脱炭素が迫る下水道のグレートリセット

【鼎談】ゼロカーボン下水道への挑戦

テーマ3:ゼロカーボンがもたらす変化

産業の構造改革は避けられない

――下水道事業もゼロカーボンに向けて進んでいくことは間違いなさそうです。では、ゼロカーボンへの道程で一体、何が起こり、何が変わるのでしょうか。

山村氏 重要なことは、脱炭素に向かう道程で何が起こるのかではなく、実現するために変わるべきものは何か、変えるべきものは何か、と問いかける視点と姿勢です。

 今、国内で二酸化炭素排出量が多いのは、発電の40%、次が車で18%、続いて鉄が12%です。車や鉄は日本の代表的な産業ですから、それを停めろと言うことは、日本という国の活動を止めろと言っていることと等しいことになります。

 つまり、カーボンニュートラルを実現するだけではなく、日本の産業も維持しなければならないのです。それを両立させるには、産業の構造転換しかないでしょう。

 これまで省エネを推進してきたこともあり、省エネ技術のイノベーションは限界に近いため、多くても半分ほどしか排出量を削減できないと思います。省エネだけで10分の1はほぼ不可能です。

 そこで政府が考える政策のカギは、燃料としての水素やアンモニウムの活用、太陽電池など再生可能エネルギーの拡大、二酸化炭素の回収・利用・カーボンリサイクル、そのためのイノベーションです。

 ゼロカーボンを実現するうえで、カーボン吸収技術が非常に期待されています。政府は農林水産業も含めて様々な場所や産業で二酸化炭素を吸収することを想定していますが、現状ではまだ吸収効率が低い他、吸収した二酸化炭素の活用方法など、多くの技術開発が必要となっています。それらを早急に開発するために、多くの予算が投入され、各所で実証試験が行われています。

 将来的には、二酸化炭素の排出を減らすだけではなく、吸収して利用するという新しい産業が立ち上がることは間違いありません。その流れに竿を指すのが、カーボン価格の高騰です。

山村寛氏

 排出量が世界で3位のインド、4位のロシアなどが、まだ2050ゼロカーボンを表明していません。このままでは排出削減コストが安価なこうした国々に、外国企業の工場が集中する恐れがあります。

 それを回避するために、国境炭素税は間違いなく導入されると見ています。そうなると、エネルギー価格はさらに高騰することになります。脱炭素を推進しない国が不利益を被るメカニズムが国境炭素税なのです。

 炭素税が導入されてまず困るのは、二酸化炭素の大量排出産業です。そこには、堀江さんのご指摘のように、排出量が多い下水道事業が含まれていることを認識すべきです。

 下水道は公共用水域の水環境を保全し、浸水防除などの社会的使命を担っている、だから脱炭素に関しては何もやらなくていい、という言い訳は通用しないのではないでしょうか。

 炭素税とは異なる市場メカニズムとして、排出権取引も注目されています。日本国内での排出権取引のために、Jクレジット制度があります。近隣の企業間で直接取引する場合もありますが、横浜市では確か東北地方の自治体と協働されていますよね。

奥野氏 そうなんです。横浜市では50年までのゼロカーボン実現に向けて、まずは①「最大限の省エネ・電化」を進めるため、市全体のエネルギー消費量を13年比で約半分に圧縮し、同時にエネルギーの電化を進めます。

横浜市の2050脱炭素化のイメージ(「横浜市の温暖化対策 SDGs未来都市~持続可能な都市を目指して~」)クリックで拡大

 次に②「電力の再エネ転換」を目指します。大都市はどこも同じだと思いますが、市内でのエネルギー消費量が大きいため、必要な電力を市内だけで賄うことができません。横浜の場合、50年で必要な電力の約1割しか地産地消できないのです。

 ですから残り9割の必要な再エネを調達するため、再生可能エネルギーのポテンシャルの高い東北地方の市町村と再エネに関する連携協定を締結しました。私達は再エネを供給していただくことで都市を維持できますし、東北の皆様は新たな再エネビジネスと震災復興にも繋がるウインウインの関係が期待できます。

 すでに東北地方から複数の事業者に再生可能エネルギーが送られてきており、例えば山下公園にある氷川丸は再エネ100%で運営されています。

 最後に➂電力以外の脱炭素化です。現段階でどうしても電化できない分野については、新たな技術を開発などに取り組み、50年までに再エネ転換を目指します。

動き出した投資家たち。脱炭素のない投資はない

――市場メカニズムの変化という視点では、ESG投資の流れが加速し、機関投資家が脱炭素を後押しするような動きを速めています。

奥野氏 先ほどお話したダイベストメント(投資撤退)ですが、21年1月時点で表明している機関は世界で13,088機関、資産総額は14・5兆米ドル(約1,500兆円) に達しており、日本のGDPを上回っています。

 その背景には、金融安定理事会(FSB)による気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)から、全ての企業に対して、気候変動リスクに対応した経営への影響や対策情報の開示することが求められているため、気候変動に対応しない企業は、資金調達が難しくなっているのです。

奥野修平氏

 イギリスは25年までに企業に対する気候変動関連情報の開示を義務化、EUも義務化を議論中。日本でも金融庁と東京証券取引所が上場企業に適用するコーポレートガバナンスコード(企業投資指針)の改訂案をまとめ、TCFDに沿って気候変動に関する情報の開示を促すことが明記されました。

 もはや、都市や企業は脱炭素や気候変動対策を考慮せずに経営することはできない時代なのです。水ビジネスへの投資も行っている資産運用会社であるブラックロックも、脱炭素化への投資方針を示しています。

 今後は、下水道関係企業もこうした流れをとRE100100を目指したり、経営面での気候変動対策や脱炭素化のスタンスを取らなければ、資金調達やビジネスチャンスの機会を逸する時代が来ると思います。

「脱炭素」なら公共発注でも優位に立てる

――とはいえ企業は利益を上げなければなりません。脱炭素がコストアップの要因になるなら、二の足を踏む企業も多いのではないでしょうか。

奥野氏 今は日本の再エネはまだ高いですが、近いうちに、欧米のように既存の電力コストより安くなるグリッドパリティ(Grid parity)が起こるでしょう。そうなると経済合理性から考えて、今から再エネ調達環境を築いた企業の方が、将来的な支出を大幅に減らすことができるのです。

 横浜市では、市内企業の皆さまの脱炭素化を資金・制度面でサポートするため、市内外の金融機関と連携した仕組みづくりに取り組んでいます。

――下水道事業を発注する際に、脱炭素やTCFDに沿った経営をしていれば評価点が増えることもあるのでしょうか。公共調達にも何らかの影響が出てきそうな気がします。

奥野氏 公共の率先垂範として、公共工事での排出削減は重要な取り組みです。昨年、桜木町に移転した新市庁舎は、ゴミ焼却施設で発電された再エネと市民の皆様の卒FITを活用して、再エネ100%を実現致しました。今年度も18の区役所の庁舎を再エネ100%実現に取り組んでいます。

ゴミ焼却施設で発電された再エネと市民の卒FITを活用した新市庁舎の再エネ100%(「横浜市の温暖化対策 SDGs未来都市~持続可能な都市を目指して~」)クリックで拡大

 このほか、今年1月に全国で初めて、市発注の工事において温室効果ガス排出ゼロを推進するため、発注・監督部局や企業の皆さまに、再生可能エネルギーやGTL燃料の活用、カーボンオフセットを促し、その取組結果を工事の成績に反映する仕組みを始めています。

テーマ4:ゼロカーボンへの意識改革

脱炭素を機に行政も仕事の「仕組み」改革を

――横浜市ならではかもしれませんが、自治体の変化のスピードが想像以上に速いですね。下水道の産業界の脱炭素化への意識改革はいかがですか。

堀江信之氏

堀江氏 奥野さんのお話のように、民間は仕組みが変わり大企業から意識が変わり始めています。一方、下水道事業の主体は事業体、自治体ですから、産業を含め改革を実現できるか否かのカギは、事業体の意識改革が握っています。それがないと難しい。

 事業体がいつ、どうありたい、という姿を明確にする。どの山頂にいつ到達するか。そして調達をはじめ多様な手を打つ。それによって産業界も、いつまでに何が望まれているかが明確になり、行動するリスクがメリットに替わります。

 こうした議論を官民で重ねないと、日本の技術崩壊を止めることも難しい。産業界も情報提供、提案し、近年失われがちな官民議論が各地で復活すればと思います。

――堀江さんはもともと国土交通省下水道部の職員で、自治体にも何度か出向されました。その経験から、事業体の意識改革の状況をどう見ておられますか。

堀江氏 生き残るのは強い者ではなく、変化に対応できた者です。アフリカの草原に住むインパラの群れは、草を食べながらも必ず2、3頭が交互に周りを見回していて、一早く肉食獣を見つけます。

 下水道事業でも、職員が大きく減っていますが、昭和時代から積み重ねた手続きや書類に埋もれ、周りを見回すことをやめては危険です。下がり続ける状況から社会のデジタル化・グリーン化をテコに脱却するチャンスを、自ら失います。

奥野氏 事業体の意識改革が必要であるという堀江さんのご意見には共感します。

 EUのようにすでに脱炭素で競争性が高まっている地域では、国も行政も企業も決断が早いですよね。日本でも総理の宣言で、エネルギー部門はもちろん、様々なインフラの動きが加速しています。港湾部門は、国、自治体、企業が連携してカーボンニュートラルポートの構築に向けたスピード感のある対応を進めているように感じます。

国際的な競争が意識改革をもたらす

――横浜港は国際的なハブ港としての覇権をアジア諸国と競っています。一般社団法人Water-nでは今年度から、水インフラではない産業界、自分の専門外のこと、つまり「オソト」に触れ、変革や事業構想のきっかけとなる場として「水インフラマネジメント大学」をスタートしました。やはりオソトとの競争にさらされたり、その結果としてオソトと交流したりすることが、意識改革の大きなきっかけになりそうです。

奥野氏 確かに海外と接点のある事業は、常に外からのニーズに応えるため、ビビッドに反応しているのではないでしょうか。

――では下水道関係者の意識改革を進め、産業の構造転換を図るには?

堀江氏 下水道では省エネを進める一方、創エネも進めてきました。下水汚泥からバイオガスを作り、汚泥を蒸焼きして石炭代替燃料を作る技術も開発されました。

 バイオガスについては最初のころ、ガス中に含まれるシロキサン成分が問題でしたが、除去技術などが開発され、今では120施設ほどがバイオガスを活用しています。

 なかには自治体からバイオガスを買って企業が発電しているケースも増えています。下水処理場は都市内では珍しく広い土地を持っていますから、上部や未利用地を企業に貸して企業が太陽光発電をしたり、小水力や風力を導入する自治体など、脱炭素技術はいろいろそろっています。

 あとは自分に合ったものを実現するための自治体の意識と、何よりも取り組みを手助けするFITのような仕組みです。民が力を奮える仕組みができれば、投資も生まれます。

 主要先進国最低と言われる生産性を改革するには産業や金融の仕組みもありますが、下水道事業では官の仕事の仕組み改革も重要です。手間をかけ過ぎていないか。1つの工事の検査に高さ3m分の書類を作って運んだという例もあります。

 自治体が新技術を導入しやすい仕組みも必要です。新技術は誰もやっていないからこそ新技術なのですが、公共調達では一社しか供給できない競争性のない技術は調達しないことが基本です。アイデアを出し合って今ある仕組みから大転換できるかが事業の生命線になります。

山村氏 日本の市場は今後、シュリンクしていくことは間違いないと思っています。そうなると、オソトに出るしかありません。しかし、これは聞いた話ですが、下水道関連の日本企業はリスクをかけてまで海外進出はしたくないという企業が多いそうです。

 一方で、逆にEUやEUやアメリカの企業が、日本市場に参入してくるかもしれません。その時に、今のままの産業構造と意識で戦えるのかが心配です。横浜港と同じく、外国企業などオソトと交流して、変わっていくべき時だと思います。