学生が「下水道かるた」で施策の合意形成を支援

中大M2の長谷川暢さん、住民と自治体の情報格差を埋める

 中央大学理工学研究科水代謝システム研究室に所属する修士課程2年生の長谷川暢さんはこのほど、遊びながら下水道の専門用語を学習できるツール「下水道かるた」を開発した。住民との合意形成の第一歩を助けるツールとして、自治体に活用を働きかける。

持続可能な下水道事業を住民と一緒に考えたい

 
下水道かるたを手に持つ中央大学修士2年生の長谷川暢さん(長谷川さん提供)

 公共施策の全般に言えることだが、下水道事業もご多分に漏れず懐事情が厳しい。人口減少により水の使用量が減少し、それに伴って使用料収入も減少が予測される。その一方で施設の老朽化は進み、更新投資は増大する見込みだ。

下水道の経営は使用料で賄うことが原則とされるが、不足した場合には一般会計から繰り入れられる。その頼みの綱の税収も、人口減少とあっては心もとない。だからといって公衆衛生や生態系保全などの役割を担う下水道事業を、簡単にやめることもできない。

持続可能な下水道事業とは何か。

経営を健全化するために、値上げをするのか。社会福祉の予算を下水道向けに振り分けるのか。それとも下水道事業が非効率になる人口が少ないエリアでは集合処理をやめ、合併処理浄化槽を活用した分散処理に切り替えるのか。

どの施策が地域にふさわしいのか。その選択権はこれまで、自治体に委ねられることが多かった。しかし昨今、施策の選択権を住民にも解き放ち、住民とともに考え、合意形成を図り、協働することがより重視されるようになっている。

「下水道事業の持続可能性」を研究テーマとしていた長谷川さんも、今後の下水道施策を選択する基礎を固める必須条件として、住民との合意形成に着眼した。

専門用語を分かりやすく

「ルール化だ 溶けない紙は 流さない」(長谷川さんが描いたラフ。長谷川さん提供)

自治体と住民が施策について議論するワークショップが各地で実施されている。それらを参考にしながら早速、長谷川さんも研究室の学生に協力してもらい、ワークショップをやってみた。

しかし「話し合いにもなりませんでした」(長谷川さん。以下同)という。「そもそも下水道に対する理解度に個人差が大きい。ほとんど下水道を知らないという人もいました」。

例えば学校であれば見えるし、触れられるので、そこに存在するという実感と便益が分かりやすい。これに対し「下水道は地下に埋まっていて見えないし、意識もされにくい」ため、その存在も便益も「理解されにくい」。このままでは「合意形成は難しいと感じました」。

何が住民と下水道事業の“溝”を作っているのか。そのことを突き詰めて考えた結果「下水道は技術が複雑で専門用語も多く、自治体の職員と住民が同じ言語で話し合うことが難しい。これが一因ではないかと考えました。そこで、合意形成の前段として、まずは遊び感覚で用語を学習できるゲームを開発しようと思い至りました」

かるたは最強の学習ツール

「老朽管 50年が 寿命だよ」 (長谷川さんが描いたラフ。長谷川さん提供)

 数種類のゲームを試してみた。ボードゲームもその1つだ。しかし「集中するのは自分の番の時だけ。他の人の番の時は学習の機会になりそうにありませんでした」。

試行錯誤の末、最後にかるたにたどり着いた。「かるたなら読み手も取り手も、ゲームの間中、ずっと集中していますよね。老若男女問わず馴染みがあって、いろんな世代が一緒に遊べます。日本ならではの最強の学習ツールだと思います」

 そうして「下水道かるた」が完成した。基本的な遊び方は普通のかるたと同じで、読み手が読み、取り手が絵札を取るのだが、取った人は絵札の裏面の説明文を読み上げるというルールを加えた。

そのほか、2つのグッズをセットにした。1つ目は、家庭から出た汚水が下水処理場に集まり、処理されて川に戻るまでを描いたシートである。取った絵札をシートの該当場所に置くことで、絵札に示された例えば「管渠」がどこに位置するかを見える化できるように工夫した。

 2つ目は、紙芝居だ。下水道の歴史や人口減少などの課題などを説明する。ゲーム前に見ることでかるたからより知識を得やすくし、ゲーム後に振り返りで見ることで、知識の定着につなげるという。

制作費はクラウドファンディング

「ん? 人孔? マンホールの 別名だ」(長谷川さんが描いたラフ。長谷川さん提供)

読み札の文章は「5・7・5」としたが、これには結構、苦労したという。

<読み札の一例>
「あ」安全な 運営するため 管理する
「か」活性炭 臭いを消すぞ 任せとけ
「さ」酸素量 水質わかる BOD
「た」大変だ 赤潮発生 ギョギョギョギョギョ
「な」生ごみを 砕いてくれる ディスポーザ

また、絵札やシート、紙芝居のデザインまで、長谷川さんが考えた。それに基づいて、プロのイラストレーターに制作を依頼している。

必要な経費については6月末まで、クラウファンディング「A‐port」で募っている(クラウドファンディングはこちら)。目標金額は125万円。このほか、上下水道関係の企業にも営業をかけ、数社からの支援を獲得。目標金額は達成できる見込みだという。

 「かるたは8月初旬に完成する予定ですが、かるたを使ったワークショップの進め方マニュアルの制作が最終目標です。さっそく8月中に関東近辺の自治体でワークショップを開催する予定です」

 指導教官である山村寛教授は、「研究室としては次の段階として、浄化槽も含めた生活排水処理の今後を考えるツール開発に取り組みます」とのこと。第2弾が楽しみである。

(編集長:奥田早希子が「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています)