IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。
※月刊下水道とのコラボ連載です(2023年2月号掲載)
【連載】経営層シリーズインタビュー<8人目>NJS 村上雅亮社長
2022年4月の東京証券取引所の市場再編を受け、上下水道コンサルタント大手のNJSはプライム市場を選択した。プライム市場の企業として、投資家など多くのステークホルダーに選ばれる企業となるべく、ブランディングの強化や事業戦略の再構築などを進めている。11月には統合報告書も公表した。村上雅亮社長にプライム企業としての経営トランスフォーメーションを聞いた。
プライム市場を成長のステップとする
「NJSはもともと東証一部に上場していましたので、当然のなりゆきとしてプライム市場を選択しました。プライムの適合基準には一日平均売買高が未達でしたので適合計画書を提出しクリアしました。売買高を増やすには株価を上げることと取引株数を増やすことが必要です。企業価値を高めて、知名度・注目度を上げていきたいと思います。プライム市場上場をステップとして成長していくことが課題です」
プライム市場の選択について聞いたところ、村上社長は開口一番、そう語った。
2022年4月から東京証券取引所の市場再編が行われ、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場に整理された。東証一部に上場していたNJSが選んだのはプライム市場だ。
プライム市場の要件は、一定規模の時価総額があり、高いガバナンス水準を備え、持続的な成長と企業価値の向上にコミットする企業とされている。NJSは基準の高い市場を選択し挑戦していくことを通じて成長していくとしている。
同社は1951年の創業以来、赤字を出したことがない。1999年に売上高200億円を超えてピークを迎えたのち、国内の建設投資の縮小とともに減収が続いたが、昨今は拡大基調で2021年度は売上高193億円にまで回復した。1999年に20億円に届かなかった営業利益も27.6億円に増加し営業利益率は14%を超えた(図表1)。
社会的認知度のアップと企業価値の向上
今回の東証の市場再編では、一部上場企業の中にはスタンダード市場を選択した会社もあった。村上社長はなぜプライム市場を選択したのだろうか。
「1つは、社会的認知度のアップです。人材確保、事業拡大、株主アピールに有効と考えています。もう1つは、経営効率とガバナンスの向上です。より高い経営マインドをもって持続的に成長できる企業体質と経営体制を作っていきたいと考えます」
プライム市場を選択した理由がいくつかある中で、ここでは人材確保に着目したい。事業環境が大きく変化するなかで、人材の確保・育成は経営の最重要課題となっている。一方、少子化で若手人材の減少や価値観の多様化が進んでいる。人材問題は水インフラ業界全体の課題だ。同社も例外ではない。
「ここ数年リクルート活動を強化しており、応募者数、採用者数ともに増加しています。選考プロセスにおいては、コンサルタント業の普及啓発も兼ねて、企業説明会だけでなく、長期インターシップ、ワンデイ仕事体験、先輩社員との交流会などを開催しています。会社と人材のミスマッチも減らしたいと思います。
現在、内定辞退率は50%程度です。エントリーシートを500人くらいから受け取り、150人くらいに絞り、60人くらいに内定を出すのですが、入社してくれるのはその半分くらい。多くの学生がほかの会社を選んでいます。辞退の理由としては、やはり水コンサルタントという職業や会社の認知度が低く、企業イメージが分からないことが大きいと思っています」
以前に流行った『人は見た目が9割』という書籍タイトルではないが、やはり会社にとっても印象やイメージは大切だ。
「プライム市場に上場しているだけで判断されるわけではありませんが、より安定した信頼できる企業として評価され、人材確保にプラスになると考えています」
村上社長は、人材確保以外のプライム市場選択の理由として、経営効率とガバナンスの向上も挙げていた。それによってビジネスパートナーや投資家に選ばれ、さらに学生や求職者にも選ばれる。同社がプライム市場の先に見据えるのは「選ばれるNJS」だ。
ブランディングは社会と問題意識を共有すること
「情報発信と建設的な対話によりNJSのブランド力を高める」
村上社長はそう言い切る。そのために2022年度からブランディングに力を入れ始めた。
筆者は20年以上にわたって下水道業界を取材してきたが、この業界でよく聞くのは、目に見えない下水道インフラを知ってもらう戦略として広報が重要だとの声だ。ブランディングという言葉に出会ったことはほとんどない。両者は似ているようで、全く異なる。
ブランディングとは、一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会によると「企業が製品・サービスによって提案したいブランド独自の価値『ブランド・アイデンティティ』と、消費者・顧客が心の中に抱く心象『ブランド・イメージ』を近づけ、一致させる活動」と定義されている。
広報が情報発信活動とすると、ブランディングは企業と顧客、さらには先述した学生や株主、投資家を含むすべてのステークホルダーとの相互理解のための取り組みと言える。そして、相互理解のためには、自社が何者であるのかはもちろんのこと、社会から何が求められているのか、社会そのものを理解する必要がある。
つまり、経営のコアを担っている要素とも言える。上下水道を取り巻く環境が変化しているなか、ブランディングこそが会社の底力を上げる軸になると村上社長は言う。
「上下水道コンサルタントの仕事は、これまでの整備中心の時代はBtoGやBtoBが中心でした。BtoCのような直接的に消費者や市民に対応する仕事ではありませんでしたから、一般市民からの目線は気にしてこなかったところがあります。しっかりした技術を持って誠意ある仕事をすれば、顧客から信頼され、それが会社の信用となり、PRなどしなくても仕事をいただけました。
しかし、環境問題やインフラ老朽化など社会課題への関心が高まり、事業内容も多様化するなかで、これまでのやり方を替え、社会に意識を向けていかないと事業ができない時代になっています。さまざまな問題意識を社会と共有し、企業活動を通じて社会課題に取り組んでいく必要があります。こうした活動を多くのステークホルダーに理解していただくことがコンサルタントのブランディングだと考えています」
ウェルビーイング経営で社員にも「選ばれるNJS」に
そうして構築された企業イメージは、学生や市民、株主のみならず、社員のモチベーションアップにもつながると村上社長は期待している。ブランディングの対象は社外だけではない。現在の社員からも「選ばれるNJS」となるための取り組みでもある。
そのための布石はこれまでに多く打ってきた。70歳定年制度や健康経営など処遇改善の取り組みをはじめ、2022年4月には新卒初任給を一律7,500円引き上げ、大学院修了者の場合で275,000円に設定した。
さらに今後はウェルビーイング経営の観点で、会社と社員の関係性から見直していくという。
「これまでのように会社が社員を囲い込むのではなく、会社と社員はお互いに選ばれる関係となり、会社に一定期間所属するという意識に変っていくと思います。社員はいつでも転職や復職ができる状態であり、会社は社員の退職リスクを常に心配することになります。人材をめぐって企業間競争も激しくなると思います。
だからこそ仕事の魅力を高め、働きやすい職場をつくり、社員の成長をサポートしていくことが重要になります。社員の成長が会社成長の原動力となり、会社の成長が社員の成長につながるようにしたいです」
会社と社員の関係性がそのように変化していくなら、社員にとっては挑戦するやりがいが出る一方、会社に頼りきれない不安も出てきそうだ。
「社員には自律的な思考と行動が要求されると思います。そうした意識を持てるような環境を会社は整備していく必要があります。変化していく社会では、新しい発想やアイデアがますます重要になります。自律的な精神を身に付けてもらうことは、顧客に新しいものを提案することにつながると考えます。
そのための環境づくりとして『ウェルビーイング経営』を推進しています。具体的には、職場の心理的安全性を高めること、セルフマネジメント、ダイバーシティ、フリーアドレスを推進することなどです。気分よく仕事ができ、新しいことに挑戦いく風土をつくっていきたいと思います」
次世代型インフラマネジメントの展開
ブランディングを単なる標語で終わらせるのでなく、経営に活かし内外に発信するため2022年11月に「NJS統合報告書2022」を公表し、あわせて事業戦略も再構築した。
そこには、コンサルティング、ソフトウエア、インスペクション、オペレーションの事業による「次世代型インフラマネジメント」の創出が表明されている。
統合報告書とは企業の財務情報と非財務情報を統合して報告するもの。グローバル化やデジタル化の進展によりビジネス環境が大きく変化するなかで、知的資本や人的資本などの「非財務」の重要性が高まっており、将来の企業の成長力を示すものとして統合報告書を作成する企業が増えている。2021年の統合報告書作成企業は718社となっている。
統合報告書では、自社のビジネスモデルを定義し、価値創造のプロセスをストーリー性をもって説明することが要求される。
「NJSは、コンサルティングという知的サービスを事業としており、“非財務”の領域にこそ実質的な企業価値があります。これを適正に評価し開示していく必要があると判断し、統合報告書を作成することとしました。
コンサルタントの基盤となる知的資本の価値創造については、事業環境について、急激に変化する社会のなかで、気候変動、災害対策、地域づくりなど、多くの社会課題への対応が求められているとして、上下水道事業の効率化を進めるとともに事業の付加価値をさらに高めていく時代であると整理したうえで、NJSは、コンサルティング、ソフトウエア、インスペクション、オペレーションの事業の強化によって『次世代型インフラマネジメント』を創出し、課題に応えていくとしています。
具体的な取り組み課題は、脱炭素・循環型社会構築の推進、安全で活力ある地域づくり、予防保全による健全なインフラの維持、官民連携による事業の効率化推進の4項目としています。サービスのあり方も、課題解決にコミットして必要な技術やサービスを提供する、ソリューションサービスを創出していくとしています」(図表2)
地域が元気になるなら「カフェ」もやる
次世代型インフラマネジメントに掲げられたテーマを見ると、水コンサルタントでありながら「地域活性化」の視点が組み込まれている点が注目される。水インフラの課題が水インフラだけで解決できない時代になり、一方で水インフラの課題解決が地域全体の課題解決につながる可能性が見え始めている。同社も水インフラから視野を拡大し始めているのだ。
「上下水道事業が上下水道事業の中で完結しなくなっています。下水汚泥のエネルギー利用に関心が高まっていますが、その他の地域バイオマスも同時に活用することが重要ですし、災害対策も地域全体で取り組むべきものです。下水疫学は地域を守るための取り組みです。上下水道の枠を超え、地域社会を考え、上下水道はどうあるべきか、という発想が必要になっています」
地域全体という発想を求める村上社長の熱い思いが伝わるエピソードがある。2022年4月に設置した地域・エネルギー開発部の名称だ。最初は「地域エネルギー開発部」で地域とエネルギーの間に「・」が無かったそうなのだが、それでは地域エネルギーだけしか扱わない印象になるということで「・」が入った。同部のビジネス領域は、「地域」と「エネルギー」なのだ。
「地域の下水やバイオマスなどを利用し、地域内で資源やエネルギーの自給率を高める。循環経済の形成により自立した産業と雇用が生まれる。地域に人がいてこその上下水道ですから、シャッター商店街や空き家問題を含めて、人が呼び込める地域をどう作っていくか、そこまで踏み込んだ活動をしたい。地域が元気になれば上下水道の利用者が増え、上下水道事業の持続可能性も高まります。カフェなど人が集まる仕掛けやサードプレイスの創出も重要だと思っています」
そのために、まちづくりや再開発など異業種からの中途採用も積極的に進めている。
パーパスを実現する道中にプライム市場がある
一方、エネルギー関連でも2022年2月、脱炭素マテリアルの事業開発に取り組むコンフロンティア株式会社を設立(日本ヒュームとの合弁会社)。さらに同4月には文献調査の結果をまとめたレポート「下水処理場のエネルギー自立化の状況-海外の事例を中心として」を公開した。
同レポートは同社にとってはエネルギービジネスの種とも言えるものだが、あえて広く公開した。公開することで脱炭素の取り組みを広げ、同レポートのメッセージである「下水道を『汚濁を除去』するシステムから、『資源・エネルギーを回収』するシステムにパラダイムシフトする」ことが、結果として下水道事業の価値を高め、マーケットも拡大していくとの判断がそこにはある。
こうした一連の取り組みが連関し合って、ブランディングを構築していくことだろう。
2021年に同社は創立70周年を迎え、パーパス「健全な水と環境を次世代に引き継ぐ」を定めた。
「パーパスはブランディングの上位にあるコンセプトで、NJSの存在意義そのものです。フレーズを整えるだけではなく、経営全体に浸透させていかなければなりません」
パーパスを実現する。そのためのブランディングであり、プライム市場上場もその道中にある1つの経過地点にすぎない。