ユーザーインターフェース(UI)がインフラを救う

UIの進化がインフラの課題を解決する

筆者が大学1年生の時(年齢がばれるが1988年)は情報処理が必須科目になっていて、フォートラン言語のサブルーチンでプログラミングするという課題が出され、見事に単位を落として次年度も履修するはめになった。

当時の自分にとってパソコンと言えばまだ一部マニアが操るモノであり、言語が分からない筆者のような素人には手が出せない「箱」でしかなかった。

しかし、その4年前の1984年に、アップルはパソコン「Macintosh(マッキントッシュ)」(愛称のマックが今では正式名称になった)を市場投入していた。GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)というものを初めて搭載し、それまでの「キーボードで文字を羅列する操作」から、「マウスで画面のグラフィックをクリックする」操作へと画期的な変革をもたらした。

その恩恵は筆者にも及んだ。卒論を書くために初めてマックを使った時、言語なんて分からなくても直感的かつマウスでクリックするだけの簡単操作でベンゼン環を描くことができた(化学専攻だったもので)。パソコンが「箱」から便利な「ツール」になったのだ。(参照サイトはこちら)

あれから30年近くが経過した今、マウスが無くても指で操作できるようになり、パソコンのみならず、スマホやタブレットなどデジタルツールが生活の必須アイテムになった。デジタルツールの利用者の層は劇的に広がり、今や幼稚園児からデジタル機材に弱そうなシニア世代までが扱っている。これまさにUIの進化あってこそである。

こうしたUIの進化は身の回りにある製品の使いやすさや楽しさを膨らますのみならず、日本のインフラマネジメントが抱える課題を解決する必須の要素になっている。2023年8月に札幌市内で開催された下水道展2023を取材し、そう実感した。

災害復旧の初動をスムーズにするUI

1つ目が災害対応だ。下水道事業は自治体の業務であり、所有する施設も下水処理場や管路、ポンプ場、マンホールなどと共通はしているが、運転・維持管理の方法や管理履歴などをまとめた帳簿の記載項目や方法などは自治体によって千差万別だ。そのため、発災時に他都市の職員が被災地に救援に駆けつけたとしても、復旧の第1ステップである調査を始めるまでにどうしてもタイムラグが生じる。

この課題を解決するのがUIだ。どこに何の施設があるのか、何を調査するのかが分かりやすいようタブレットなどの入力画面をデザインし、さらに施設の位置を地図データに落とし込んでおけば、土地勘のない他都市の職員でもスムーズに作業を始められる。

現場で紙に記録し、役所に戻ってからパソコンに入力し直すこともあるそうだが、インターネットにつながっているタブレット等であればそんな手間も不要。写真や動画データも現場でアップすれば関係者間で簡単に共有できるし、配色を変えておけば入力し忘れや異常値なども現場で気づくことができる。

日水コンのクラウド型下水道台帳システムのデモ画面

このような仕組みはクラウド型下水道台帳システムと呼ばれ、それを手掛ける日水コンの担当者は、「被災地に支援に来た人も、場合によっては下水道施設の調査が初めての人でも操作できるよう使いやすいUIを追求した」とのこと。当然ながら同システムが成立する前提として各種業務のDX化は必要だが、それだけで誰もが操作できるようになるわけではない。同システムのポイントは「使う人の立場で考えていること」。これまさにUI進化のポイントでもある。

特殊技術がなくてもインフラで働けるようにするUI

2つ目は人手不足への対応だ。やや古いデータで恐縮だが下水道部署の職員数は2018年に約27,400人で、ピークだった1997年から4割以上減っている。同展示会では「さらに1万人ほど減るかもしれない」との声も聞いた。

UIはこの課題も解決する。どの業界でも同じかもしれないが、下水道の現場作業は熟練技術者の経験や勘に依存する部分が少なくない。しかし、熟練技術者が高齢化して現場を離れ、一方で老朽化する施設は扱いにくくなっていくので、熟練技術者のニーズは増し、しかし若手が育つには時間がかかるし、3K(くさい・きつい・きたない)のイメージがあるから就職希望者も少ない。

この負のスパイラルを断ち切る1つの手段が、熟練技術者の俗人的な経験をやノウハウをDXで見える化し、UIを工夫して誰にでも使いやすくすること。例えばヴェオリアグループが提供するクラウド型の維持管理プラットフォーム「Hudgrade」は、必要な維持管理アプリをインストールして使えるし、同グループが手掛ける世界の拠点とつながっているしという、まるでスマホや汎用パソコンのような世界観を下水道維持管理で実現している。

ヴェオリアグループの「Hudgrade」のデモ画面

前出の担当者も「UIの工夫で初めての人でも操作できる」と述べていたし、下水道関連施設のデータを包括的に一元管理し、現場で使いやすいUIも追及するメタウォーターのウォータービジネスクラウドの説明員も「経験年数に関わらず、別の業界から中途採用した人でも作業できるようにする」と話していた。

そうなれば、下水道のシステムを扱える人の層がスマホ並みに劇的に拡大するし、一定レベルの操作能力を短期間で習得できるようにもなるだろうし、現場作業も減らせて下水道という仕事のイメージも変えられる可能性がある。

下水道施設が被災したまま復旧が遅れたり、人手不足で維持管理ができずに破損したりすれば、未処理の汚水がまちなかにあふれ、最悪は疫病が発生することも想定される。UI次第で下水道は「特殊な技術や能力が必要な仕事」から「誰でもできる仕事」になり得る。UIのさらなる進化と普及に期待する。

(編集長:奥田早希子)