IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。
【連載】経営層シリーズインタビュー<2人目> 横浜ウォーター 鈴木慎哉社長
横浜市水道局100%出資の外郭団体であるにもかかわらず、水道局からの受託事業が売上の4割を下回るという異色のマネジメントで業績を伸ばしている会社がある。2010年に設立した横浜ウォーター株式会社だ。自治体の上下水道部門の支援事業を経営の軸に、横浜市を飛び出し、日本も飛び出し、国内外へと活動エリアを広げている外郭団体の「風雲児」だ。2020年6月に2代目社長に就任した鈴木慎哉氏に、外郭団体としての経営トランスフォーメーションを聞いた。
この記事のコンテンツ
■設立10年で売上10倍、利益25倍の躍進
■市からの受託事業の割合は漸減傾向
■他自治体からの受託が4割超
■「他の外郭団体とは異なる」と言い切る訳
■民間出身の社長が外郭団体をビジネスする組織にした
■スタートアップ的発想で実績・信頼・ファンづくり
設立10年で売上10倍、利益25倍の躍進
今回もまずは基礎情報から整理しておこう。
横浜ウォーターはその社名から分かるように、上下水道事業の運営や経営、マネジメント、維持管理などを手掛けている。設立は2010年7月。今年(2021年)7月にようやく11年を経過したところ、人間で言うなら小学5年生か6年生になったばかりの若い会社である。
2010年度のスタート時は社員3名、売上高0.7億円、経常利益200万円だったが、2019年度にはアルバイトを含め社員は100名を超え、売上高は7.15億円と10倍に、経常利益は25倍の5,000万円と、数字はまだ小さいものの成長路線をまっしぐらに突き進む。
市からの受託事業の割合は漸減傾向
そのカギを探すべく売り上げの中身を事業ごとに分解してみると、興味深いことが見えてきた。
同社の正式名称は「横浜ウォーター株式会社」である。株式会社とついているから民間企業としての法人格を持つが、横浜市水道局が100%を出資する同市の外郭団体だ。したがって、横浜市水道局からの受託事業(以下、局受託事業)が主に売上を支えているであろうことは想像に易い。
実際のところ、「局受託事業」が売上全体に占める割合は、設立当初の2010年には61.4%と6割以上を占めていた。
潮目が変わったのは設立5年目の2014年度だ。その割合が32.8%と初めて半分以下になった。というか、4割をも下回った。その後も若干の増減はあるものの4割未満のまま推移し、2019年度も35.8%だった。
つまり「局受託事業」以外の、つまりは横浜市水道局からの受託ではない事業で、6割以上の売上をたたき出しているということになる。
他自治体からの受託が4割超
横浜市水道局からの受託ではない事業の内訳を見てみると、「国内事業」「研修事業」「国際事業」の3つ。このうち、とりわけ存在感を増しているのが「国内事業」である。
国内事業とは、横浜市水道局以外の上下水道事業運営等を支援する事業のこと。発注元は岩手県矢巾町、宮城県山元町、福島県浪江町、群馬県桐生市、茨城県常陸大宮市、埼玉県志木市、神奈川県中井町、静岡県富士市、三重県四日市市など全国各地に広がっており、経営計画やアセットマネジメント、事業運営支援等のアドバイザリーの受託実績を着実に積み上げている。
これらの売上は2010年はゼロだったのだが、2019年度には3.26億円、全体の45.6%を占めるまでに拡大した。なんと驚くことに「局受託事業」を上回っているのだ。
外郭団体というのは、一般的には出資する自治体の行政サービスを代行・支援する組織をいう。しかし、同社の活動エリアは横浜市の枠にとどまらない。
日本全国、さらには世界へと、その市場は広がっている。経営トランスフォーメーションのヒントが、ここにある。
「他の外郭団体とは異なる」と言い切る訳
鈴木社長は取材冒頭でまずこう念を押した。
「他の外郭団体と、当社は設立趣旨や組織形態などに異なる面があります」
横浜市100%出資なのに横浜市水道局以外の仕事を6割以上も手掛けているのだから、確かに異なる。
そもそも一般的な外郭団体は、とある市のサイトによると「外郭団体が担う重要な役割として、市に代わって市民の暮らしを支える行政代行的業務の実施があります」と説明されている。
同社の場合、市=横浜市、市民=横浜市民となるのだが、軽々とその枠を飛び越える。
それが売上拡大のカギであることは先のパラグラフで述べた通りだが、より重要なことは、それが目的なのではなく、あくまで結果であることだ。目的というか、同社の経営理念にはやはり外郭団体らしさがある。
「横浜市は近代水道の発祥の地です。これまでに蓄積したノウハウを広く世の中に提供し、社会貢献する。そして、日本や世界の上下水道事業の改善に貢献するというのが当社の使命です。
他の外郭団体は出資元の自治体の仕事を担うことがほとんどですが、私たちは横浜市や自治体が有するノウハウを外に広げていく。ここが他の外郭団体とは異なるところです」
日本の上下水道事業は、人口減少や技術者不足、財政難、老朽化などさまざまな課題を抱える。だから民間企業の持つノウハウや資金を活用し、効率的に運営していこうという動きがある。
しかし、早い時期から管理運営に民間企業が携わってきた下水道事業とは異なり、上水道事業は官が直営で担ってきた歴史が長い。現場の肌感をもって水道事業の課題を解決できる経験や知識やノウハウは、官側に蓄積されている。
普通ならその経験や知識やノウハウは自治体の枠を超えにくいのだが、そこを越えていくところに同社の存在価値がある。
「もちろん今後は横浜市からの受託事業も拡大していきたいと考えていますが、それだけではなく積極的に外に出て、国内外の上下水道事業に貢献して市のプレゼンスを高め、ノウハウを集積し、基盤強化を進める。これが横浜市の政策の一つであり、私たちもそれが当たり前だと思っています。
ですから、他自治体への事業展開は今や普通のことですし、そのためにマーケティングとイノベーションを重視しています」
マーケティングとイノベーションを掲げる外郭団体は珍しいですよね。そう言って鈴木社長は微笑んだ。確かに、いろいろと外郭団体らしくなくて、珍しい。
民間出身の社長が外郭団体をビジネスする組織にした
一般的な外郭団体と異なる点として、財政支援に対する対応もある。外郭団体の経営赤字は税金で補填するケースもあり、経営が甘くなりやすく、第三セクターが自治体財政に多大な負担を与えた過去もある。この一般論を当てはめると、赤字になっても税金で補填されるケースがあるということになる。
しかし、同社の場合、設立当初からその“奥の手”は奪われている。同社設立時の議決で、横浜市議会から「経営悪化に伴う財政支援は行わないこと」という附帯意見が付されているからだ※。
※「公営企業の経営のあり方等に関する調査研究会報告書~公営企業の広域化・民間活用の推進について~(人口減少社会における公営企業の新たな展開等について)」平成 27 年3月、一般財団法人自治総合センター
だからこそ、というか株式会社なら当然ではあるのだが、適正な利益を上げられるよう経営しなければならない。「局受託事業」以外に柱となる事業を育て、経営を安定させるというのはその1つの戦略でもある。
そして、その戦略に基づいてしっかりと経営するために、設立当初から社長には行政マンではなく、民間人がその職に就いてきた。鈴木社長もまさしくそうだ。民間企業から転職し、同社の営業部長、取締役を歴任し、社長に就任した、他の外郭団体にはない珍しい存在である。
「民間人が社長になるのは、株式会社としてビジネスをするのですから当然のこと。横浜市という官が作った会社ですが、設立以来ずっと民間経営手法を取り入れて運営してきました」
官は民よりも公益性の担保に優れる。一方、民は官よりも経営力に優れる。両者の弱みを補完し合い、強みを掛け合わせた組織。言うのは簡単であるが、実行は容易ではない。それを可能にする要素として、民間人の社長の存在は大きいと思う。
スタートアップ的発想で実績・信頼・ファンづくり
ここ数年、同社と同じように自治体出資の上下水道会社の設立が相次いでいる。その状況を見て常々考えていたのは、既存の民間企業との関係性だ。
日本国内には上下水道のコンサルタントや運営管理会社が多く存在する。その中において、自治体、とりわけ政令市・横浜というブランド力と信頼力はあまりにも絶大すぎて、民業圧迫の側面もあるのではないか、と。この点について素直に質問してみた。
「私たちの存在意義は、上下水道事業体に密接に寄り添い、力になることです。“公営力強化支援業務”と言っているのですが、そのために欠かせない現地・現物・現実に基づいた経験や中立性と公益性をもったノウハウは官にしかない。
そして、水道事業並びに下水道事業で培った歴史と総合力と先進的な取り組みを推進している横浜市にはより多くの経験とノウハウがあります」
横浜ウォーターならではの業務をやる。それによって、これまでになかった、あるいは不足しているスキルを補完する仕事を提供する。既存市場に乗り込むというより、スタートアップのイメージに近い。
中小自治体では職員が不足し、民間委託したくても業務的にさばけないこともある。そうした自治体の“公営力”なるものを強化できれば、民間委託市場の広がりにつながるし、民間の力を最大限に引き出せるという側面は確かにありそうだ。
また、官民出資型の上下水道会社が多い中、同社には民間資本が入っていない。つまり、自治体ごとに最適な民間企業とアライアンスを組める点は公平である。
とはいえ、いかに横浜ブランドをひっさげたとしても、設立当初は受注できずに苦しんだという。
「実績がないから入札に参加できず、最初は自治体の仕事はまったく取れませんでした。実績を作るには随意契約しかなく、そのために横浜ウォーターならではの特徴やサービスを出していき、同時に企業とも積極的に連携し、少しずつファンを増やしていったんです。
“他にはない横浜ウォーターならでは”という仕事にこだわりつつ、なんでもやっていましたよ。
信用を得て、口コミが広がり、常に変化するニーズに見合った良質なサービスと信頼が構築され続ければ業績が伸びていくのがマーケットです。
その流れに早く乗せられたのは、設立当初から社長や営業マンが民間人だったからにほかなりません」
設立10周年を迎えた2020年、「中期計画2023」を策定した。2023年度の売上9.0億円、経常利益6,000万円を掲げたが、早くも2021年度に売上目標は越えられそうだという。
◆◆◆取材を終えて◆◆◆
会社の未来像を、鈴木社長はこう形容した。
「知らないことがない組織にしたい」
そのためには資材販売もやっているし、小売電気事業も始めているし、システム開発をしたりもしている。こうして公営企業経営に必要な力を培い、ニーズに呼応した取り組みを進め、サービスを多様化する。
同社の在り様は、鈴木社長のこの一言に集約されるだろう。
「官が作った会社を民的に運営する」
上下水道事業を運営するのは、公共性の高い官であるべきか、効率化できる民であるべきか。そんな二元論もあろうが、持続可能であれば誰がやってもいいというのが筆者の意見だ。
「公共志向の高い民」はこれから重要な選択肢の1つになるだろう。
編集長:奥田早希子