産業化から上下水道を考える(下)

日本下水道新技術機構下水道新技術研究所、加藤裕之所長(東北大学特任教授・内閣府地域活性化伝道師)に聞く

私たちの暮らしになくてはならない上下水道インフラが今、資金不足や人材不足など存続の危機に直面しています。この問題に「産業化」の視点から切り込んだのが、著書「新しい上下水道事業 再構築と産業化」(中央経済社)です。執筆陣へのインタビューを3回にわたってお届けしています。最終回は、国土交通省下水道部で下水道行政に携わり、2018年8月より日本下水道新技術機構の下水道新技術研究所長に着任した加藤裕之氏に、下水道の産業化について伺いました。

日本下水道新技術機構下水道新技術研究所、加藤裕之所長(東北大学特任教授・内閣府地域活性化伝道師)

「多様化」時代の下水道は魅力がいっぱい

――書籍を通して訴えたかったことは何でしょうか。

「これまでの下水道は普及率を向上させる成長のステージでしたが、普及率が78.8%となり、今後は多様化のステージに入ります。防災や資源利用、海外展開など、下水道に求められる役割、下水道が活躍できる分野が広がってきています。グロース(Growth:成長)からダイバーシティ(多様性)へ、今はまさにその転換期です。

多様化は下水道事業の持続のためにも重要です。AIの活用や広域化(複数市町村等による処理区の統合、下水汚泥の共同処理、維持管理業務の共同化、ICT活用による集中管理など)、官民連携などは、支出の削減だけでなく新たな産業につながります。また、資源エネルギーをFIT(固定価格買取制度)で販売するなどすれば、使用料以外の収益を増やすことから地域経営につながります。その他にもさまざまな工夫ができるでしょう。「見えない宝」を掘り出すのはこれからです。これが下水道の魅力ではないでしょうか。

この書籍で私は、イノベーションと国際展開等を担当しましたが、この書籍を通じて、理工系だけでなく、特に、経済や経営を勉強する若い人に下水道の魅力を感じ取ってもらいたいです」

電気、ガス等との異業種連携は“マスト”

――多様化によって下水道のビジネスはどう変化するのでしょうか。

「下水道はまちづくりの一環として行われるものです。国の行政組織は、水道、下水道、農業、エネルギー関係の所管省庁は異なりますが、自治体は総合行政で、そこが強みです。首長の下に福祉や教育があり、同時に下水道事業も行われます。共通のビジョンにもとに、まちづくりに関連する様々な分野とセットで実施することは、これから“マスト”になるでしょう。

例えば、地域の企業が午前中は道路の仕事をして、午後は下水道の仕事をする。そうすることで効率性を上げられます。そこに電力事業も加えて“地域水・エネルギー会社”のようなビジネスが必ず生まれ、観光や福祉・教育ともつながってくると思います。実際、ドイツには電気やガス、上下水道、交通などの公共インフラを整備・運営するシュタットベルケ(町の事業の意)と呼ばれる公社がありますね。各インフラの効率性を高めつつ、相互に補完しあう仕組みとして有名です。サーキュラー・エコノミーというワードも出てきていますが、地域でお金と資源を循環させ、地域産業を興す、その仕組みが求められています。

こうした地域の変化や「見えない宝」の発見は、地域の自治体や市民だけでは気が付かないことも多く、外部の発想を積極的に取り入れることがキッカケになるかも知れません。いわゆる、よそ者・若者・ばか者…ですね」

官と民が「強み」を提供し合い「市民にとっての最適解」を創る、それが官民連携

――民間企業の発想力に期待して、官民連携への関心が高まっています。現在の下水道の官民連携をどうご覧になっていますか。

「これは、フランス視察で自治体のPPPへの向き合い方を勉強して感じたのですが、職員が足りないから、財源がないから民間に委託する、という視点だけでなく、官と民の優れている項目を比較分析した上で、もちろん地域企業の活用なども考慮しながら、ここだけは自ら主体的にやるべき業務と、民間の方が優れているから委託する業務・施設・期間を切り分けて最適解を創る、という発想が必要です。自治体の方には“民間をどう使うか”という発想で取り組んでほしいです。民間に何を期待するのか?まずは、自分たちの“強み”、民間の“強み”を分析・評価することが重要です。

フランス・ボルドーの幹部の方が自らを評価して言っていたのは『ボルドーの場合は、自治体の方が透明性、アカウンタビリティは高い。一方、民間企業はイノベーション、新しい発想を生む能力に優れ、人材リソースが豊富で、事故時等に現場にいち早く駆け付ける等のリスク管理能力に優れているので、その部分は民間に委託する』と話していました。

官と民を比較する際、フランスでは法律で定められているKPI(key performance indicator重要業績評価指標)が用いられます。20項目ほどあります。委託後の民間のパフォーマンス評価にも用いられており、KPIが良ければ契約が継続されたりします。日本もかつてKPIを検討しましたが、項目数が多すぎる上に、使用義務はありません。項目を絞りつつ、義務化した全国統一のKPIがあれば、官と民、民と民の比較ができてベストを学ぶことも可能です。民間企業の能力をきちんと評価・公表していくことで、住民の安心も得られます。

日本で官民連携を実施する際、官側にモニタリング機能を残す必要がありますが、あまり細かくやり方まで監視してしまうと、箸の上げ下ろしまで監視するようになって、民はやりにくくなりますし、そもそも民間に任せた意味はなくなってしまいます。それもKPIが無いためです。KPIで性能だけをモニタリングする性能発注的なスタイルに移行し、やり方は民に任せる方が効率化が図れると思います。

 また、フランスにはエスペリア社という、自治体専門のコンサルティング会社があり、官民連携の契約内容の確認やアドバイス、広域化計画の取りまとめなどを、官側の立場で行っています。財政や法律の専門家をはじめ技術者も抱えており、技術力をメインにする日本の水コンサルタントと、法務・財務のエキスパートを揃えた監査法人を合わせたような、日本には無い組織です。自治体がPPPに安心して取り組むには、このような総合的な知識を有する組織が必要になると感じました」

コンサル、プラント、メンテの分業からアライアンスへ

――下水道の産業化に向け、業界はどう備えておけば良いでしょうか。

「今の下水道業界は、コンサルタント、プラント建設、メンテナンスという具合に、違う会社・業界が駅伝でタスキを渡していくような体制になっています。これまでは、それぞれが分業し、それぞれの全国的な指針通りに業務をこなすことで効率化を図ったからこそ、短期間で普及率を伸ばすことができました。

しかし、今後は新設・整備ではなく、個々に管理してきた履歴情報があるマネジメントの時代です。その情報は「宝の山」、過去の管理情報を分析・評価し、個々の施設に最適な改築や維持管理をし、また情報を蓄積して改善に努める、というサイクルになりますから業界分業では対応が難しくなります。

また、全国画一的な指針は、同じものを大量に作る時には効果的ですが、既存施設を補修したり改築したりするオーダーメイド型には向いていません。新たな考え方の指針に変えていく必要があります。

今後は、業界それぞれの専門性を高めつつも、業界の枠を超えてアライアンス(同盟)していく仕組みが求められているのです」

下水道の目的は付加価値を生んで地域還元すること

――産業化に向け、下水道のあり方そのものも変革していくのでしょうか。

「昔のような高度成長は望めない中で地方の持続性や活性化を図るためには、地域でお金を回す仕組みが必要です。それに対して、下水道がどういうアプローチができるのか。処理することだけではないはずです。

例えば下水道資源を生かして農業・漁業を行うビストロ下水道の取り組みや、水産業、エネルギー産業をはじめ、水環境をきれいにすることは観光業や不動産価値、税収にも貢献できます。多様な産業を興し、つないでいく。付加価値を探し、地域に還元していく。それを下水道の大きな目的にすべきだと思います。

そもそも下水道システムとは、汚れや排せつ物を流体輸送しているものです。水を運んでいる水道とは、この点で大きく異なります。水ではなく、水と一緒に流されているモノこそが下水道の本質であり資源です。近年、その資源を農業やエネルギーなどに有効活用して地域経済に貢献していくことに国も力を入れていますが、それはイノベーションではなく本来目的だと思います。

さらに、新たな資源として“下水の持つ情報”を活用し、インフルエンザやノロウイルスの流行の警告をいち早く発信する研究も東北大学で始まっています。このように下水道が持つ様々な情報をデジタル化し、“見える化”していくことで、社会や異業種とつながり、そこからイノベーションが産まれ、新しい産業が生まれるでしょう。

イノベーションは異業種との合流でしか生まれないのです。そして、分野を越えて一歩を踏み出すには、ロジカル思考だけでなく、アートの感性が大事だと思っています。アートの視点で、下水道という分野を越えて行く人が増えていってほしいと思いますし、感性のない私も今から努力しますよ(笑)」

聞き手:MizuDesign編集長 奥田早希子

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