IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。
※月刊下水道とのコラボ連載です(2023年12月号掲載)
【連載】経営層シリーズインタビュー<12人目>菅伸彦社長
とにかくヒトを大事にする
いつも取材の冒頭に、この連載を始めたきっかけをお伝えする。水インフラの整備はほぼ終わった。これからは作って終わるモノ重視から、作ったモノから価値を生み出すコト重視の人材や経営に変革する必要がある。そう説明するとおおむねひっかかりなくインタビューに入れるのだが、菅社長は少々違った。
「整備が一巡し、商品をモノからコト化していかないといけないという発想はおもしろいですが、だからといってモノは軽視できません。浸水対策のための施設整備はまだ不十分ですし、老朽化した上下水道施設つまりモノはずっと改善しなければなりません。それもかなりのスピード感が求められます」
そう話し、だからこそモノが分かる人材がこれからも必要だと強調した。筆者としてもモノを軽視しているつもりは毛頭なかったのだが、コト化の人材だけを増やすだけでは水インフラの従来機能を維持しつつ、さらに新たな価値を創造することができないのは指摘の通り。最近は筆者も含めコト重視の社会情勢にあり、そのことに対する危機感が言わしめた言葉でもあるのだろう。しかもモノが分かる人材が減っていることも菅社長の危機感をあおっている。
「当社を含む上下水道コンサルタント業界の年齢構成を見ると、これから経営の中核を担っていく30代後半から40代半ばの層が薄い。今は50代以上やシニアの再雇用などでその穴を埋められていますが、それも長く続くはずもなく、しかも若手の入職が少ない」
下水道事業予算は1998年にピークを迎え、右肩下がりに減少を始めた。層が薄い世代の採用時期は、ちょうどその時期と重なる。同社の採用は2012年が底で、しかもそれまで実質10期連続の赤字が続いていた。そんな時に菅氏が社長に就任し、経営の立て直しが託された。
「とにかくヒトを大事にする」
モトとかコトとかの事業領域を再構築する以前に、菅氏はヒトに目を向けた。社員や顧客など関係するヒトが幸せになれば、業績も向上するとの信念があった。そうした経営は人的資本経営と呼ばれ今でこそ重視されるようになったが、それを10年ほど先取りした。
対話で得た社員の要望はすぐに検討、すぐに実行
では、ヒトを大事にするとは、どういうことか。キーワードは、菅氏がインタビューの端々に散りばめた「対話」という言葉だ。
対話とは、相手を説得するための議論ではなく、上司が部下の面談をするのでもなく、相互理解、協力関係を築き、問題を解決するための行動を生み出すこととされる(「対話とは、わかり合うことが目的ではない!」DIAMOND Online)。
菅氏は社長に就任した2012年からずっと、全国約10拠点を訪問し、社員と対話する「社長意見交換会」、最近の流行りの言葉でタウンホールミーティングを行っている。5~10名のグループ談義ながらも、毎年異なるテーマで各人の意見に耳を傾ける。対話時間は平均すると一人10分ほどだという。しかし、菅氏の対話はそこで終わらない。社員の田口和江さんはこういう。
「社長のすごいところは、対話で出た要望をホントにすぐに検討して、できるものは予算を付けてすぐに実行してくれるところです」
これぞ菅流対話の真骨頂だ。秋田市のオフィスに世界遺産に登録された白神山地のブナ林を模した樹木を配置したり、金沢市のオフィスの床材を加賀友禅で用いられる加賀五彩のじゅうたんにしたり、ラックを木材にしておしゃれな雰囲気にしたり、こうしたことは対話で得た社員からの要望で実現した。
デスクのフリーアドレス、がん検診の助成など働き方改革や健康経営なども、トップダウンで押し付けるのではなく、対話を通して社員に伝え、意見を聞き、常に改善を続ける。それが社員の自主性、経営参加、モチベーション向上につながり、さらには学生人気にもつながってきた。
「この2、3年は当社で働きたいと言ってくれる学生の方が少しずつ増えています」
就任1年で黒字転換し、給与もアップ中
菅氏が社長に就任したのは45歳の時。この年齢は、当時の社員の平均年齢とほぼ同じだった。つまり半数以上は年上の社員であり、上下水道業界の社長としては年齢が若く、工学部系で技術重視のこの業界にあって教育学部出身の異端児、総合技術監理部門の技術士や米国の大学院の環境管理学の修士号を持っていたが「この下水処理場を設計したんだぞ」という本業の特筆すべき実績もなく、創業者系の婿というあまり強くないカードしか手にしていなかった。
しかも、菅氏の社長就任は劇的だった。株主提案による臨時株主総会で経営側の提案が覆され、株主提案による代表取締役の解任と新たな取締役の選任議案が約9割の賛成多数で可決されて実現したもので、当時の経営陣2名の解任を伴っての船出であった。しかも先述のようにそれまで実質10年連続の赤字が続いていた。期待はされつつも、経験も実績もない菅氏が赤字体質を立て直すにふさわしいヒトか否か、当初は経営陣や社員からのさぞ厳しい視線を感じたことだろう。
そうした中で経営改革に取り組んだ。
1つは就業規則の見直しだ。役所との打ち合わせのために出張する人数が多すぎたのではないか、日帰りでもいいのではないか、日当は業務内容に見合っていたかなど細かく精査した。
もう1つは外注の見直しだ。内製化したほうが効率が良いものは無いか、発注先と発注量は妥当か、発注単価は下げずにコスト削減できる余地を探した。
正直に言って結構細かいし、社員から反発もありそうだ。だからこそ、どこに向かって、なにをやるのか。今でいうパーパスとミッションとビジョンを社員と共有し、社員の思いを知る必要があった。菅氏が対話にこだわるのは、こうした経緯も大きく影響しているのだろう。
「当初の対話では、社員から厳しい意見が多く出ました。なので規則を押し付けるのではなく、一人ひとりの要望を聞き、細かく対応するように心がけてきました。そうした積み重ねを続けるうちに、社員の声が“意見”とか“不満”から、建設的な“要望”に変わっていきました」
こうした地道とも言える改革の結果、社長就任からわずか1年で黒字転換を果たした。利益は社員に還元し、2013年から2022年の10年間で平均給与は約1.3倍となり、2020年にはビジネス誌の生涯給料増加率でトップ30位に入った。長年続いた無配から復配、さらに増配も果たした。
2023年度には技術士を取得した35歳までの社員を対象に、年齢に応じて最高150万円を支給する「Early Bird Program Award」を創設した。今年授与した2名の社員は報奨金のほか、社長との高級ディナーも楽しんだ。
「支給額が多いと思うかもしれませんが、技術士を取得した社員はそれ以上の利益をもたらしてくれます。それに、社員が喜ぶ姿を見れば、ご家族や友人の当社に対するイメージは上がりますからね」
ヒトが幸せになれば、業績も向上する。そしてそれらが循環する。菅氏の信念は実を結び始めている。
「伝わる」を重視した平易な言葉選びが投資家を魅了
インタビューで思わずキャッチーな流行語が飛び出すと見出しや記事にしたくなることがあるのだが、菅氏からは人的資本経営やウエルビーイング経営やパーパスといった流行語が聞かれなかった。自身が経験し、感じ、考え、理解できたことだけを、自身が理解できる言葉で話していたように感じる。
「証券会社から当社に就職した当初、土被りといった専門用語や関連機関の略称が全く分からなくて(笑)。これでは投資家はもちろん、社内でも技術職以外の社員には伝わらないと感じました」
確かに2022年発行の統合報告書の社長インタビューの記事も、非常に平易な用語と表現が徹底されている。ともすれば幼稚な文章という人もいるかもしれないが、意に介さない。
「伝わることが大切です」
業績アップもさることながら、伝わる言葉選びは投資家を惹きつけ、株価は社長に就任した2012年11月6日の137円から951円(2023年10月19日)へと11年間で約7倍に躍進した。
「これからWaterPPPで上下水道の官民連携が進み、コンセッションも増えていけば、施設整備や管理のみならず、ファイナンスなど経営面でも自治体をサポートするニーズが増えるでしょう。私たち上下水道コンサルタントはそのための人材を異分野からでも確保し、ニーズに応えていかなければなりません。それができた時、上下水道コンサルタントは次のステージに上がるのだと思います」
菅流対話はきっと、新たなヒトを惹きつけるはずだ。