脱炭素が迫る下水道のグレートリセット

【鼎談】ゼロカーボン下水道への挑戦

テーマ5:ゼロカーボン下水道に向けて

海外勢との差を埋めるには異業種連携が欠かせない

――個別の機械の長寿命化、個別の装置の省エネという、「今のモノの改善」という発想だけでは、おそらくゼロカーボンは実現できないでしょう。広域化して今あるモノを半分に減らすといった、過去とは非連続な発想と選択が必要だと思います。
 そういう変化をもたらすには、オソトの視点やオソトとの交流、競争が大切だとの意見が多かったように思います。では、オソトと交流し、海外企業と伍する企業になるために、何が求められるのでしょうか。

山村寛氏

山村氏 外資系企業に共通することは、確固たる経営ビジョンを持っていることです。自社の事業でいかに社会に貢献するかというビジョンが、非常にクリアに示されています。そして、そのビジョンを世界水フォーラムやIWA世界会議、ダボス会議のような国際会議の場で、何年にもわたって発信し続けるのです。

 ビジョンを実現するためなら大きな投資を決断しますし、ビジョンがあるからこそ長期間の研究開発にも投資できます。そして、いざ技術が確立したら、政策に打ち込む。この一連の流れに沿って、非常にシステマティックに行動しています。

 社会が変わったから技術も変わらないといけない。この発想方法では、技術開発が間に合いません。将来を見据えたビジョンを持って、先行的に投資をしているようです。

 実は外資系企業はすでに、二酸化炭素の回収技術や、下水からプラスチックを製造する技術などを有しています。それをEUに普及させるためにカーボンニュートラルという施策に打って出たと考えるなら、日本企業が今すぐに追いついて、世界の主役になることは難しいかもしれません。

 まず、とにかくスピードアップすることが大事です。そして、下水道の産業界で現時点で活躍されている会社だけでは追いつけない恐れがあるので、化学会社やIT企業など、異分野の企業と協働してイノベーションを起こすことが鍵になると思います。

 下水道産業を異分野に広げるのか、逆に異分野に入ってきてもらうのか、いずれにしても異分野とのコミュニケーションは積極的に進めるべきです。スマートシティなど世界的に見ても日本が強みを生かせる先進的な分野もあります。そうした攻めている分野との協働があれば、追い抜くことは不可能ではないと思います。
 ただ、今のままでは難しい。それは大学などの研究機関も同じだと思います。最近は下水道関連の学会に参加するたびに、下水道分野のテーマ数が減少しているように感じています。

――山村先生が所属されている人間総合理工学科は理系でも文系でもなく、横断的な視点で社会課題の解決に挑む新しい学科ですよね。

山村氏 そうです。最近では下水道関係の他に、IT企業、生活ケア用品や食品メーカーなどの相談にも乗っています。

――堀江さんはISOなど海外の方と接する機会が多いと思います。日本との違いを感じることはありますか。

堀江氏 昔、海外勤務を終えて3年振りに帰国した際に、日本の組織は均質で、すぐに中身、具体の議論を始められて楽でした。現場に改善力もありました。

 一方で大変革は苦手。総務省も経営戦略づくりを呼びかけましたが、下水道の目的は何か、何がどう変わり、今何が大事か、そもそも論、根本議論をしっかり詰めて、重荷を捨て、世界に再び追いつくスピードを取り戻すことです。

異分野との交流こそ脱炭素の近道だ

奥野修平氏

奥野氏 脱炭素を実現するには、下水道という一つの分野だけではなく、社会全体を大きな視点で捉え、議論し、前例にとらわれずに対応していかなければ、様々な社会課題の解決、つまり、SDGsの実現にも結び付きません。

 下水道分野も、さらに積極的に他分野との交流を広げて「オソトの世界」に展開することが大切ではないでしょうか。異分野交流は必然的に視野を広げさせ、変化にさらされる状況を作り出してくれますね。

山村氏 変化は大切ですが、変化しても変わらない部分を持っておくことを忘れてはなりません。欧米ではそれがキリスト教であり、SDGsにもその思想が反映されているのではないでしょうか。

 日本の下水道事業が立ち戻って考えられる場所が求められます。

奥野氏 いつも同じメンバーとフォアキャスト(積上げ型)の議論をしていると答えも同じ、それもゴールに辿り着かないケースも多々ありますよね。

 実現を強くイメージしたバックキャストで解決策を生み出すには、変わらない根っこを持った上で、常に「オソト」の視点を取り入れながら取り組む事が大切である様に思います。

 「ゼロカーボン下水道」に向けて、様々な人と分野の交流が拡大して、新たな解決策を探して行くためのキーワードは「根っこ」と「オソト」でしょうか。

「Gesuido as a Service」の発想で下水道事業の根っこを作り直す

 ――下水道事業の根っことは何か。言い換えると、下水道事業が提供する価値とは何か。その定義をし直してみる時期に来ていると感じます。「これまでに整備してきたモノを維持する」というモノオンリーの発想は、そろそろ脱ぎ捨ててみませんか。

 モノを使って新たな価値やサービスを創造することを、MaaSを文字って「Gesuido as a Service」、略してGaaSと個人的に呼んでいます。その発想で下水道事業の根っこを作り直すことが必要だと感じます。

山村氏 まったく同感です。下水道はどのような価値を提供しているのか、と最近はよく考えています。

 きれいな水環境を保全することはもちろん大事なのですが、プラスして誰のため、何のためなのか、という定義のやり直しが今、求められているように感じます。

堀江信之氏

堀江氏 インフラ投資を再開するには、下水道をはじめとするインフラの最終目的は何か、今何が必要かについて、職員や市民、企業など全員で共有することだと思います。

 日本には下水道法や道路構造令などはありますが、インフラ全体の共通ルールという発想はなかった。サッチャーさんが民営化したイギリスでは、20年以上も前からインフラ運営に共通の基本ルールを作っており驚きました。

 議論は学び合いです。足元を固め、世界の先進事例を知り、いいものは発想を含め即応用することは、今、困難な時代の日本に必須です。

今こそ「下水道ビジョン」を作り直そう

 ――技術も変わる。仕組みも変える。意識も変える。産業構造も改革する。2021年のダボス会議は中止されましたが、そのテーマは「グレートリセット」でした。社会と経済のあらゆる側面を見直し、より良い社会に向けて刷新するという意味です。ゼロカーボンに立ち向かう下水道事業にもまさに今、グレートリセットが求められていると言えそうです。
 では最後に、下水道の脱炭素に向けて一言ずつお願いします。

奥田早希子

奥野氏 温暖化は「人類最大のリスク」であり、地球システムの変革は「人類最大の変革」です。金融機関の投資判断が変化し、気候変動への対応など非財務情報が重視されるようになっています。下水道に限らず、これからは脱炭素に背を向けると生き残れないでしょう。

 社会構造そのものやライフスタイルをも根底から変えていく覚悟が求められています。その動きに取り残されないよう、「今できること…」だけではなく、実現に向けたイノベーションが必要です。

 これまでに創り上げてきた下水道システムを活かして、未来を豊かにできる方法は必ずあるはずです。地球環境課題を乗り越えて、次世代の若者に重大な課題を残さず、しっかり未来の下水道を継承するために、思い切って古い殻を破り、脱炭素社会を見据えた新たな下水道を考えるはじめるときかもしれませんね。

堀江氏 市役所時代、下水道の経営感覚は市役所改革のリード役になりうると気づきました。同様に脱炭素においても、下水道事業は自治体のリード役になりえます。足りない技術・連携もたくさんありますが、公共事業の中では技術開発とイノベーションが起こしやすい事業の筈ですから。そして、下水道事業のリード役は事業体、自治体で、そこを皆が支える。

脱炭素を旗印に、日本が直面する様々な課題をぶち破る。それを可能にするのが意識改革です。ゼロカーボンは脱皮再生のためのまたとないチャンスです。意見が分かれるオリンピックですが、自分に打ち勝つ勇気をもらえます。

山村氏 まさにチャンスです。これまでの下水道事業は普及率が大きな指標で、そのために補助制度が組まれていましたが、普及率は8割を超えてすでに概成しました。

 今後はカーボンニュートラル下水道の普及に向け、補助制度なども含めて今の下水道を作り変えていく時代です。そのためには汚水をきれいにするためではなく、カーボンニュートラルを実現するための新技術が求められます。

 しかも、今後は地方都市の形態が多様化する中で、都市の水インフラの形も多様化することが予想されます。今以上にバラエティーに富んだ技術が必要になるでしょう。

 技術開発をさらに加速し、事業体でもチャレンジングに新技術を導入しやすくし、大学では基礎研究を進め、新技術を生みだす。このサイクルが回り始めれば、海外や異分野でも競争力のある技術が間違いなく生み出されるはずです。

 一方、自治体における脱炭素や環境の取り組みを評価する仕組みも必要だと思います。ヒントになるのは、東京都や東京メトロのグリーンボンドです。発行と実績、使い道に関する報告書を公表し、グリーンボンドとしての成果を上げていればきちんと評価され、次のグリーンボンドを販売できます。

 自治体職員は市民から「がんばった」と評価されることが少ないと思うので、こうした仕組みで脱炭素の取り組みが評価され、組織や一人一人のやりがいにもつながればいい循環ができると思います。

 下水道事業でも今後、脱炭素の取り組みを評価する仕組みは必要でしょう。そうなると、二酸化炭素の排出量を計算したり、脱炭素の取り組み効果を評価するなどの新ビジネスが生まれてきます。

 これらを下水道の産業界が積極的に取り込んでいけば、海外市場や、電力のような異分野の市にも参入できる可能性があります。

――今が日本の下水道が変化する最後のチャンスかもしれません。最後ですが、間違いなく大きなチャンスです。それを着実につかみ取ることを期待しています。本日はありがとうございました。


右から奥野氏、山村氏、奥田、堀江氏

進行・執筆:Mizu Design編集長 奥田早希子
「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています