<東京オリパラ2020>競泳種目を支えた水処理技術

東京アクアティクスセンターの裏舞台/ミウラ化学装置

今夏、世界中の人々がテレビの前で熱狂した東京2020オリンピック、パラリンピック。多くの選手が活躍する裏側で、国立競技場を始めとした9ヵ所の新しい競技施設が建てられた。その1つである水泳競技が行われた「東京アクアティクスセンター」には、国内最大規模の水処理設備が新設された。競技への影響を避けて夜間に集中して水処理を実施するしかない緊迫感の中、プール浄化装置では国内最大の納入実績を持つミウラ化学装置の技術がオリパラの成功を裏舞台から支えた。

東京アクアティクスセンター(2021年11月2日筆者撮影)

塩素臭のしないプールへの挑戦

 東京アクアティクスセンターには、メイン、サブ、ダイビングの3つのプールが備わっている。うちメイン、サブがともに50mプールというのは国内最大規模の施設である。

 プール水の汚れはPACという凝集剤で塊にした後、小さな砂から大きな砂へと順に通してその塊をろ過する「急速砂ろ過装置」で除去し、消毒してから再びプールに戻される。ここでは同装置がなんと、全17台も設置されている。

 

 消毒には通常、塩素が使われることが多い。しかし、オリンピック、パラリンピックという特別な大会だからこそのチャレンジングなオーダーがあった。

その1つが「塩素臭のしないプール」だ。プールといえば塩素臭、と多くの方はセットで思い出すだろう。東京アクアティクスセンターではプール水を処理して循環利用しているが、学校プールのように貯めっぱなしにしているプールでも消毒のために塩素剤を水に添加する。

その時、水素イオンと遊離残留塩素(次亜塩素酸)となり、この遊離残留塩素が水中の窒素化合物と結合して生成される「結合残留塩素」が、いわゆる「プール臭い」と言われる塩素臭の原因物質である。

 つまり、この結合残留塩素を除去すればよいのだが、そもそも日本のプールで塩素臭がするのは、結合残留塩素濃度に関する基準がないからである。したがって、除去技術が育つ地盤も無かった。そこで同社では、前回オリンピックの競技会場となったイギリス・ロンドンのアクアティクスセンターを視察し、そこで使われていた紫外線による水処理装置を導入することとした。

 当時、紫外線水処理装置は国内でも浄水場などで使われていたが、プール用の実績は少ない。まずは学校プールや市民プールなどで処理能力や運転方法などを確認し、万全の自信をもってオリパラに臨んだという。

 担当者の野﨑英之技術部長は「オリパラを機に、日本でも『あれ、塩素のにおいがしない』というプールが増えてほしいですね」と話している。

東京アクアティクスセンターの処理装置仕様

プールに浮かべたバスケットボールで水処理OKとは?

 2つ目のチャレンジが、競技中にも水処理システムを稼働させることだ。先述したようにアクアティクスセンターではプール水を処理して循環利用しており、例えばメインプールの場合、ろ過装置は全7台ある。うち4台はオーバーフロー水を処理してプールに、残り3台ではプール底から水を引いてきて処理してプールに戻す。その際にどうしても水流が発生して選手たちの泳ぎに影響してしまうため、公式な競技会では競技中の処理装置を停止させることが多い。

 東京オリパラ2020でも例外ではなかった。はずだったのだが、大会1カ月前に競技中も影響のない範囲で処理を行うことが決まった。そこで急遽、FINA(国際水泳連盟)が定める手順でテストを行った。

 そのテストが面白いもので、1レーンおきに5m四方に綱を張り、その中心にバスケットボールを浮かべて設備を稼動させ、一定時間ボールが四方の綱に触れなければ良し、とするもの。無事に基準をクリアし、競技中に1系列の処理装置を稼働させることができた。

今回は競技時間が1日に10時間近く及ぶこともあり、その間ずっと処理装置が停止していたらプール水は汚れる一方なので、このような対応は選手にとっても安全であっただろう。

徹底した節水型設計

 東京アクアティクスセンターでは、急速砂ろ過装置と紫外線消毒装置で浄化した水をプール水として循環利用している。とはいえ年に2回は必ずすべての水を捨ててプール本体の清掃を行わなければならない。3つすべてのプール水を合わせると、廃棄する水の量は約1万m3にも及ぶ。

 そこで3つのプールをパイプで連結し、1つ目のプールの水を抜いて清掃したのち、2つ目のプールの水を補充。今度は空になった2つ目のプールを清掃し、3つ目のプールの水を補充…という具合にプール間で水のやり取りを行える設計にすることで、廃棄する水の量を大幅に削減している。

 1つ目のプールの水は補充する先がないので抜き取るしかないが、そのまま廃棄するのではなく、トイレ用水や散水などに再利用されている。これはまた、急速砂ろ過装置の維持管理で出た排水についても同じ。徹底的に節水を追求している。

 ちなみに、自治体によって水道料金が変わるため費用対効果の算出はそれぞれで必要だが、東京都ではプール間を接続させるために追加投資がかかったとしても、水道料金も削減できるという。

東京アクアティクスセンターに設置されたものと同機種の急速砂ろ過装置(ミウラ化学装置提供)

他部門とも丁寧に対話を重ねられた現場だった

 同社はプールの水処理では国内最多の実績を持つ。それでもオリパラという大舞台となると気持ちが舞い上がり、これまで手掛けたことのない新技術を取り入れようという意見が出たりもしたという。

「そんなことをする必要はない。できるだけシンプルに、これまでに培った技術を真摯に積み上げていこう、という話ました」と野﨑さんは振り返る。これまでの実績あってこその静かな自信が感じられる言葉に、チームワークが強くなっていった。

 チームワークが築かれたのは社内だけではない。プール競技場の建設には土木、建築、資材、設備など様々な業種、多様な会社が関係する。これまでの現場ではいいモノを作りたいという熱意が先走るあまり現場で怒声が飛ぶこともあったそうだが、今回の現場は管理も厳戒態勢な上、いつも以上に多くの関係者がいたにも関わらずそんな場面はなかったそうだ。プールの透明度の検査時に、建築関係の社員が立ち会うこともあったという。

「ゴールに向かって問題を解決していく努力が多くなされていたと感じます。関係者全員が同じテーブルについて、対話を持ちながら進められた現場でした」(野﨑さん)

オリンピック、パラリンピックは選手たち、競技関係者のみならず、その舞台裏でもまた関係者の一体感が醸成されていたようだ。

(執筆:編集長・奥田早希子、編集協力:Rumi)