INTERVIEW SERIES #01
インフラから考える日本の未来
人口減少が進む日本で、インフラはこれからどうあるべきなのか。
老朽化した施設を、これまで通りに更新し続けるだけでよいのか。人が減り、まちの形が変わるなかで、道路や上下水道、橋、鉄道といったインフラもまた、変わる必要があるのではないか。
そんな問題意識をもとに、Webジャーナル「Mizu Design」では、新連載「インフラから考える日本の未来」を始めます。
第1回は、政策研究大学院大学特別教授で、インフラ政策に長く関わってきた家田仁さんに伺いました。家田さんが強調したのは、人口減少時代のインフラに必要なのは、単なる老朽化対策ではなく、「マインドリセット」だということです。(聞き手:編集長 奥田早希子)

政策研究大学院大学特別教授
まずは「小学校」から始めるべき
――この連載では、人口減少時代におけるまちとインフラのあり方を考えたいと思っています。能登半島地震の復旧などを見ても、インフラを復旧した後にまちは元通りに戻るのか、インフラとまちづくりの計画に齟齬があるのではないかという疑問があります。
もちろん、それは大事な問題です。ただ、いきなり大きな話から入るよりも、もっと手前の話から始めた方がいいと思います。
たとえば、道路や橋、トンネルなどの道路施設も、上下水道も、それぞれ点検をして、状態をランク分けしていますよね。ところが、そのランクの付け方が分野によって逆になっていることがあるんです。
片方では数字が小さい方が悪い。別の分野では数字が大きい方が悪い。どちらも同じように1、2、3、4と表記しているのに、意味が逆になっている。
インフラの在り方を考える首長や議員に、「何を言っているのか分からない」と思われても不思議ではありません。でも、そういう基本的なズレにすら、あまり関心が払われていません。
――かなり初歩的なところからズレがあるということですね。
そうです。都市計画とインフラのズレとか、人口減少時代に合っているかという話はもちろん大事です。でも、そういう大きな話をする前に、まずはこうした初歩的なところを直せているのか、という話です。
私はよく、「せめて小学校は出てほしい」と言っています。いきなり大学の議論をするのではなく、まず義務教育のところから始める必要がある。読み書きそろばんができていない状態で、先端技術の話ばかりしても仕方がないんです。
「道路の下」を道路管理者は把握しているのか
――最近は老朽化した下水管に起因する道路陥没のニュースが相次いでいます。
道路が陥没したときに、道路管理者は当然、自分の道路の下に何が入っているのか、その状態はどうなのかを気にするべきですよね。
でも実際には、道路の下に下水道管や水道管、通信ケーブルなどが入っていても、「占用許可を出した後は占用者の責任です」という感覚になりがちです。
道路管理者は、紙に判を押して許可を出すだけ。それで本当に道路管理者と言えるのか、ということです。
――道路の上と下が、別々に管理されている。
そうです。安全に関わる情報が共有されていない。道路の下に何が入っているのか、その状態がどうなのか。道路側も、上下水道側も、互いにもっと関心を持つべきです。
しかも、道路占用の手続きやフォーマット、使用料は自治体によって違います。隣同士の自治体でも違うことがある。一方で、管路やネットワークは自治体の境を越えてつながっているものもあるわけです。
民間事業者からすれば、A市ではこの書式、B市では別の書式、使用料も違う。地方自治だから違ってよい、という話で済ませていいのか。最後にその負担をしているのは、一般ユーザーです。
「つくる時代」のマインドが残っている
――なぜ、そうした初歩的な問題があまり議論されてこなかったのでしょうか。
根本を指摘されるのが怖いからではないでしょうか。
点検についても、「点検しました」と言うだけで、仕事をしたことになってしまう。本当は、点検によって効果を上げることが大事です。でも、組織としては「努力しています」と見せたい。そこに陥りがちです。
インフラマネジメントは非常に重い課題です。膨大な量の施設を抱えていますから、担当者が「何かやっているふり」をしたくなる気持ちも分からなくはありません。
そのとき一番分かりやすく努力しているように見えるのが、新技術の開発です。「新技術を開発しています」「実証しています」と言えば、努力しているように見える。でも、本当に困っているところはそこではないことが多いんです。
――考え方を変える必要があるということですね。
そうです。たとえば道路法は、戦後の道路整備が足りなかった時代の精神を強く持っています。道路を整備し、交通を便利にする。その目的に向かって頑張るという考え方です。
1950年代から70年代であれば、それは当然でした。高速道路もなかったし、舗装も十分ではなかった。だから、道路をつくること自体が大きな目的でした。
しかし、今は状況が違います。高速道路も相当程度整備されました。ただし、延長は伸びても、まだ2車線区間が多いなど、質の面で課題は残っています。
下水道も同じです。普及率という意味ではかなり高くなりました。しかし、大きな幹線が壊れれば広範囲に影響が出るようなネットワークの弱さもある。これからは、単に広げるのではなく、質を上げ、使いこなし、マネジメントする時代です。
問題は、マインドがそこに切り替わっていないことです。
人口減少時代には「メリハリ」が欠かせない
――下水道では老朽化対策が強調され過ぎているように感じます。これでは今あるものをそのまま持ち続けることになり、人口減少に合わせてモノを減らすことができない。人口減少時代には、マネジメントの判断が必要ではないでしょうか。
八潮市での道路陥没事故を踏まえた議論に私も加わっていますが、「メリハリ」を非常に重要な柱にしていると思います。
強化すべきところは強化する。やめるべきところはやめる。統合すべきところは統合する。そういう発想です。
約50万kmという膨大な下水管を、人口減少時代に、料金収入も大きく増えないなかで、すべて同じように維持できるはずがありません。下水道に関わる人たちも、それは分かっているはずです。
むしろ下水道の方が、「メリハリ」という言葉には前向きだと感じています。道路の方が、「道路は必要なものだから」と考えがちで、まだメリハリの重要性が染み込んでいない面があるかもしれません。
――メリハリというと聞こえはよいですが、地域によってサービス水準が変わるという話ですから、生活者は受け入れがたいかもしれません。
そうですね。でも人口密度や土地柄によって、サービス水準が違うのは自然なことです。
たとえば人口密度が大きく異なる国や地域で、同じようなサービスを提供するのは難しい。宅配でも、郵便でも、学校でも、都市部と過疎地で同じサービス水準にはならないことがあります。
それを「問題」と見るより、置かれた条件が違うのだから当然だと考えた方が健全です。
自分たちはサービスを受けるだけの存在だと思っていると、「あちらと同じサービスを受けたい」となります。しかし、そこにかかる費用を誰が負担しているのかを考えなければいけません。
限られた収入のなかで、下水道にお金をかけるのか、福祉にかけるのか。すべてを東京と同じようにはできない。地域ごとに、そうした選択を反映する行政が必要です。
必要なのは、住民・政治家・職員の三拍子
――人口減少に合わせてインフラをたたむ、あるいは見直すことは避けて通れないと考えています。ですがその話がなかなか進まない。その理由は住民の意識にあるのでしょうか。
住民の意識もありますし、それと裏腹ですが、政治家の意識もあります。
ただ、場所によります。高知県のある町では、町長が率先して橋の集約に取り組んでいます。もういらない橋はどうするのか。数千万円かかるような橋を何百橋も抱えていられない。そういう判断をしているわけです。
富山市でも、橋のトリアージのような考え方で、こちらは維持する、こちらはもっとよくする、というメリハリをつける取り組みがあります。
もちろん、そういう自治体はまだ少数派です。でも、本気で問題を考える首長がいて、それを支える市民がいて、職員もいる。三拍子が揃うと、変わり始めます。
空中戦ではなく、地元から始める
――自治体が人口減少時代のまちづくりやインフラを考えるとき、まず何を見直すべきでしょうか。
地元から始めることが大事だと思います。
国や在京の大手コンサルタントが何もしていないわけではありません。ただ、どうしても“空中戦”になりがちです。抽象的で、きれいな地図や計画はできる。でも、それを本当に実行できるのか。地元がついてこられるのか。市民に説明できているのか。
むしろ、少数でも地元で工夫しているところから始める方がよいと思います。
地元のコンサルタントが理念を持って自治体と一緒に取り組んでいる例もあります。そういう実践に光を当て、横展開していくことが重要です。
住民参加は「楽しかったね」で終わってはいけない
――住民参加型のインフラメンテナンスについては、どう見ていますか。
非常に重要です。
市民がインフラに参加することで、インフラとは何か、どこにお金がかかるのか、本当に必要なのかを考えるきっかけになります。
ただし、参加した人が「楽しかった」「参加できてよかった」で終わってはいけません。継続的な力にしていく必要があります。
住民参加の取り組みが蓄積され、参加者が増え、選挙のときにこの問題を取り上げる政治家が出てくる。そこまで行けば、本当の意味でのムーブメントになります。
努力していること自体に満足してはいけない。効果を上げているかを常に問わなければいけません。
――時間をかけて若い世代を育て、彼らが30年後に力を持つようになるのを待つ、という考え方はどうでうすか。
30年も待っていられるような余裕はありません。5年以内くらいに新しい体制をつくらなければいけない。若い人たちが年を取るのを待つ必要はありません。若いままでいい。若い人はすごいんです。
今のまま先送りを続ければ、時々ひどい事故が起き、そのたびに「お金がない」「人がいない」と言い訳をすることになる。5年くらい経つと、修復不能な状況に近づくのではないかと感じています。
まだ現場に熱があるうちに動かなければいけません。文句を言えるうちは、まだ終わっていない。文句も言わなくなったら終わりです。
インフラの根本は「私たち性」にある
――今、一番変えるべきものは何でしょうか。
根本的にはマインドです。
私はインフラを、単なるハード施設だとは考えていません。福祉も、警察も、自衛隊も、ある意味ではインフラです。地域猫のような存在も、見方によってはインフラと言えるかもしれません。
比較的多くの人が共通の価値観を持ち、その価値観を維持したり向上させたりするために必要な有形・無形の存在。それがインフラだと思っています。
その根本にあるのは、「私たち」とは誰か、という問いです。私たちは、自分たちを「私たち」と思っているのか。そして、その私たちが大事だと思う価値は何なのか。
――下水道には、その「私たち性」が薄いということでしょうか。
そうです。下水道については、多くの人が自分ごとだと思っていません。トイレを流したら、あとはどこかへ行くらしい。水道料金や下水道使用料は払っているけれど、私たちのものだという感覚は薄い。
道路は毎日歩いたり走ったりするので、「道は大事だ」という感覚を持ちやすい。鉄道も、路線名や車両、車窓の風景と結びついて、私たち性が育ちやすい。
でも下水道は地面の下に隠れているから、そうした感覚が育ちにくい。だから気の毒ではあります。しかし、だからこそ、知ってもらう努力が必要です。
下水道が「私たちのもの」であるという感覚を醸成する努力は、まだまだ足りません。マンホール蓋が面白い、というところまでは来ています。それはいいことです。でも、そこから先にもっと踏み込む必要があります。
自分の水がどこへ行くのかを知る
――下水道の広報では、「私たちがやっていることはすごいでしょう」というアピールになりがちです。
それでは「大変ですね」「ありがとう」で終わってしまいます。
必要なのは、自分の家のトイレから流れた水がどこを通り、どこで他の水と合流し、どこの処理場に行き、どこの川に戻るのかを知ることです。
ハザードマップはありますよね。川があふれたらどうなるかを示す地図です。同じように、自分の水がどこへ行くのかを示す下水道のマップがあってもいい。
この地域の人たちが同じ下水道を使っている。その「私たち」を可視化することが必要です。
そして、その「私たち」は30年後にどれくらいの人口になるのか。このネットワークを維持できるのか。維持しようとすると料金はいくらになるのか。国に頼れるのか。そういう議論に市民も巻き込んでいく必要があります。
そこまで行って初めて、共有された価値観が生まれるのです。
下水道は「地下の河川」としてもっと面白くできる
――下水道はどうすれば、もっと多くの人に関心を持ってもらえるでしょうか。
下水道は人工河川です。地下の河川と言ってもいい。もっとそれを出していけば面白くなると思います。
見学も有料にしたらいい。無料だと関心が高まりにくいこともあります。お金を払ってでも見たい、知りたいと思えるように演出する。そうするとファンがつくはずです。
鉄道にはファンがいます。道路にも道守のような活動があります。川にもサポーターがいます。下水道は、そういう意味では出遅れている。でも、伸びしろがあるということでもあります。
下水道はどうしても技術論に行きがちです。細かい技術の話はもちろん大事ですが、人々をどう巻き込むか、どう自分ごとにしてもらうか。そこをもっと考える必要があります。
「つくる」だけではなく、価値をもたらす
――最後に、人口減少時代のインフラに必要な考え方を改めて教えてください。
インフラは、つくることが目的ではありません。つくったものを使って、まちにどんな価値をもたらすかが大事です。
これまでは、普及率を上げる、延長を伸ばす、新しいものを整備するという時代でした。しかし、これからは違います。
現状をよく理解する。将来の人口を考える。どこを強化し、どこを軽量化し、どこを統合するのかを考える。そうしたマネジメントへと切り替える必要があります。
そのために必要なのは、技術以前に、私たちのマインドを変えることです。
インフラを「誰かが管理してくれるもの」と見るのではなく、「私たちが共有する価値を支えるもの」として捉え直すこと。そこから始めなければいけません。
人口減少時代のインフラを考えるということは、単に施設をどう更新するかを考えることではありません。
私たちは誰なのか。どんな暮らしを守りたいのか。何を残し、何を変えるのか。
その問いに向き合うことこそが、日本の未来を考えることなのです。
――ありがとうございました。
