<経営トランスフォーマー>3人目:角尚宣 広告業界出身の上下水道サービスのコーディネーター

フソウ 「人」起点のデザイン経営で請負型体質を改革する

IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。


【連載】経営層シリーズインタビュー<3人目> フソウ 角尚宣社長

株式会社フソウ
角尚宣社長

 自治体が施設や管理などの仕様を決めて発注し、受注した企業が仕様通りに業務を遂行する。企業に創造性がなくても構わない。いわゆる官需事業の典型的な構造であり、上下水道事業も例外ではない。いや「例外ではなかった」と過去形で言うべきか。自治体の技術職員の減少などの要因を背景として、最終アウトプットやそのコンセプト、そこに至るまでの手順や方法などの組み立てにも企業の活躍の場が広がりつつある。この新たな市場に「デザイン経営」で挑むのが、株式会社フソウだ。率いるのは2021年4月に社長に就任した角尚宣氏(40歳)。大学卒業後、映像制作会社で様々な企業の広告制作に関わり、徹底的にデザイン思考を体に叩き込んだ。それを上下水道事業にどう生かすのか。角社長の経営トランスフォーメーションを聞いた。


この記事のコンテンツ

■顧客・地域・社員の喜ぶことを追求する
■官需事業をマーケットイン思考で変革する
■「自社製品・技術が多くないことを強み」と言い切るわけ
■上下水道サービスをコーディネートする
■空間と働き方のリデザインでクリエイティブ発想を引き出す
■社員にとって使い勝手の良い会社をデザインする


顧客・地域・社員の喜ぶことを追求する

 デザイン経営という言葉から、モノの見た目をおしゃれにしたりかっこよくしたりすることと誤解するかもしれないが、その対象となる事象は多様だ。そもそも上下水道設備は見た目より技術レベルが購入判断になるし、上下水道サービスは形を持つモノでもないから、見た目だけを追求する取り組みなど意味がない。

 角社長もそこを目指しているわけではない。では、何を目指すのか。その答えは、インタビューを通して何度も繰り返されたこの言葉から推察することができるだろう。

「お客さまが喜ぶことを追求し、持続可能な地域社会を追求し、社員の人生が豊かになることを追求する」

 お客さま、地域社会、社員…。並べてみると、この3つの共通項が「人」であることに気づく。特許庁が発刊したパンフレット「みんなのデザイン経営」にも、デザイン経営はこのように説明されている。

技術や市場規模の観点ではなく、「人」 を起点にビジネスを考える。

角社長の言葉はこの解釈そのものである。

官需事業をマーケットイン思考で変革する

実は角社長の言葉は、同社の経営理念にも組み込まれている。当たり前と言えば当たり前にすぎる理念だが、それを実践する道程そのものをリデザインしようとするところに角社長の意欲が垣間見える.

フソウの理念体系(クリックで拡大)

道程のリデザインとは、仕様通りの仕事をしていてもリターンが得られる従来通りの請負型から、仕様などなく、顧客ニーズをもとに最終アウトプットをデザインする提案型への変革だ。理念に掲げた「お客さまの喜ぶことと、持続可能な地域社会の追求」である。

この顧客ニーズからの発想、言い換えればマーケットイン思考を、デザイン経営を実践するうえで重要視している。ちなみにここで言う顧客とは、上下水道事業を管理する自治体であり、上下水道サービスのユーザーでもある。
マーケットインなしにデザイン経営なし、ということ。この信念に至るうえで、様々な企業の広告制作に携わった経験が大きく影響したという。

「大学卒業後、映像制作会社に入社し様々な企業の広告制作に携わりました。周りは広告というモノづくりのプロばかりだし、クライアントも厳しかった。OKがでるまで何晩も徹夜したことも…。ここで、まずは顧客の求めることを理解し、解釈し、作品を作るという訓練ができました。マーケットインは、体と頭に沁みついています」

 官需事業にマーケットイン思考が取り込まれれば、社会サービスの価値向上につながるはずだ。

「自社製品・技術が多くないことを強み」と言い切るわけ

こう言う言い方は失礼かもしれないが、同社は何を売っているのかが分かりにくい会社だ。上下水道を担っていることは明白だが、処理場の建設、処理設備、パイプ、メンテナンス作業、コンサルティングなどの業界他社と異なり、その生業を容易に想像できない。そう問いかけると、角社長は「そうですよね」と笑顔で答えてくれた。

「パイプ販売の商社機能があり、要素技術を組み合わせるエンジニアリング機能もありますが、メーカーではないので自社製品や独自技術を多く持っているわけではありません。自社製品・技術に特化していれば、顧客ニーズに関係なくそれを売ろうとするプロダクトアウト志向に陥ったかもしれませんね。こだわるべき自社製品がないからこそ、要素技術や提携する企業の選択肢が広がり、顧客ニーズをくみ取ったマーケットインの組み合わせを提案できるのだと思います」

持たないことを弱みではなく、強みと捉える。この言葉も、角社長から何度も繰り返された。その発想から帰結したマーケットイン思考は、間違いなく同社の強みとなるだろう。

上下水道サービスをコーディネートする

 とはいえ、自社製品が欲しいと思った時期もあったという。しかし、考えた末にその欲求を捨てた。

「周りはモノづくりのプロばかり。プレイヤーも多く、後発の当社が多少改良しただけの技術で追いつくことはできないでしょう。だったら、どこに当社の存在意義があるのか。どう差別化できるのか。そこを追求しようと思い直しました」

ここでもまた、広告制作での経験が答えへの近道を示してくれた。

「広告制作の現場で信じられないような天才鬼才に出会い、彼らと同じフィーをもらって作品を創造する能力は、私にはないと早々に気づきました(笑)。だったら自分に何ができるのかを追求しました。
私は音楽や絵画など幅広く様々な芸術、表現方法が好きです。この間口の広さがないと、顧客ニーズに応えるべくスタッフをそろえたり、予算建てをしたり、チームをまとめることができないと気づいたんです。コーディネーターですね。

当社も同じように感じました。上下水道専業で処理場とパイプの双方を手掛ける会社は当社くらい。それだけ幅広い人的ネットワークが国内外に広がっています。だからこそ自治体や地域の課題を見つけ、ニーズや悩みに声を傾け、それを解決するための最適なスタッフィング、要素技術の組み合わせ、予算建てなどを全体最適の視点でコーディネートできる。それこそが当社の存在意義なのではないか、という答えに行きつきました」

時代の流れも良かった。上下水道を整備するモノづくりの時代は終わり、今後は整備されたモノを使ってサービスや価値を生み出すコトづくりの時代である。折しも自治体の技術職員の減少や財政難などを背景として、上下水道の運営、上下水道サービスの提供を企業に任せる事例も増えた。

顧客が買いたいものは、1つの製品、1つの技術だけにとどまらなくなっている。上下水道業界の流れは、明らかに変わった。モノからコトへ。今ならフソウらしさで戦える。そう、確信した。

「自治体の悩み事を聞いて、全体に応えられてこそ当社の存在意義はあります。そのために徹底的に顧客ニーズを探索し、案件形成から関われる会社にしたい。ただし、あくまでも主役はメーカーなどこれまで通りのモノづくりのプロだと思います。当社は皆さんの情報を集め、人的資源や技術などをコーディネートし、コトつまりサービスを創造する企業になりたいと考えています」

人や技術の最適なコーディネート。ここにもデザインが存在する。

空間と働き方のリデザインでクリエイティブ発想を引き出す

新オフィスの条件としてこだわっただけあって天井が高い。「空間がクリエイティブな発想をもたらす」(角社長)

 フソウは2021年に創業75周年を迎えた。その間、自治体が決めた仕様を完遂する、いわゆる官需事業を手掛けてきた。しかし、顧客ニーズを掘り起こし、最終アウトプットをデザインするマーケットインには、仕様など存在しない。むしろ仕様を自らデザインしていくようなクリエイティブ発想が必要だ。受動から能動への変革が欠かせない。

社員は果たして両者を隔てる溝を飛び越えて、意識や行動を変えられるだろうか。このデザイン経営の基盤を固めるために、ここでもまたデザインからのアプローチを選択した。

まずは東京本社を移転した。以前はこういっては何だが「昭和」なオフィスだったが、今は最先端の商品を扱う店舗と老舗店舗、流行のデザイン、老若男女、そして情報が交錯する日本橋室町にある。

初めて新オフィスを訪問した際、以前にはなかった未来感というのか、何か新しいことを考えて挑戦しているという雰囲気が満ちていることと、倍くらいになった天井の高さに驚いた。

「アイデアは空間に比例すると考えています。このオフィスは立地も含め、クリエイティブな仕事ができると直感しました。天井の高さにもこだわりましたよ(笑)。
また以前の3フロアをワンフロアに集約し、別の部署の社員同士が触れ合い、融合しやすいデザインにしました。当初は誰もいなかったミーティングスペースも、3カ月もすると使われるようになりました。手ごたえは感じています」

キャプション:新オフィスの条件としてこだわっただけあって天井が高い。「空間がクリエイティブな発想をもたらす」(角社長)

以前のオフィスではそのほかにもいくつか「昭和」を感じたのだが、それらも解消したという。昭和が悪いと言っているわけではない。それでいいと思考停止し、能動的にクリエイティブな発想ができないことが問題なのだ。

社員にとって使い勝手の良い会社をデザインする

空間や働き方のリデザインは生産性向上とともに、社員満足度の向上にもつながるだろう。

「10年ほど前、祖父、父、母を1年半ほどの間に相次いで亡くしました。その時、死に際にいるのは家族しかいないと痛感しました。一番大切なものは社員の人生であり、その家族の人生です。人生を豊かにするために社員には『フソウ』を使い倒してほしいですし、社員にとって使い勝手の良い会社にデザインすることが私の仕事です」

将来的にはまちのユーティリティ全体を包括してマネジメントする、ドイツのシュタットベルケのような事業に寄与していきたいという。そうなると上下水道事業の枠を超え、他インフラとの融合が必須であり、同社のコーディネート力はますます必要とされるだろう。

◆ 企業プロフィール
従業員数 約650名
資本金  30億円
売上   400億円(2021年3月期、対象期間10カ月)
営業利益 13億円(同上)
2021年4月から始まった3年間の中期経営計画には、本稿で触れた顧客ニーズの追求、働き方改革など6つの主要施策が設定されている。

中期経営計画(2021年4月~2024年3月)における主要施策(クリックで拡大)

1人目:山口乃理夫 東亜グラウト工業社長「4年間で売上高1.6倍の下水道管路管理の雄」

2人目:鈴木慎哉 横浜ウォーター社長 マーケティングとイノベーションに挑戦する外郭団体の風雲児