【インフラ異種融合対談】インフラ融合はまちづくりの救世主になりうるのか

加藤氏×関氏:インフラマネジメントの新時代はもう始まっている(上)

水インフラは、モノを作る時代から、作ったものを使って価値=コトを提供するマネジメントの時代が始まった。ヒト・モノ・カネのリソースが減少する中、水インフラから新たな価値を創造できるか否かは、上下水道業界が「設備産業」から「サービス・価値創造産業」へと変革できるかがカギを握っている。まさに「水インフラ産業のリデザイン」である。そのためのヒントは、業界内ではなく、多種多様なインフラ・分野・人材との融合の中にこそ見出すことができる。

その考えのもとにこのたびWebジャーナル「Mizu Design」を刷新し、特別企画「インフラ異種融合対談」を立ち上げました。異業種と水インフラ産業界、あるいは水インフラ産業界内における異分野同士、上司と部下、自治体と企業など、様々な組み合わせの異種の方々と一緒に、水インフラ産業をリデザインするヒントや課題などを議論していただきます(不定期掲載)。第1弾は、加藤裕之東京大学准教授と関隆宏EY新日本監査法人マネージャーに、これからのインフラマネジメントやインフラ融合の必要性などについて議論していただきました。2回に分けて掲載します。今回は1回目です。


(上)この記事のコンテンツ
■インフラの協働は重要かつ正しい道
■今の上下水道は「目標」を見失っている
■業界再編を勝ち残るカギは「市民目線」だ

(下)のコンテンツ
■日本版シュタットベルケが業界の壁を溶かす

加藤裕之氏(左)
東京大学下水道システムイノベーション研究室 特任准教授
関隆宏氏(右)
EY新日本監査法人インフラストラクチャー・アドバイザリーグループ マネージャー

インフラの協働は重要かつ正しい道

 ――上下水道をはじめインフラを作る時代は終わりました。これからは、作ったものを使い、時には統廃合し、より良いサービスや新しい価値を地域に提供するマネジメントを考えるべき、そして、マネジメントなら多様なインフラが融合・協働できる、というのがWebジャーナル「Mizu Design」の考え方です。インフラ融合についてどうお考えですか。

加藤氏 インフラは、もうモノを作ることそのものを目的とする時代ではないですし、ヒト・モノ・カネのリソースが減少していく中で「インフラの協働」は重要なポイント。既存の組織・制度体系が異なるなど障害はありますが、効率性と付加価値Value生むための正しい道でしょう。

関氏 水道の広域化は横の連携ですが、これに対し地域の中でいろんなインフラが協働する縦の連携も必要だと思います。例えば上下水道と電力が協働して仮想発電所(VPP:Virtual Power)を構築するという考え方があり、大阪市水道局などが2020年度から実証を始めています。

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VPPとは、地域内の工場や家庭などにある蓄電池、太陽光発電設備、電気自動車等といった分散するエネルギーリソースを束ね、遠隔・統合制御することであたかも1つの発電所のように機能させる電力需給調整のこと(大阪市サイト参照)。水道の場合、配水池に水を溜める量を調整することで、水源から配水池に送水するポンプの運転時間を制御できる。電力消費量が多い時間帯を避けて運転できれば、その間は「みなし発電」したと考え(これをネガワットと呼ぶ)、電力会社がその電力分を買い取ってくれる。
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今の上下水道は「目標」を見失っている

 ――日本ではまだまだインフラ融合や協働を発想したり、行動したりする人が少ないと思います。

加藤氏 国土交通省の中だけでも道路、港湾、河川、公園、下水道など所管は別々で、それぞれが所管するインフラをそれぞれにリニューアルしたり、ICTなどで監視したりしています。それぞれの効率性のためのシステムはかなり進歩していますが、あくまでもそれぞれのインフラだけにフォーカスしています。

特に、河川・道路に代表される国の直轄事業の場合、しっかりと自分たちこそが管理する、という考え方や意識が高い分、新たな価値を生むという発想や、そもそもどういう主体がマネジメントすべきか、という感覚は持ちにくい。市民から利用料金を取らない事業であれば、費用対効果の議論はありますが市民へのサービス対価や経営というおカネの話もしにくいです。インフラマネジメントの改革が遅れているということではなく、そういう環境にないのが現状だと思います。

また、インフラの融合や協働を進めるには、だれが、どのような単位で、何のために推進するのか?からしっかり考えてスタートしないと混乱するだけで進まないと思います。

関氏 ドラッガーは、目標や目的に向けて経営資源を効率的に使うことをマネジメントと定義しています。

民営化されている電力やガスは競争にさらされているので、事業としての目的は持続的な経営です。そのために、きちんと稼ぎつつ、より良いサービスを安価で提供する。そのためのマネジメントということで、目的がはっきりしています。

上下水道や河川なども、2000年代までは「整備」という目的が明確でした。しかし、すでに整備は終わってしまった。では、次の時代、つまり整備されたモノを使っていく時代の目標は何か。

ダウンサイジングなのか、コスト削減なのか。水道法の目的は低廉で安全安心な水道水の供給ですが、それを次の時代に合わせて具体的に落とし込むところで苦労しているように思えます。

加藤氏 目的や目標が見つからない、という意見には同感ですね。下水道で言えば、業界あげての普及率アップが原動力でしたから、いきなり「マネジメントを改革せよ」と言われても、目標設定が難しい。役割が多様化する中で、省エネ、老朽化対策、耐震、浸水対策、経費回収率など目標指標がありすぎて、どれを目標にすればいいのか分からない。

成長から多様性への転換は素晴らしいことなのですが混乱してしまっている気がします。もちろん、次のステージへの「ゆらぎ」かも知れませんが。こういう時は、目標より目的、市民目線にたって考えるのが大切です。

関氏 フランスでは国としては20くらいの厳選された指標で経営を管理していますね。民営化されているイギリスのイングランドでも、料金規制を行うOfwat(オフワット)は、事業計画を策定するうえで重視する項目として14項目を定めているのみです。

アウトプットだけでなく、市民サービス目線のアウトカム寄りの指標もあり、それを活用して市民と対話し、サービスを向上していく。100の指標を見せられても、市民は逆にそのサービスが良いのか悪いのか判断できないですよ。

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 イギリス、とりわけイングランドおよびウェールズの上下水道事業は、元々は地方自治体単位の公営事業であったが、1973年と1989年の法改正を経て完全民営化され、10の上下水道会社による運営となった。国の所管省庁(環境・食料・農村地域省)とその傘下のOfwat(オフワット)などの規制機関が設ける経済的、技術的な規制メカニズムによって民間水会社の行動は統制されている。

 Ofwatが行う料金規制のメカニズムはPrice Reviewと呼ばれ、5年に一度翌5か年の各水会社の料金上限を決定する。Price Reviewにおいては、Ofwatが重視する14項目が示されており、各水会社は各項目に合致すると考える指標と目標値を設定し、事業計画及び料金計画を策定する仕組みとなっている。

(「上下水道事業運営手法の多様性~仏・英・独の比較からの考察~」(「水道公論」2021年1月号、福田健一郎 EY新日本有限責任監査法人シニアマネージャー、関隆宏同マネージャー、加藤裕之東京大学下水道システムイノベーション研究室特任准教授)

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業界再編を勝ち残るカギは「市民目線」だ

――マネジメントには目標があり、その達成度を測るために指標があると思っていましたが、一歩進んで、公共サービスについて市民と対話するためのツールとして指標を活用する、という考え方には目を覚まされました。

加藤氏 PDCA等の内部管理のために多くの指標を使うことは良いですが、そこで止まっている組織が多く、市民と対話するという意識は官も、ましてやB to Bに集中してきた民は薄い現状にあります。PPPの進展により変化はみられますが。市民との対話により市民目線に立てれば、いくつかの指標に統一できるかもしれません。

現職時代に浸水対策のコンセプトの一つとして「受け手主体の目標設定」というコンセプトを考え、効率的なハード整備のため、超過降雨に対しては床下浸水までは許容する、という考え方を導入しましたが、「ハードから人へ」というような視点の転換が必要なのではと思います。

 ――上下水道はBtoG、BtoBの産業ですが、これからはBtoC産業になっていくべきというのもまたWebジャーナル「Mizu Design」の考え方です。指標を使って市民と対話するという発想は、利用者目線でインフラをマネジメントしていくということですから、考え方は同じですね。

関氏 ユーザーを意識することが今後、大事になると思います。

加藤氏 上下水道もその他の公共サービスも同じで、市民や利用者の信頼が生命線です。特に、上下水道は言わば独占的な事業です。下水道の場合、財源は税金か使用料しかなくて、それらを負担する利用者は決まっています。下水道は市民のものと考えることが大切です。その人たちの信頼がなければ使用料を払ってくれないし値上げに強く反対されたりもする。

逆にコンセッションのように民間企業がサービス提供する場合でも、利用者との信頼関係があれば、安定した収入の下、20年間の長期であっても運営できる環境になります。

これまでの整備の時代は、いいモノを作り満足されれば一定の信頼関係を構築できたかもしれません。ただ、それは完成した時の一過性の満足からの信頼関係。マネジメント時代は継続して利用者の信頼を得る努力が足りなかったのかもしれません。

 ――来るべきインフラマネジメントの時代を生き残る企業には、ユーザー目線、市民目線が欠かせませんよね。

加藤氏 例えば下水道であれば、整備中心の時は設計、建設、機械、など縦割りというより分業で整備を推進してきましたが、これからのマネジメントはすべてが一体化します。特に、維持管理が起点です。だから今、業界の再編や協働が模索進んでいますが、まだまだ過渡期で、それぞれの企業の強みを生かしたポジション取りが明確ではありません。

リーダー企業になる最も重要なポイントは、市民目線に基づく発想と信頼される企業になるための行動規範だと思っています。

関氏 デジタル技術の進化によって、利用者の利便性を高めるサービス改革も加速しています。フラクタは水道管の劣化予測にAIを導入しましたし、フランスではヴェオリアがオンライン窓口やチャットボットで利用者の対応を行っています。これらは利用者目線だからこそ、思いつくこと。発注者の意向ばかり見ていると、思いつかないですよね。

つづく