<経営トランスフォーマー> 1人目:山口乃理夫 4年間で売上高1.6倍の下水道管路管理の雄

東亜グラウト工業 大躍進のカギは下水道に固執しないことだった

IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。


【連載】経営層シリーズインタビュー<1人目> 東亜グラウト工業 山口乃理夫社長

東亜グラウト工業株式会社
山口乃理夫社長

決して大きな組織ではない。しかし、下水道管路管理では知らない人はいないという会社がある。東京都新宿区に本社を置く東亜グラウト工業だ。今、同社の躍進が止まらない。2016年度から2019年度のわずか4年間で、単体の売上高は1.4倍、関連会社を含めたグループ全体では1.6倍と成長路線まっしぐらだ。そのけん引役が、大企業でのキャリアを捨てて2017年4月に社長に就任した山口乃理夫氏(51歳)である。山口氏は上下水道市場の行く末をどう考え、どう戦うのか。その経営トランスフォーメーションを聞いた。


この記事のコンテンツ

■売上高で管路事業を上回る「防災事業」
■まちが存在してこその下水道管路メンテ
■地元に愛され、信頼されている企業と業務提携
■インフラメンテナンス市場を「点」ではなく「面」で抑える
■観光業でインフラメンテと地方の本質的な課題を解決する
■まちとともに生き残るために「復活力」を手に入れる


売上高で管路事業を上回る「防災事業」

まずは同社の基礎情報から整理しておこう。

従業員数は2020年4月現在、142名。グループ全体では269名である。

決算状況を見ると、2019年度の売上高が99億4,100万円、グループ総売上高が184億8,500万円。冒頭で述べたように、2016年度からそれぞれ1.4倍、1.6倍に急拡大している。

東亜グラウト工業の売上高推移(筆者作成)

単体売上高の比率を事業別に見ると、意外なことに気づく。同社は下水道管路管理で名をはせる会社だが、実はそれを上回る売り上げをたたきだしている事業があった。それが防災事業である。

東亜グラウト工業の事業部門別売上高比率[単体](2019年)(筆者作成)

2019年度の売上高比率(単体)は、防災事業が44.3%、管路事業は43.4%だ。地盤改良・構造物メンテナンス事業も12.3%ある。ここに山口社長の経営トランスフォーメーションのヒントがありそうだ。

まちが存在してこその下水道管路メンテ

まず最初に山口社長が経営のシナリオとして見せてくれた絵がある。「東亜グラウト工業のこれからのビジョン」と題されたこの絵には、2025年までに「インフラメンテナンス綜合ソリューション企業の確立」と記されている。

東亜グラウト工業のこれからのビジョン(東亜グラウト工業提供)(クリックで拡大)

つまり今は、下水道管路管理もインフラメンテの1つの領域だが、防災や地盤改良、構造物も含めた「総合化」へと変貌する真っただ中にあるわけだ。

なぜ総合化なのか。

「下水道管路更生の国内市場は、材料と工事を全部集めてもせいぜい数千億円。大手ゼネコン1社だけの売り上げにも届かないのだから、それほど大きな貢献はできないですよ。これから期待できるのは、作業を完全無人化できるロボット技術と、先進国の市場くらいです。
ですが、例えば橋梁のメンテ市場は北海道だけでも1,000億円規模はあると見ています」

まちが存在してこその下水道管路メンテ。山口社長は、こう断じる。

だからその目は「インフラ」を共通項にして、外へ外へ、異分野・他分野へと向けられていく。これこそが、短期間での大躍進に至る原動力と言える。

地元に愛され、信頼されている企業と業務提携

しかし、異分野の市場に乗り込んで、すぐに成果を上げられるものではない。それを可能にしたのは、山口社長が大手企業で蓄積してきたM&Aのノウハウだ。

山口社長が以前、こう話していたことを思い出す。

「上下水道業界はあまり業務・資本提携に積極的ではないが、シナジーが生じれば、スピーディーに事業を拡大し、変革できる」

例えば2019年には、函館市を地場にインフラメンテの実績を持つアークジョイン株式会社(旧社名:みぞぐち事業株式会社)との業務提携を成功させた。資本出資率100%だから、子会社化と言える。

同社は道南地区のコンクリート構造物補修、とりわけコンクリート橋梁のメンテナンス工事ではシェア8割を占めるという。道南地区の橋梁メンテだけでも16億円の売り上げがある。

「管路メンテで考えると、16億円はかなり大きな売り上げですよ」

橋梁メンテ市場のデカさを実感させられる数字だ。そこに管路メンテの事業が加わり、2年目にして早くも1億円強のシナジー効果が生まれているという。

アークジョイン株式会社もそうだが、山口社長が連携先として重視しているのは、地元に強い建設・土木業者だ。そうした事業者は、橋梁だけではなく、道路もできるし、管路メンテも、防災の工事もやれる。地元での知名度も信頼度も、東亜グラウト工業を上回る。その1社を核として、その地域で、その地域に愛されながら、総合的に事業の網を拡げられるからだ。

インフラメンテナンス市場を「点」ではなく「面」で抑える。

しかし、インフラの「メンテナンス市場」にもリスク(死角)はある。

「下水道にしても橋梁にしても、特に上下水道はまちが存在してこその事業です。これから人口減少が進むわけですから、いま未普及の地域に下水道を整備することは得策とは考えにくいし、逆にいま下水道が整備されている地域が浄化槽に置き換わるかもしれない。そこに市場はなくなるわけです」

そこでもう1本の柱に防災事業を据え、今のところは3本柱で総合化を進めている。しかし、山口社長はそれでもなおリスク(死角)があるとして、さらなる柱の増強を推し進める。

「防災事業に関しても、災害リスクが高い地域はいずれ移転が義務付けられるでしょう。国の予算からみてもそうせざるを得ません。
我々は3本柱(下水道管路メンテナンス・防災・地盤改良)で事業展開していますが、最低5本の柱とし、インフラメンテナンス市場を面で抑えたい。今はコンクリート構造物(トンネル・橋梁)分野と上水分野を次の柱とすべく事業領域拡大へ着手した段階です」

観光業でインフラメンテと地方の本質的な課題を解決する

インフラメンテナンス綜合ソリューション企業として確立される予定である2025年のその先は、どこに向かうのか。改めて「東亜グラウト工業のこれからのビジョン」を見てみると、インフラメンテの会社からは縁遠そうな、ちょっと奇妙な単語に気づく。

ホテル、カフェ、レジャー、道の駅。総称して観光事業。

そして2040年までに「まちのお医者さん」になることを目指すと書かれている。

インフラメンテと「まちのお医者さん」は、なんとなく関連することが分かるが、観光事業が一体どう関係するのだろうか。

「観光業、インバウンド事業をやってみたいんですよ。ホテルや旅館ではなく、ツーリズムです。日本の国際観光収入は411億ドル(2021年5月27日時点で4.5兆円)で、世界で11位、アジアで4位の市場規模があるんですから」(編集部注:数字は「令和2年版観光白書」より)。

確かに市場規模はデカい。しかし、ただそれだけで山口社長が関心を持っているわけでは、もちろん、ない。そこにこそ、インフラメンテ、そして地方が抱える本質的な課題を解決するカギが隠されていると確信しているのだ。

「先ほども言ったように、下水道はまちが存在してこその事業です。管路メンテの事業をやり続けるには、まちを存続させなければなりません。『まちの存続』。それはまた、中小都市が抱える本質的な課題でもあるのです。そこを解決できればいい。だから観光業です」

タイヤメーカーであるミシュランはその昔、ドライブを楽しめるよう観光情報やガソリンスタンドの場所などの情報を盛り込んだ冊子を作った。車に乗る人が増えれば、タイヤも売れる。それがミシュランガイドとなった。山口社長の構想は、ミシュランの戦略をほうふつとさせる。

「そうそう! 東亜グラウト工業版の旅行ガイドブックを作るのもいいですね」

人を呼び込んで、まちを再生し、まちを存続させる。それがインフラメンテ事業の存続にもつながる。それが山口社長の目指す「まちのお医者さん」なのだ。

まちとともに生き残るために「復活力」を手に入れる

だがしかし、経営戦略を実現するには、組織力、組織化という面でまだ改善の余地が残る。東亜グラウト工業は山口社長が就任する前は、創業者である大岡伸吉会長が、その絶対的なカリスマ性で組織を率いてきた。

市場を読む先見性に優れ、まだ国内で誰も気づいていないような市場の可能性を見出し、海外からの積極的な技術導入を繰り返してきた。下水道管路の更生事業を始めたのは30年ほど前だ。

現在の延長線上に未来がある。そんな時代は、トップの目利きに頼って成長することができた。しかし、今は、現在と未来が同一線上にない時代だ。明日何が起こるのかを見通しにくい。こうした時代を泳ぎ切る組織には、変化に合わせて臨機応変に対応し、必要とあらば変身もできるしなやかさが欠かせない。このしなやかさを、山口社長は「事業の復活力」と称している。

「災害やカーボンニュートラルへの対応ができていないなどの理由で、いきなり売り上げがゼロになる可能性だってあるわけです。管路のリニューアルに用いるプラスチック材料が使用禁止になるかもしれない。もしかしたらメーカー機能を捨ててでも、施工事業に注力して稼ぎを出さないといけなくなるかもしれない。
それくらい厳しい時代だからこそ、問われるのはBCPです。何が起こってもすぐに復活できる、そんな企業が求められます。今はまだその基礎づくりの段階ですが、すでに中小企業庁の持続継続力強化計画の認定などを取得しました」

山口氏が社長に就任した当時、グループ全体の売上高が約100億円、営業利益が10億円だった。それを2030年度に売上高300億円、営業利益30億円に引き上げることを社員にコミットした。

その通過地点として、2020年度の売上高160億円、営業利益14億円の中間目標を掲げたが、2019年度に早くもクリアした。2020年度も増収増益が見込めそうだという。

経営トランスフォーメーションを実現するために、山口社長は働き方改革や人材育成にも力を入れている。働き方改革については、Webジャーナル「Mizu Design」の記事『大企業のキャリアを捨て中小社長に 働き方改革で「技術で突き抜ける」』を、人材育成については同社のYouTubeチャンネルをぜひご覧いただきたい。

東亜グラウト工業YouTubeチャンネル

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