SDGs金融に選ばれる下水道を問う

横浜市からの一考察

SDGsやESGの視点で企業を評価する機関投資家が増えている。その評価軸が自治体にも当てはめられる時代が来るのではないか。下水道事業は汚水処理や汚泥のエネルギー利用など、SDGsに寄与する施策が多い一方、汚水処理のエネルギー負荷は大きく、温室効果ガスの排出量が多いという課題もある。SDGs金融の視点でこれからの下水道のあり方を考えてみたい。(編集長:奥田早希子)

財務資本主義に限界がきた

「資本主義が変わる」。その言葉を聞いた時、非常に衝撃を受けた。今から2年ほど前のことだ。とある講演会でESG金融を専門とする高崎経済大学の水口剛教授がおっしゃった。その後、取材で直接お話させていただくことができた。

これまでの経済システムで資本とされてきたものは「貨幣」(財務)であり、それを維持し増やす仕組みであった。この財務資本主義に3つの限界が来ていると水口教授は指摘する。

1つ目は「実物経済の限界」だ。経済成長によって資本=カネを増やすことが難しくなっている。

2つ目は「金融経済の限界」だ。一方の利益が増えれば、一方の利益は減る。必然的に格差を生むメカニズムに限界が来ている。それでも貧困を解消しようとするなら、かなりな経済成長が必要だ。

しかし、大きく経済成長しようにも、そのために必要な自然資源が減っている。気候危機を見ても分かるように、地球環境はすでに物理的に限界に来ている。これが3つ目だ。

これら3つの限界を迎える中、貨幣に変わる新たな資本が模索され始めている。自然そのもの(自然資本)、人そのもの(人的資本)、人と社会との関係性(社会・関係資本)である。貨幣とは違って個人が所有できない社会共通の資本である。

このような社会共通資本をいかに維持し、増やしていくかが、これからの新しい資本主義になるというのである。

世界はすでにこの考え方で動き始めている。とりわけ敏感に反応しているのが金融政策、機関投資家たちだ。財務情報だけではなく、環境や社会へのインパクト、企業統治といった非財務情報も考慮して投資先を選ぶ、いわゆる「ESG投資」への流れが強まっている。

動き出したESG投資

ESG投資が拡大するきっかけは2006年、当時の国連事務総長だったアナン氏の要請を受けて始まった「責任投資原則(PRI)」である。ESGの理念が織り込まれた6つの原則で構成され、その理念に賛同する機関投資家が署名する仕組みだ。当初は100機関からスタートしたが、20年には3000機関に達している。

日本では15年、世界最大級の資産規模を持つ年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIに署名した。これを契機として、日本でもESG投資に対する認知度や関心が高まっていった。

それと時を同じくして国連で採択された「持続可能な開発目標」(SDGs)が、ESG投資の流れに棹をさした。

 この間、国際NGOのCDPが、グローバル企業に環境インパクトに関する情報開示を求めるプログラムを始動させた。水セキュリティおよび気候変動のプログラムに署名する機関投資家は、19年で各525機関、運用総額は各96兆ドルに及んでいる。

CDP署名機関・運用総額の推移(CDPの年度報告書などを基に筆者作成)

自治体もESG金融を無視できない

ESG投資は企業が対象となっている印象が強いが、CDPは11年に自治体を対象とする「シティプログラム」をスタートさせている。自治体に気候変動と水セキュリティに関する情報開示を要請するものだ。

18年度は世界740を超える都市・地域が回答した。うち日本では、東京都、横浜市、名古屋市の3都市が回答している。

企業にとってはSDGsやESGを経営に組み入れることが、投資家に選ばれる条件になりつつある。それは自治体にとっても同じことで、逆説的に言うと、SDGsやESGを施策に組み入れていない自治体は、投資家から選ばれなくなる。そんな時代が現実味を帯びてきたと言えそうだ。

そうした中、19年3月、地方創生SDGs・ESG金融調査・研究会が「地方創生に向けたSDGs金融の推進のための基本的な考え方」を取りまとめた。SDGsが地方創生の原動力になり得るという確固たる信念が根底にある。

域内で実践されるSDGsへの取り組みや、SDGsに取り組む企業への投資の流れを作り、そこから資金を還流させて次のSDGs活動に再投資する。こうして域内に金融の自律的好循環を構築し、地方創生とSDGs達成を目指す。

地方創生SDGs金融を通じた自律的好循環形成の全体像(2019年3月「地方創生に向けたSDGs金融の推進のための基本的な考え方」地方創生SDGs・ESG金融調査・研究会)

ここで重要なことは、自治体もプレイヤーの1つであるということだ。つまり、SDGsやESGの視点がない自治体は、自律的好循環の輪に入ることができなくなる可能性を示唆している。

SDGs×気候変動で取り組む横浜市

 横浜市は、政府から「SDGs未来都市」に選定され、環境・経済・社会的課題の統合的解決を実践中だ。そこで、横浜市が進めるSDGsについて、横浜市温暖化対策統括本部SDGs未来都市推進担当部長の畠宏好氏に伺った。

様々な課題を抱える大都市は、持続可能な課題解決の仕組みが必要である。そこで横浜市は市内外を問わず、様々なステークホルダーの連携を促進するための企業による中間支援組織「ヨコハマSDGsデザインセンター」を立ち上げた。

ヨコハマSDGsデザインセンターロゴ(横浜市提供
https://www.yokohama-sdgs.jp/

センターには地域NGOや事業者など、約300の団体が登録しており、日々、多くの相談や課題解決に向けた新しい提案が寄せられているという。

ヨコハマSDGsデザインセンターの機能(横浜市提供)

8月末には、企業のSDGsに関する取り組みをさらに後押しするため、新たに「横浜市SDGs認証制度“Y-SDGs”」をスタートさせ、第1弾として認証基準を公開した。

金融機関も参画した、今秋の本格稼働に向けて、SDGsに貢献する事業や投資を拡大するための支援を進めることで、SDGsやSDGs金融の考え方を、施策やまちづくりに積極的に取り入れている。

一方、昨今の社会を脅かすものとして、異常気象に伴う災害の頻発、熱帯減少による健康障害や食料への影響、更には感染症の拡大など人間社会の成長拡大に伴って顕在化してきた気候リスクが挙げられる。

376万の人口を抱える横浜市は、18年10月にわが国大都市でいち早く50年までの温室効果ガス実質排出ゼロ「Zero Carbon Yokohama」を宣言し、本年7月に、自らの率先行動として「50年までに市役所全体で消費するすべての電力を再生可能エネルギーに転換」することを発表するなど、我が国自治体の脱炭素化を牽引していると言える。

国内大都市初の脱炭素宣言「Zero Carbon Yokohama」(横浜市提供
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/ondan/2020/200701press.html

成熟した大都市の脱炭素化は、大幅な省エネ、広域からの再エネの調達はもとより、脱炭素経済に向けた産業構造転換など、これまでのライフスタイル、ビジネススタイルを根本から変革する必要がある最重要テーマであると言える。

ESG投資の潮流と下水道の脱炭素化

SDGsやESGが施策に織り込まれていく中、これからの下水道施策も変革は避けられない。

下水道事業は、汚水処理や雨水排除というコア事業のみならず、汚泥や下水熱のエネルギー利用なども行われており、SDGs達成に寄与する施策が多い。

しかしその一方で、汚水を処理するために大量のエネルギーを消費し、多くの温室効果ガスを排出している。横浜市の行政部門では、下水道事業は一般廃棄物処理事業に次いで2番目に多くの温室効果ガスを排出している。18年度は総量約95万t/CO2のうち、下水道事業はその17%、約16万t/CO2を排出した(「横浜市地球温暖化対策実行計画《市役所編》実施状況等」)。

横浜市の温室効果ガス排出量(「横浜市地球温暖化対策実行計画《市役所編》実施状況等」より筆者作成)

こうした状況は今後、資金調達の足かせになる可能性がある。世界では石炭火力発電所のような大量の温室効果ガスを排出する事業や企業に投資しない、あるいは投資を引き揚げるカーボンダイベストメントの流れが出始めているからだ。

先鋭的な機関・個人投資家たちは、カーボンダイベストメントを掲げるグローバルネットワーク「DivestInvest」を立ち上げている。石炭関連などのトップ企業への新規投資の廃止、関連株の売却、気候変動ソリューションへの投資という3つの誓約を掲げており、それにコミットした投資家の運用資産総額は、13年は1兆ドルに満たなかったが、今では14兆ドルを超えた。賛同する機関投資家は1246機関、個人投資家も5万8000人にのぼる。

横浜市温暖化対策統括本部副本部長であり、下水道事業にも長く携わった奥野修平氏は「カーボンダイベストメントはいずれ日本にも、そして他産業にも飛び火するのではないでしょうか。下水道もぬかりなく脱炭素へ進まなければ、投資が得られなくなるかも知れません」と対応の必要性を指摘する。

下水道事業のうち、汚水処理は原則として使用料で賄われ、雨水事業はすべて一般財源で実施されるが「これからの投資条件には、SDGsやESGに関連した要件が課されるようになるかもしれません」(奥野氏。以下同)

そうなった時、温室効果ガスの排出量が多いままでは、下水道事業は不利だというのだ。「ESGに配慮しない事業、特に脱炭素化に貢献しない事業には投資が回ってこなくなることが想定されます。ですから、今からそうならないように、下水道のゼロエミッションを目指すことが重要ではないでしょうか」

 官民連携で下水道事業を実施する際には、民間企業が金融機関から資金調達できなくなる可能性も指摘する。

地球環境問題とSDGsに貢献する下水道へ

 こうした状況を背景として横浜市は、下水道事業で主に次のような対策を進めている。

 ①下水汚泥の燃料化によるN2O排出量の削減
 ②最新技術を導入した汚泥焼却炉更新
 ③再生可能エネルギーの創出と積極導入
 ④下水処理方式の省エネ化
 ⑤汚泥消化ガスの増量による再エネ発電・CO2フリーの水素等の創出

下水道バイオマス資源の更なる活用(卵形消化タンク。横浜市提供)

横浜市では30年までに下水道事業の温室効果ガスの26%削減(13年度比)を目指している。特に汚水処理における省エネ技術の検討と導入、再生可能エネルギーの創出と活用に関する対策が急がれ、近年では海外の先進的な下水道事業体との交流を加速させ、新たな技術や知見の習得に努めている。

これからの社会は、気候変動など、今のシステムを根本から変えざるを得ないようなリスクに対応しなければいけない。また、持続可能な事業経営を目指していくためには「SDGsの視点」が必須となる。事業を自然エネルギーだけで賄う「RE100下水道」などへのチャレンジはもとより、今まさに、下水道事業をSDGs金融の視点で問い直す好機であることは間違いない。

「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています