<経営トランスフォーマー>9人目:前田瑶介 デザインと標準化で水インフラの“家電化”に挑む

WOTA ユーザーエクスペリエンス全体をデザインする若き精鋭

IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。 

月刊下水道とのコラボ連載です(2023年4月号掲載)


【連載】経営層シリーズインタビュー<9人目>WOTA 前田瑶介CEO

WOTA株式会社
前田瑶介CEO

東大発のベンチャー、ソフトバンクなど名だたる企業からの出資や業務提携、白いおしゃれなデザインの水循環型手洗いスタンド「WOSH」、そして英国王室が創設した環境賞「アースショット賞」において「ウィリアム王子特別賞」を受賞…。

この会社を説明する出来事は枚挙にいとまがない。そして、それらすべてが従来の排水処理とその業界の常識に当てはまらない、いや当てはめられない魅力を放つ。それがWOTAだ。前田瑶介CEOの経営トランスフォーメーションに迫る。

排水処理装置のイメージを裏切る「おしゃれさ」

WOTAには今現在(2023年2月取材当時)、2つのプロダクトがある。

1つは水循環型手洗いスタンド「WOSH」(写真1)。手洗いをした後の排水は膜処理され、再び手洗い用の水として利用される。そのための機構が、真っ白いドラム缶の中に収納されており、洗面台の周りをぐるっと囲む光のリングで、正しい手洗いとして推奨される30秒間をカウントもしてくれる。軟水のため洗い心地は優しく、手洗い中にスマートフォンを紫外線殺菌できる機能もついている(写真2)。

写真1 水循環型手洗いスタンド「WOSH」
写真2 水循環型手洗いスタンド「WOSH」での手洗いの様子

もう1つはポータブル水再生システム「WOTA BOX」(写真3)。シャワーキットなどのオプションユニットと接続することで、水道がない場所でも水を使うことができる。例えば、避難所をはじめとする災害現場において、WOTA BOX1台と100Lの水があれば、約100人の避難者の方々にシャワーを提供することができる。

写真3 ポータブル水再生プラント「WOTA BOX」

初めてこれらプロダクトを見た時、そのコンパクトさもさることながら、デザイン性の高さに驚いた。「排水処理装置」という言葉から想起するイメージが、これほどかというくらい裏切られた。とにかくおしゃれだ。

そして、2つの思いが浮かんだ。

1つ目は、デザインがWOTAの経営トランスフォーメーションの核なのだろうということ。

2つ目は、これらプロダクトが家電に近いということだ。

専門知識が無くても運転管理できる水インフラ

「WOSH」も「WOTA BOX」も水循環の方法はほとんど同じで、回収した排水を膜処理した後、塩素消毒や紫外線殺菌を施して再び手洗いやシャワーの水として用いている。

こうした処理技術を採用している浄水場や下水処理場もある。そこでは専門の技術者が運転管理しており、膜に汚れが蓄積した時には洗浄(逆洗という)や交換をしたり、浄水場ではその日の水質に応じて消毒用の塩素の添加量の調整などを行っている。

もちろん「WOSH」にも「WOTA BOX」にも、同様の運転管理は必要だ。「WOSH」なら手洗い用の洗剤も補充しなければならないが、設置されているのはカフェの店頭や避難所など。そこに専門技術者がいるはずもない。では、どうするか。

「WOSH」「WOTA BOX」の内部を見ると、その答えが分かる。膜やタンクがあり、配線が整然と張り巡らされており、その部分は素人には手出しできない感じがするが、操作盤はいたってシンプルだ。(写真4、5)

写真4 「WOSH」内部
写真5 「WOTA BOX」内部

例えば塩素が無くなってきたら「塩素補充」のランプが点灯する。文字に添えられたピクトグラムがユーザーのやるべきことを分かりやすく伝えてくれるようにできている。(写真6)

写真6 「WOSH」の操作盤

これなら排水処理や機械の知識がない筆者でも、直感的に操作でき、直感的にメンテナンスができそうだ。カフェのアルバイトの店員さんでも可能だろう。

これって、何だろう。どこかに同じようなものがある。内部の構造や機構は良く分からないけど、使えるもの…。

例えば、テレビ。テレビがなぜ映るのかを技術的に説明はできないが、テレビを見ることはできる。チャンネルも変えられる。その感覚に似ている。冷蔵庫やエアコンも然り。そこまで思い至って「なるほど、これは家電なんだ」と腹落ちした。

家電であれば、故障時は別にして、専門技術者がいなくても平常時は使える。家電だから、専門技術者がいなくても、排水処理と浄水処理ができてしまう。それがWOTAの描く未来の水インフラなのだと得心した。

いつでも、どこでも、誰でも使えるインフラに

家電化されたWOTAの水処理システムは、ある意味、プラントエンジニアリングとして建設されてきた従来の下水処理場や浄水場のあり方の対極にある。

プラントエンジニアリングでは、1カ所ずつそれぞれ異なる仕様で作られる。A処理場の仕様をB処理場に当てはめることはできないし、運転管理の方法も異なる。だから、ノウハウを共有することも難しい。

一方、家電は標準化、共通化の塊だ。コンセントを差しさえすれば、いつでも、どこでも、誰でも、同じ機能を享受できる。

標準化は、前田CEOが重視するポイントである。

「かつて実施された海外ODAの現場を訪問し、日本人技術者が帰国した後に使われなくなった水インフラを目の当たりにしました。現地の方だけで運用するのが難しかったのでしょう。

それなのに、エアコンや車など、海外でも長く使われている日本製品もある。同じように水インフラも長く使い続けてもらう、そのヒントは製造業にあると直感しました。水インフラの国内事業は縮小傾向にあり、海外に機会を見出す時期でもあると考えています。製造業の視点で標準化することで、誰でも同じように使えるインフラにしたいと考えています」(前田社長。以下同)

水インフラ産業の構造を改革するデザインの力

自動車業界では今、産業構造が大きく変革されつつある。その一つがエンジン自動車から電気自動車への置き換わりだ。実現すれば使用部品は変わり、サプライチェーンのあり方も変わり、産業構造そのものの大変革が起きる。

WOTAが描くように水インフラがプラントエンジニアリングから家電化すれば、自動車業界と同じように水インフラの産業構造そのものを大変革させるだけのインパクトをもたらすだろう。

もちろんその未来を実現するのは容易ではない。まずは、多くのユーザーからの共感を獲得する必要がある。だからこそWOTAはデザインを重視する。

「家電を買う時はパッと見て、使いにくそうなら買うのをためらいますよね。ですから見た目の美しさやかっこよさは大切ですが、それだけではなく、分かりやすさや親しみやすさも含めたユーザーエクスペリエンス全体、さらには当社の描く社会の仕組みを受け入れてくれる社会の体験まで広げたデザイン性を大切にしています」

このデザイン性が、WOTAの経営トランスフォーメーションの核の一つだ。ただし、トランスフォームするのはこれまでの連載のように自社の経営ではなく、水インフラ産業の構造と言えば壮大に過ぎるだろうか。

ユーザーの近くでニーズを把握する

自動車業界では産業の構造改革と同時に、「売り物」の変革も起きている。MaaS(Mobility as a Service)と言われるように、自動車というモノではなく、自動車を移動の手段として体験やサービスなどコトが「売り物」になる時代が幕を開けている。

翻って水インフラは国内では整備がほぼ終わり、これまでのように下水処理場などのモノが飛ぶように売れる時代ではない。従って、自動車業界と同じようにコト売り、サービス化を志向すべきである。家電的な水インフラ像は、そのあり方とオーバーラップするところが多い。

プラントエンジニアリング的な従来の水インフラと、家電的なWOTAの水インフラには、前述した以外にも対極的な要素がある。

前者は水処理が行われている現場とエンドユーザーとの距離が遠く、直接エンドユーザーからのフィードバックを得ることが難しい構造にある。これに対し、後者はエンドユーザーのすぐ側で水処理が行われているためユーザーからのフィードバック・ニーズを把握しやすい。

サービス化が求められる今後の水インフラ業界において、WOTAのようにサービスの受け手であるエンドユーザーのニーズを把握しやすい位置にいることが強い切り札になることは間違いない。

とはいえ課題も多い。その1つが排水処理に用いる膜の再利用に課題があることだ。水を再利用するプロダクトなら、膜もワンユースではないことが望まれるが、膜によっては再利用にコストがかかるものもある。この点については現在更なる研究開発を進めているとのことだ。

また、今年から国内外の山間部や島しょ部などで、住宅全体の水循環システムの実証試験に着手するという。どのような水循環のある暮らしのデザインが描かれるのか楽しみである。