
丹治道子氏 メタウォーター 経営企画本部人事総務企画室長 兼 人事勤労部長
進行・企画・執筆 奥田早希子 Water-n代表理事
異業種転職あるある
- 久田氏 技術職にも営業力が必要
- 押川氏 業種を超えて一致団結する素晴らしさ
――入社前の想像と違っていたことや、前職と異なる社風にとまどったこと、中には社会の常識、上下水道業界の非常識なんていうこともあるのではないかと思います。それらを知ることは、上下水道業界を良くするヒントになるはずです。まず久田さんからお聞かせください。
久田さん 上下水道コンサルタントは技術の仕事なので、当社の上層部にも技術出身者が多いんですね。なので、当社の上層部からのお叱りを承知で言いますが、全社的に営業経験者が少なく、営業系の動きも弱いと感じます。前職の研究所勤務の時は、技術職だった私自身もみずから営業していました。今ももっと営業していきたいのですが、難しさを感じています。
NJSは歴史の長い会社ですから、その間に培われた風土や組織、文化は素晴らしい。ですが、古い体質も残っています。例えば、AIなど最新技術の重要性は分かっていても、セカンドペンギンで待っている。ファーストペンギンになる人が少ないように思います。
実は異業種から転職してきた社員には、私と同じような意見を持っている人が少なくありません。なので、異業種からの転職組を中心にチームを結成し、改善策を議論し、上層部に提言しようと検討を進めているところです。
――異業種からの転職者が社内を、ひいては上下水道業界を変革する原動力になる。そんな好事例になってくださいね。
丹治さんはいかがでしょうか。
丹治さん メタウォーターは日本ガイシと富士電機の水環境部門が合併した会社です。人事面も両社の制度を取り入れる形でスタートし、その後、時代に沿った新しい制度を積極的に導入する一方で、部分的に現在の会社業容に即していないなど、変えたほうがいいと思う部分はありました。
メタウォーターの良さは、変更を提案すると、より良くなるなら変えていこう、直していこうと前向きに受け入れることです。それが社風なんですね。まだ新しい会社ですので、先ほどはお堅いと言いましたが、変化を柔軟に受容できる会社でもあると言えます。
――具体的に変革された事例をご紹介いただけますか。
丹治さん ごく些細な例ですが、毎月の人事異動を公表する際、一部の社員しか掲載されていなかったので、対象を社員全体に広げました。
――誰がどこに異動したか、誰が入社して、退職したか。その情報が社員同士のコミュニケーションにつながります。それも人事畑の大切な仕事の一つですね。
丹治さん 一つ一つの改善は些細なことかもしれませんが、積み重なると社員の行動も変わります。社内の人にとっては当たり前で気づかないことも多いでしょう。そこに気づくことができるのは、異業種からの転職者だからだと思います。
――ささやかな事柄であっても、社内あるいは業界内では気づかない。そこに気づいて改善する。これもまた異業種からの転職者に期待する成果と言えます。
押川さんはいかがでしょうか。
押川さん とまどったことは、下水処理は、各処理工程での方式がたくさんあるということです。水処理の処理方式だけでも活性汚泥法やオキシデーションディッチ法など様々な方式があります。さらに、それぞれにこれまた様々な技術があります。地域ごとの特性も設計条件に加味しないといけませんから、以前に比べてはるかに幅広い知識が求められます。
工程や方式が多いということもあり、下水処理事業にはコンサルタントからプラントエンジにリング会社、維持管理業者など多種多様な業種から、たくさんの人が関係しています。だからといってバラバラではなく、発注者である行政を含めて一致団結して一つの良いモノを作ろうとか、処理能力を向上しよう、地域の問題点を改善しようとする心意気が素晴らしい。そこにおもしろみを感じています。
――下水道業界にはそうした風土があるから、官民連携が進んでいるのかもしれませんね。ただ、業界内の結束が固いがゆえに、業界で閉じてしまってはダメだと思います。異業種ならではの視点で、壁を作らないよう、壊していってほしいです。
久田さんはいかがですか。
久田さん 前職で手掛けていた復興まちづくりや再開発事業のほかに、区画整理事業などは上下水道事業と同様に行政から請け負う仕事でしたが、少し変わった発注方法があります。上下水道ではコンサルタントとプレイヤーが別々の会社になることが一般的ですが、まちづくり系の仕事では同じ会社もしくは共同企業体が担う手法も増えてきています。いわゆる、事業パートナー方式、事業協力者制度というものです。
入札不調やコンサルタント費用などを懸念して、行政がコンサルタントに任せない、という選択をすることがあります。プレイヤーになれる会社にコンサルティングもやってほしいということです。発注者は、事業をやりきれるプレイヤーに、事業の青写真を描いていただきたい。プレイヤーは手弁当となりますが、その先の受注という果実を狙っているので手弁当で汗をかくことができます。
もちろん、受注が確定されているわけではありませんが、受注の確度が高まることは想像できるかと思います。発注者も受託者もWin-Winなのですが、この手法だとコンサルタントの仕事が無くなってしまいます。
同じことを上下水道業界でやったらどうなるだろうと考えています。今のNJSの主要業務であるコンサルティングの仕事は無くなるかもしれませんが、プレイヤーとしての市場には参入しやすくなるかもしれません。
――NJSは須崎市のコンセッション事業でプレイヤーとしての実績もありますね。それをもっと伸ばせる可能性があるということですか。
久田さん そうです。NJSはコンサルタントとしての顔と当時に、プレイヤーとしての顔も育てようとしています。こうしたコンサルティングプレイヤーが活躍する案件が、地上部の事業では増えていますし、上下水道事業においても地域を良くすることにつながるなら一つの手段になりうるのではないかと考えています。
――ところで各社とも異業種からの採用は増えていますか。
押川さん 実際に増えています。私の周りにもプラント設計の経験者のほか、造船やガス業界で設計に携わっていた社員がいます。積極的に異業種の経験者を受け入れていることもあり、同じ境遇の仲間が多くいますし、即戦力としていち早く活躍できるように入社後のサポートや教育もしっかり受けられますので、安心して働くことができています。
久田さん 私の所属する管理本部では、例えば広報や法務、企画、人事などに異業種からの転職者が多くいます。
――会社として戦略的に異業種を採用されているのでしょうか。
久田さん そうですね。私もそうですが、まちづくりといった新規事業を育てるために経験者を採用しています。また、組織の多様性を持たすためという意図もあると思います。
ここに伸びしろあり!
- 丹治氏 海外人材の育成が飛躍のカギ
- 久田氏 水とまちづくりで地域活性化を
――皆さんが所属される会社あるいは上下水道業界において、異業種だから分かるという伸びしろについてお聞かせください。
丹治さん 前職の商社はグローバル展開しており、海外赴任や留学制度など海外を切り口にした人事の仕事も多かったのですが、それに比べればメタウォーターの海外展開はまだまだこれから。研修制度や海外赴任の仕組みなども整備していく必要があります。そこが伸びしろです(写真4)。
日本では少子高齢化による人口減少が進み、水・環境インフラの拡大は期待できません。そうした中で海外事業を伸ばすことは重要であり、そのカギを握るのが海外人材の育成だと考えています。
ICTの進歩で語学力が以前ほど重要ではなくなってはいますが、海外での暮らしに心理的に抵抗を持たず、いろんな国籍の社員を束ねてマネジメントする力を若いうちから身に着け、海外で会社を運営できる社員を早めに育てておかないといけません。その面でも前職の経験を役立てていきたいです。
――海外人材というのは、外国籍のマネジメント層ですか。それとも海外でマネジメントできる日本国籍の社員のことでしょうか。
丹治さん 現在、海外のグループ会社の経営層へ日本からも非常勤役員を置くようにしているのですが、その人材がもっと必要です。海外でマネジメントできる日本人社員を育てることが優先課題です。
将来的には海外の人材を日本に迎えることもあるでしょう。そうなれば、もっとおもしろいグローバルな会社に成長できると思います。
――丹治さんの経験が、様々な場面で生かされそうですね。
続いて押川さんはいかがでしょうか。伸びしろを伸ばすためにキャリアを生かしたい、あるいは生かせると思うことをお聞かせください。
押川さん 原子力発電の耐震解析で求められた高い品質と緻密さを、下水処理場の品質管理にも活かしていきたいと考えています。スピード感とのバランスが必要ですが、品質管理の立場で地域を見回すことで、フソウの経営理念である志「お客さまが喜ぶことを追求し、持続可能な社会を追求」することにつながり、地域課題に対して最適なソリューションを提案できるのではないかと思うのです。
――地域課題を知ることはどの会社も大切にされていますね。押川さんが心がけていることはありますか。
押川さん 下水道のプラント設計は、地域ごとの特性を踏まえて発注者、自治体の要望や思いを的確に反映するものだと思っています。その思いは仕様書の中につまっています。
その思いをくみ取ること、そのために発注者とコミュニケーションをしっかりととるように心がけています。維持管理業者からも困りごとなどを聞くようにしています。さらにフソウでは設計や施工段階で積極的にBIM/CIMを活用しており、完成形のイメージを共有することで関係者間のコミュニケーションや合意形成に役立てています。いちはやくデジタル化に取り組み、ノウハウや実績もあるため、業界全体の課題解決や上下水道の価値向上に貢献していける会社だと思っています。
発注されたものをそのまま設計するだけでもいいのかもしれませんが、やはり現状の課題を一つでも多く解決したいですから。
――それが押川さんの言う「高い品質を求める」ということなんですね。素晴らしいです。
久田さんはいかがでしょうか。
久田さん まちづくりの経験や人脈が、NJSでの事業につながっています。
復興まちづくりに携わった大船渡市では、地域ライターを育成する「まちおしAWARD」という事業を展開しています(図1)。地域新聞にも取り上げていただけて、会社のPRにもつながりました。
そのほか大船渡市のつながりで、島根県隠岐の島町にある西郷港周辺のまちづくり業務にも携わることができています(写真5)。これまでのNJSでは考えられなかったことです。
これらは上下水道事業がメインではありませんが、まちづくりの中に上下水道をはじめとする水インフラの要素を取り入れるように心がけています。入社時に思い描いていたすべてができているわけではありませんが、少しずつ近い動きはできつつあると自負しています。
――とはいえ上下水道コンサルタント会社であるNJSでは、まちづくりは異質だと思います。久田さんの仕事は社内でどのように受け止められているのですか。
久田さん 最初は違和感があったかもしれませんが、徐々に理解者が増えてきました。私自身も上下水道事業とまちづくりのかけ合わせで何ができるのか、どのようにしてシナジーを生み出すのか、検討を重ねました。イメージを図にしたものや部署の考えや方向性を社内資料に掲載して頂いたり、私の前職での取り組みや現在の取り組み等を社内広報にも掲載頂きました。少しずつではありますが、市民権を得つつあります(笑)。
そのかいあって、上下水道関係の仕事だけどまちづくりの要素も取り入れたいから相談に乗ってほしい、と声をかけていただくこともあります。その点では前職の経験をフルに活かせていますね。
最近は、過疎地や山間部の集落で高齢化が進み、飲み水をくんでいた井戸を管理する人がいなくなって困っている地域が増えています。そのような地域課題の解決方法として、まちづくり会社のあり方を参考にして、地域企業も交えた管理会社の設立を提案したり、まちづくり系の補助金を紹介したりすることもあります。
地域コミュニティーを継続させるためにも、このような事例は今後も増えていくことが予想されます。
――地域のコミュニティデザインも、まちづくりの経験が生かせる分野ですね。
久田さん そうなんです。水とまちづくりの双方から地域活性化を提案していきたいですね。上水道や下水道の課題解決に加えて、地域経営の視点やにぎわいの創出、産業活性化なども考えていきたいです。
異業種が考える魅力向上策
- 丹治氏 業界全体で知名度向上を
- 押川氏 “機械大好き人間”にアピールを
――最後に上下水道業界をもっと魅力的にするヒントをお聞かせください。
丹治さん 冒頭で申し上げたように、これほど社会的意義のある仕事をしているにもかかわらず、メタウォーターという会社も、上下水道業界もよく知りませんでした。業界全体でもっと知名度を上げていくべきではないでしょうか。
このままでは未来を担う人材を確保できませんし、技術者も育成できません。学生に就職したい異業種を聞いたときに、上下水道業界は出てくるでしょうか。同じインフラ業界であれば電気、ガスは出るでしょうが、水業界が真っ先に出てくるくらいにならないと。
災害が多い日本において、上下水道業界の役割は大きいはず。それを広くPRするために、工夫の余地はまだまだあります。本当にもったいないです。このことは転職した初日から思っていました。
久田さん 上下水道業界が中心になって、建設業界などいろんな業界を巻き込んでいきたいですね。異種格闘技のイメージで、地域全体を対象にするような仕事ができればおもしろいと思いませんか。
それが実現すれば上下水道業界のイメージも変わり、知名度も理解度も上がると思います。まずはそのための勉強会を仕掛けてみようと思っています。
――上下水道業界にも、まちづくりを意識する会社が少しずつ出てきましたね。それをさらに大規模にしていくイメージですね。
久田さん 下水処理場の跡地利用ですとか、下水道の余熱利用もその一つ。上下水道のポテンシャルをもっと活かし、それらが地域に滲みだし、地域が元気になっていく。上下水道業界が異業種を束ねる指揮者になれればいいですね。
――地上の施設と地下の施設が仲良くなれば、もっと楽しいことができると思います。ぜひ久田さんが指揮者になってください。
押川さんはいかがでしょうか。
押川さん 今はどの業界も人手不足で、人材確保の争奪戦が激しくなっています。異業種への転職はハードルが高いと感じるかもしれませんが、下水道の場合は設計指針等が非常にしっかり整備されているので、異業種の設計者でも活躍しやすいと思います。また、異業種であっても基本的な設計の知識や経験があれば、下水道に応用できると感じています。ぜひ躊躇せずに下水道業界にチャレンジしてほしいです。
なにより私のような機械大好き人間にとっては、下水道施設ってとにかく本当におもしろいんですよ。もともと工場萌えではあったんですが、下水処理場もまさにそう。大・小様々な機械や配管、鋼製加工品等が詰まっていて無茶苦茶おもしろい。そのことをもっともっと多くの機械大好き人間に知ってもらいたいです。
――いろいろな人に関与してもらうことが下水道業界の魅力向上につながりますし、ひいては地域の元気にもつながります。異業種から転職された皆様をきっかけに業界がいい方向に代わっていくことはもちろんですが、さらに異業種からの転職が増えること、そして異業種との協働が増えることに期待しています。本日はありがとうございました。