<経営トランスフォーマー>11人目:山口賢二 EPC依存からの脱却で売上高2,000億円を目指す“水の巨艦”

メタウォーター 重視するのはヒト、モチベーション、そして現場の判断

IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。 

月刊下水道とのコラボ連載です(2023年6月号掲載)


【連載】経営層シリーズインタビュー<11人目>メタウォーター株式会社 山口賢二社長

メタウォーター株式会社
山口賢二社長

上下水道施設が十分に整備されたことと、来る人口減少局面をにらみ、水インフラ業界で事業を展開する民間企業の収入源はEPC(設計・調達建設」から「運営管理」に変革する。いや、変革しなければ業界の存続はあり得ない。そう考え始めたのは、もう20年ほど前のことだ。それから現在に至るまで変革と言えるほどの変化は見られずに来たのだが、ここ数年でようやく大きなうねりが起こってきたことを感じる。変革をけん引する一角は、間違いなくメタウォーターだ。同社の山口賢二社長に、水インフラビジネス変革への経営トランスフォーメーションを聞いた。

モノを売って収益を上げられる社会情勢ではない 

今からちょうど20年前の2003年に、携帯電話・PHSの普及率が90%を超えた。そのビジネスモデルは、モノを売り切って終わるのではなく、モノを手段としてその周辺サービスで息長く稼ぐ。上下水道のビジネスモデルも携帯電話型に倣って変革した方が良いと、筆者はこの頃から考えるようになっていた。「EPC(設計・調達・建設)」から「運営管理」への変革である。 

ちょうど上下水道も整備が進み、これからは既存施設の運営が重要と言われ始めた頃だ。その頃に上下水道のプラントメーカーの子会社であるエンジニヤリング会社の社長をインタビューさせていただいた。 

当時はまだ、上下水道施設を手段として生み出されたサービスで稼ぐことができるのかは未知数の時代。だからこそ、新領域にどのような考えで挑むのかを聞きたかった。その時の答えがこうだ。 

「運営管理で儲ける気はない。利益が出ない安い値段でもいいから運営管理を自治体から受託し、機器・設備の更新時に親会社の商品に入れ替えるところで利益を上げられればいい」 

EPCが主役で、運営管理はおまけ。これでは運営管理の人材は育たないし、上下水道を持続するための全体コストも下がらないし、自社製品にとらわれていれば技術イノベーションも起こらないし、総合的にユーザーのためにならないと、怒る気力もないほどガッカリ、ガックリしたことを覚えている。 

あれから約20年が経過し、国内水インフラ業界の大手であるメタウォーターの山口賢二社長にインタビューする機会を得て、なお筆者が聞きたかったことは変わらない。EPCがなくなるわけではないにしても、EPCのために運営管理事業を行うような“EPC一本足打法”から脱却する意志はあるのか否か。山口社長の答えはこうだ。 

「20年前は私の会社も、まだ『EPCで儲けろ』と言っていましたが、人口減少を大きなターニングポイントとして、もはやモノを売って収益を上げられる社会情勢ではありません」 

“EPC一本足打法”からの脱却は「いよいよ待ったなし」だ。 

 EPC、自社製品へのこだわりを捨てる 

 上下水道サービスの向上につながるなら、自社製品にもこだわらない。 

「自社製品にとらわれると、社会課題に応えられません。他社の製品やサービス、知恵も含めてアッセンブルすることで最適解を得る。その考えを大切にしています」 

さらにはパイプでつながった上下水道というシステムにもこだわらない。先日は小規模分散型の水インフラを手掛ける東京大学発ベンチャーであるWOTA(本連載9人目参照)にも出資した。 

「上下水道サービスにもパイプでつなぐ以外に“松竹梅”の選択肢があっていいと思いませんか。山奥の1軒だけならポンプ車で水を運んでもいいし、WOTAの技術を使って近くの水源から飲み水をつくってもいい。水道法では給水装置として配水管が位置づけられていますが、それに縛られた画一的な手法では、とりわけ過疎化する自治体で水道サービスが成り立ちません。臨機応変に柔らかい頭で最適解を考えていきたいです」 

ようやく潮目が変わった。いや、メタウォーターが潮目を変えようとしている。 

 コンセッション成功のカギは「ヒト」 

 潮目を変える本気度を示すのが、宮城県上工下水一体官民連携運営事業(みやぎ型管理運営方式)だ。上水道2事業、工業用水道3事業、下水道4事業の運営管理を包括的に民間企業が実施する。事業を担うSPC「みずむすびマネジメントみやぎ」(以下、みずむすび)は全10社で構成され、メタウォーターは代表企業として参画する(表1)。 

運営期間は2022年から20年間と長期にわたり、事業費は約1,500億円と大きく、上水道、工業用水道、下水道を束ねた国内初の事業である。また、日本ではPFIを行う際などに設立するSPCの多くはペーパーカンパニーだが、みずむすびは実際に事業を行う普通の株式会社であるなど、多くの点で従来事業とは一線を画す。上水道では国内初こコンセッション事業でもある。それだけに、事業の成否には業界内外から関心が集まる。 

そうした中、山口社長が成功のカギとして筆頭に挙げたのが「ヒトのモチベーションキープ」だ。EPCでいくら良い装置を入れても、ヒトが使いこなせなければ宝の持ち腐れになる。“EPC一本足打法”からの脱却へ、そしてサービス重視への山口社長の覚悟を示す言葉と言えよう。 

「バルブの操作ミスで濁度が悪化し、宮城県企業局と取り決めた要求水準に抵触してしまったこともありました。こうしたヒューマンエラーをいかにしてなくすかを日々考え続けています。 

契約期間の20年間で、運転データの蓄積、ノウハウの継承を考え続け、やり続けなければならない。それを担えるのは『ヒト』だけです。だからこそ、ヒトのモチベーションをキープすることがコンセッションには必要であり、重要であると考えているのです」 

モチベーションを高く維持することは、地元住民の信頼獲得にもつながるだろう。 

「上水道で日本初のコンセッションということもありますが、民間企業は営利集団だから水質が悪化するのではないか、水質を維持するなら料金が上がるのではないかなど、地元住民の皆さまが不安を抱いた部分は相当あります。だからこそ、みずむすびは、あらゆる情報を正々堂々と公開し、経営を透明化しなくてはなりません。それが住民の皆さまから信頼を得ることにつながると考えます。このことを設立当初より、徹底してきましたが、信頼構築に関しては、良い滑り出しができたのではないかと感じています」 

表1 みやぎ型コンセッション事業(宮城県上工下水一体官民連携運営事業)の概要 

対象事業  水道用水給水事業(2事業)
工業用水道事業(3事業)
流域下水道事業(4事業) 
事業期間  2022年4月1日~2042年3月31日(20年間) 
運営会社  株式会社みずむすびマネジメントみやぎ 

<株主企業>
メタウォーター、ヴェオリア・ジェネッツ、オリックス、日立製作所、日水コン、橋本店、復建技術コンサルタント、産電工業、東急建設、メタウォーターサービス(10社) 

 現場や個々の判断を尊重 

 モチベーションキープに関しては、みずむすびの構成会社である外資系のヴェオリア・ジェネッツに学ぶことも多いという。 

「ヴェオリア社は現場を大切にしているのでしょう。現場における仕事の意義や目的を社員に伝え、自分の仕事に誇りを持たせるシナリオづくりは流石です。一人一人に眠っている自尊心を刺激して引き出すというのでしょうか、その手法には大いに教わるところがありました」 

モチベーションキープとも関係することとして、人材育成において山口社長には1つのこだわりがある。現場や個々の判断を尊重することだ。 

「当社はみずむすびの代表企業という立場ではありますが、私はあくまでもSPCの自主性に任せています。口をはさんでしまうと、各社から集結したエース級の人材の良さを生かせないと考えているからです」 

一人一人の自主性に任せた人材育成は、メタウォーター本体においても実践する。70歳まで働ける環境づくり、週休3日制、勤務場所と時間を選べる働き方改革など、社員の可能性を引き出し、磨きをかけるための人的投資を惜しまず進めている。 

 「売上高2,000億円はそれほど難しくない」 

 同社の売上高(連結)は2023年3月期決算で1,507億円を記録した(図1)。ただし経常利益は2021年3月期の110億円をピークに、2023年3月期は約87億円と8割近くまで減少している(図2)。 

図1 メタウォーターの売上高推移
図2 メタウォーターの経常利益推移

その原因は“EPC一本足打法”から脱却したからなのか。やはり儲かるのはEPCであり、運営管理では利益率を上げにくいのだろうか。 

「そうではありません。EPCは商品を販売するまでに、開発や営業などに多くの投資が必要ですから、実は利益率はそれほど大きくありません。利益率が高いのは、当社ではサービスソリューション(SS)と呼んでいる設備のメンテナンスなどです」 

では、利益率の伸び悩みの原因はどこにあるのか。 

「昨年度は物価高による部材価格やユーティリティーコストの上昇が利益率を押し下げる要因となりました。また当社では、みやぎ型管理運営方式のようなPPP(公民連携)事業は成長分野に位置づけており、まだトライ&エラーで経験を積んでいる段階でもあるため、投資先行にならざるを得ない状況です。これからPPP事業を成熟させていきますので、利益率も上がってくるはずです」 

同社は中期経営計画2023において、PPPを成長分野に位置づける(図3)。足元での利益率の減少は“EPC一本足打法”からの脱却に挑戦している証と言えそうだ。その挑戦が成功した先に、長期ビジョンで掲げる2028年3月期の売上高2,000億円(連結)が見えてくる。 

図3 基盤分野の強化と成長分野の拡大(「中期経営計画2023」より)

2008年の設立当初の売上高は約950億円であったから、20年間でほぼ2倍というのはかなり意欲的な数字である。その実現のために、水インフラ業界には珍しく海外企業のM&Aにも積極的だ。 

「オーガニック成長に加え国内外のM&Aの推進により、売上高2,000億円は、それほど難しくはない実現可能性の高い数字だと考えています」 

売上高1,500億円を超える水の巨艦。同社が変われば、業界は変わる。そして、水インフラのあり方も変革するはずだ。