”民間流” 下水処理場でのコロナの乗り切り方

浜松ウォーターシンフォニーCOO/尾上裕二さんに聞く

浜松市の西遠浄化センターは、2018年度から民間企業によって運営されています。施設の所有権は市が持ち、運営権を民間企業が取得して公共サービスを提供する「コンセッション」と呼ばれる方式が適用されているのです。上下水道事業では国内第1号ということもあり、また、下水道が基幹インフラということもあり、計画当初から事業継続を不安視する声がありました。

しかし、新型コロナウイルス感染拡大という緊急時にも、民間企業ならではの柔軟かつ迅速な対応で下水道サービスが継続されています。これまでの対応を運営管理会社・浜松ウォーターシンフォニーのCOO(最高執行責任者)である尾上裕二さんに伺いました。(2020年6月4日Google Meetにて取材)

浜松ウォーターシンフォニーのCOO(最高執行責任者)である尾上裕二さん(オンライン取材の画面)

コロナ対策の3つの基本方針と、3つの重要事項

――新型コロナ禍での運営方針をお聞かせください。

 3つの方針を立てています。

 1つ目は、従業員の健康と安全を確保することと、要求水準を確保することの両立です。要求水準の確保とは、処理水質などについて法令基準を順守するということです。

2つ目は、重要インフラとして事業を継続させる使命を持つこと。

3つ目は、浜松市との連携による相乗効果を発揮させること。仮に薬品などユーティリティ(編集部注:薬品、消耗品、燃料など)が入手困難な時は、市直営の下水処理場と当社がモノを融通し合うことなどを想定しています。

――特に重視されたことはありますか。

 3つの方針の下に、3つの重要事項を定めました。

 1つ目は、会社の事業運営を維持すること。
 2つ目は、市民の生活を支えること。
 3つ目は、市民からの信頼を維持すること。

 方針を言い換えたような内容ですね。

下水道サービスの継続が事業運営そのものです。そして、私たちは縁の下の力持ちとして浜松市民の生活を支え、その延長線上で信頼をいただける。利益は必要ですが、決して利益だけを重視することはしない。それらいずれもを重視しています。

「下水道サービスの提供」使命のまっとうに迷いなし

部門別調整でもソーシャルディスタンスをキープ(浜松ウォーターシンフォニー提供)

――こう言っては何ですが、非常に基本的な内容ですね。

 おっしゃる通り、方針も重要事項も新型コロナだから作ったというわけではありません。事業開始時からフレーズとしては存在していて、従業員全員が暗黙の了解的に意識していました。それらが緊急時でも変わらないのだ、ということを改めて確認しあいながら業務を遂行してきました。

緊急時であっても、下水道サービスの提供という我々の使命に変わりはありません。何があっても、もともとの方針に乗っ取ってやっていけばいい。これが自分たちの常日頃のスタート地点なのだ。その基本があったので、迷うことなく、新型コロナにも冷静に対応できました。

――ユーティリティが不足して浜松市と連携する場面はありましたか。

幸いにもこれまでのところ、連携が必要な事例は出ていません。

ただし、もし第2波、第3波が来て新型コロナの影響が長引いた場合、薬品などのサプライチェーンが停止し、互いのストックを分け合う必要性が出てくる可能性はゼロではありません。

BCPを軸に緊急対応体制を新たに規定

昼食休憩時もソーシャルディスタンスをキープ(浜松ウォーターシンフォニー提供)

――BCPにパンデミックを含んでいましたか。

以前からBCPは作成していましたし、新型インフルエンザのパンデミック対応も含んでいました。また、マニュアルに従って緊急対応訓練も実施していたので、スムーズに緊急体制に入ることができました。

とはいえ、新型インフルでは局地的な対応を想定しており、場合によっては株主(親会社)の支援も得られますが、新型コロナは想定していたより流行スピードが速く、対象規模も広く、スケールが違いました。そこで、浜松市とのコンセンサスを得ながら、早い段階で「緊急対応体制」を新たに追加しました。

「緊急対応体制」では、法令を順守しながらも、従業員の健康と安全を守るために業務を縮小する体制について規定しました。また、従業員同士の接触を減らすために1日当たりの出勤者数を減らし、感染リスクの抑制に努めました。

業務配分を調整し、減員しても法令は順守

日本で初めて下水処理場の運営にコンセッションを導入した浜松市の西遠浄化センター(筆者撮影)

――「緊急対応体制」について具体的に教えてください。

西遠浄化センターに常勤する私を含む3名の幹部については、同時罹患を避けるためにテレワークを随時活用し、同じ時間に揃ってオフィスに滞在することのないようにシフトを組んでいます。

設備機器のメンテナンスや操作を行う現場型の作業チームについてはテレワークができないので、休日出勤と平日休暇を組み合わせて出勤者数を減らすようにしています。

運転管理部、保守管理部があり、その中に機械や電気などの専門チームがあります。チーム内の全員が休むとその分野について分かる人がおらず業務が停止してしまう可能性があるので、そうならないようにチームごとにシフトを調整しています。

5月に入ってから「出勤人数減員体制」を発動しました。通常なら1日に35名程度が出勤しますが、今は30名程度。10%から15%の減員となっています。

――人員を減員されるということは、業務も縮小したということですか。

 業務は縮小していません。一時的な措置として、設備機器の定期点検を先送りしたり、水質管理の分析日程を分散したりするなど、いつもより少ない人員でも対応できるよう業務配分のスケジュール調整を行いました。

 平準化可能な業務の優先順位付けをBCPできちんと規定することで、法令を順守しつつ、下水道サービスの品質確保を最優先とした調整をしてきました。

――現状の体制は?

「出勤人数減員体制」は6月1日に解除し、通常体制に戻っています。これまで縮減していた業務を一気に取り戻そうとすると従業員への負荷が高くなるので、時期的に分散させて取り戻していく計画です。

――いつ頃に巻き返せそうですか。

現時点で厳密に時期を確定することは難しいです。従業員の健康、第2波、第3波への備えなどを見極めながら、優先業務を日々確認し、計画をリアルタイムで更新しながら進めています。

行動規範を新たに策定。37度の発熱でも傷病休暇を

コロナ禍の早い時期にエタノール原液を購入しておいたおかげで、アルコール消毒液を市場調達しにくくなった時期を乗り切れた(エタノール原液と消毒液が入る薬品保管庫。浜松ウォーターシンフォニー提供)

――新型コロナウイルスは未処理の下水の中では10時間ほどで失活するとされていますが、感染者の糞便由来の新型コロナウイルスが含まれる可能性はあります。どのような感染防止対策をとられていますか。

新たに2つの取り組みを行っています。

まず、10項目からなる行動規範を新たに策定しました。

例えば、マスク着用、人との距離を2m以上開ける、不要不急の出張を控える、作業場の換気や消毒液の設置と利用、手洗いうがいの励行、工具などは使用するたびにアルコール消毒し、できる限り共用しないなどのルールを定めています。

朝礼や終礼も全員で集まらず、チームごとに行い、その情報を集約し、全員に共有するようにしています。

2つ目として、発熱時の体温が37度の場合でも傷病休暇(編集部注:会社が給与を保証する有給休暇)を取得できるようにしました。体調が悪いときに休暇を取ってもらうための制度ですが、幸いなことにまだ利用者はいません。

――行動規範では消毒を励行されていますが、消毒液は確保できていますか。

一時期、市場からアルコール消毒液が枯渇した時期がありましたよね。その際にエタノールの原液を入手し、希釈して使用していました。

そのおかげで手指消毒を徹底でき、当社では作業中の常時ゴーグル着用を義務化する必要がありませんでした。ゴーグルを着用すると視野が遮られ、作業に支障がでることもありますから。

――マスクはいかがですか。

今は大丈夫ですが、一時期は消毒液と同様にマスクも入手が困難でした。BCPにマスクのストック枚数を規定しており、その通りにストックしていたのですが、毎日着用ということにしたので想定より消費スピードが上がり、足りなくなる懸念が出てきました。

そこで、使い捨てのマスクを消毒し、数日間、使用していました。5月末からようやく使い捨てマスクを使い捨てられるようになりました。

全従業員アンケートでコロナ対応を評価しスパイラルアップ

西遠浄化センターの玄関ホールに設置されたアルコール消毒液(浜松ウォーターシンフォニー提供)

――これをやっておけば良かった、ということはありますか。

特にありません。BCPを重視して事前準備をしてきたことが奏功し、スムーズに対応できたと思います。

――今後の備えとしての取り組みは?

全従業員を対象として、BCPの実施状況を振り返り、自由意見を徴収しているところです。体制の良かった点、悪かった点、今後の課題を洗い出し、BCPに反映し、次回はもっとうまくいくようにスパイラルアップを図ります。

――現場系の従業員のテレワークはできないとのことですが、今後、在宅での遠隔監視が進む可能性はありますか。

下水処理場には監視項目が星の数ほどあり、すべてにセンサーを付けられていません。今も一部については在宅でも電子制御できますし、理論的にはすべての電子制御が可能なのでしょうが、そこまでの体制が下水道事業として整っていないと思います。

また、電子制御は新型コロナの感染防止対策としては有効ですが、劇的に作業を効率化できるわけではありません。在宅とはいえ人が動かないといけないわけですから…。今後は電子化ではなく、自動化の方向に進むべきだと考えています。

――下水道機能を継続するために、住民ができることはありますか。

下水道は機能していて当然という印象をお持ちの方が多いと思いますが、実はそれほど簡単なことではありません。当たり前を実現するために、下水道事業の従事者の取り組みと努力があるということに理解を深めていただけるとうれしいです。また、理解していただけるような取り組みを続けたいと思います。

――上下水道では国内第1号のコンセッションということで、事業開始当初から下水道という基幹インフラの運営を民間企業に任せることに否定的な意見がありました。しかし、コロナ禍でも問題なく下水道サービスが提供されたことは、大きな実績になります。

自治体(浜松市)には一部の住民から不安視する声が寄せられたと聞いています。そうしたご意見も真摯に受け止め、我々は上下水道で国内第1号のコンセッションであり、あらゆる意味でお手本となれるような取り組みを意識して業務に邁進しています。従業員一丸となって、安全で安心な下水道サービスの提供にこれからも真摯に取り組んでまいります。