私たちの暮らしになくてはならない上下水道インフラが今、資金不足や人材不足など存続の危機に直面しています。この問題に「産業化」の視点から切り込んだのが、著書「新しい上下水道事業 再構築と産業化」(中央経済社)です。執筆陣へのインタビューを3回にわたってお届けしています。2回目は、浄水場の運営管理で多くの実績を持つ水ing株式会社総合水事業本部PPP事業統括PPPプロジェクト部の松延紀至部長と椙(すぎ)道夫担当部長に、水道の産業化について伺いました。※肩書はいずれも2018年10月取材当時
水ing株式会社 総合水事業本部 PPP事業統括 PPPプロジェクト部 松延紀至部長(左)、椙(すぎ)道夫担当部長(右)※肩書はいずれも2018年10月取材当時
産業化により長期的視野を備えた水道経営を実現
――水道事業の現状と課題をどのようにご覧になっていますか。
椙氏 一般的に言われている3つの課題があります。1つ目が人口減少で、それによる水道料金収入の減少です。2つ目が管路など施設の老朽化による更新投資の増大、それによる経営状態の悪化です。最後の3つ目が熟練労働者の大量退職です。
これら課題の最も大きな原因は、地域力の衰退だと考えています。水道は地元の道路の下にパイプが張り巡らされ、地元の方々に水を届ける、地域に根差した事業です。しかし、そうしたインフラを所有する自治体が疲弊しています。3つの課題を乗り越えていくには、これから民間が活躍する場面も出てくると思います。
――水道事業を民間が経営すると安全性などが担保されないと懸念する声もあります。民間活用の利点を教えてください。
椙氏 自治体は単年度決算なので長期的視点に立ちにくく、キャッシュフローという概念も持ちにくい。会計制度的に見ても、民間企業の会計では当たり前の新設と補修の区別や、減価償却もありません。
官が民と連携して取り組むことで、キャッシュフローや長期的視野も備えた持続的な経営が可能になるはずです。それを実現するためには、住民の効用を最大化するという共通の目標に向けて、官と民のリスク分担を明確にすることが必要です。それを実現していくことが産業化なのだと考えています。
松延氏 先ほど指摘された3つの課題のうち、とりわけ人材については民に求められる部分が大きい。小さな地方自治(注:公共サービスに関する官の関与を減らす)を目指すという昨今の流れからすると、自治体が独自に水道技術者を雇用し、長きにわたり育成していくことはますます難しくなっていきます。もちろん現在の維持管理は、普及建設の時代よりは少ない人数で対応できているとは思いますが、その人材すら確保できない自治体に対しては、民がお手伝いできるのではないかと思います。
「水道をどうするか」ではなく「地域をどうするか」
求められる多角化の視点
――官民連携で水道事業の課題を解決するポイントは何でしょうか。
椙氏 これまでのように官と民が上下関係で、なおかつ対話のベクトルが官から民への一方通行のままでは、良い解決策は見出せません。官と民が横の関係になり、一緒に知恵とアイデア、人を出し合うことが求められます。
その際、水道だけにフォーカスするのではなく、「地域をどうするか」という広い視野を持つべきです。
松延氏 当社は1977年に初めて浄水場の運転管理を受託しましたが、当初は手足業務でした。つまり、官に言われたことを粛々とやるだけ、自治体職員の業務を代わりにやっていただけでした。しかし、徐々に民に任せられることが増えてきています。これからは水道だけではなく、他のインフラなどもまとめて管理していくことで、民が主導して地域の経済を働かせる方向性も考えられます。水道だけを考えていては、水道事業の維持はできないでしょう。
2012年に広島県企業局とともに設立した水道事業会社「水みらい広島」には成長戦略が2つあり、1つがエリアの拡大、もう1つが多角化です。原価を低減して利益を追求する方策もありますが、そこに固執すると発展的な成長はありません。また、水道を自治体が運営していてもエリア拡大の議論はできるのですが、多角化の議論はできません。
そこに民が関与することの意義があります。例えば、空き地利用や廃校活用など地域に根差した社会サービス事業も統合して、いかに地域に産業を生んでいくか、新しいビジネスを作っていくか、水道事業の持つ強みを活かしてどう成長するか。それが民間企業に求められることだと思います。
――このWebジャーナル「MizuDesign」のコンセプトは「水から経済・社会・地域を考える」なのですが、まさにそういう発想を民から提案していこうということですね。地域に根差した水道だからこそ、地域目線で良い提案が生まれそうです。
松延氏 人口が20万人規模の都市と5万人の都市では課題も違いますし、取り組めることも異なります。それぞれに合ったビジネスモデルがあるわけです。そこをきちんと理解して、地域に根差したアイデアを出していきたいです。水から地域創生につながる展開ができるのが理想だと思います。
地域に根差した企業にこそ水道のビジネスチャンスあり
――とはいえ民の役割が大きくなればなるほど、プレーヤーが大企業に偏る気もします。水道の官民連携で、地域に根差した地元企業の発展は期待できますか。
椙氏 大企業は規模の経済が働きますが、地域の課題を解決するためには大きければいいというわけでもないでしょう。逆に大企業ほど動きにくい場面があるかもしれません。それぞれの地域にとって良い企業はどこか。地域のことを良く考えてくれる企業はどこか。そこが重視される時代になっていくと思います。
松延氏 電気は離れた場所で作って電線で運んでくればいいのですが、水道の場合は地域に水源があり、地域で水を作って、地域に水を送ります。ですから、地域の特性を知ることが重要で、それは地域に根差していないと把握できません。どれくらいの大雨ならどれくらい水源の水質が悪化するか、どれくらいの地震でどこの管路がどれくらい被災するかなどは、大企業が東京で考えていても分かりません。地域に常駐する人が考えることが重要なのです。
――電気やガスなど他の社会インフラとの多角化が進むと、業界の枠がなくなり、電力会社など他業界が水道事業に参入してくることも考えられます。
松延氏 その可能性は十分にあります。ただし、水道は地域性が極めて高いので、参入は容易ではないとは思います。
当社には、先人達が築いた水インフラに関する運転管理などのノウハウがたくさんあると自負しており、当社ならではの強みや役割も十分にあると考えています。
そもそも「水道業界は何を売るのか?」から考えよう
――多角化は理想ではありますが、実現に向けて課題はありますか。
松延氏 当社はこれまで水インフラの設計や建設・維持管理を中心に事業を展開してきました。今後は、若手が地域創生に繋がる農業や観光などに関する事例を学べる機会を作っていかないといけません。しかし、自治体の水道事業者が別の事業をやることのない時代が続いていますし、ペットボトル水の販売でさえ難しいのが現状です。そうした状況を打開するには、1つずつ実績を積み上げるしかありません。先行事例があれば自治体も取り組みやすくなるので、今は地道に自治体との信頼関係を構築していく段階です。
――多角化で異業種との競争が始まる可能性もある中、水道各社はどう備えればよいのでしょうか。
松延様 水だけを事業とするのではなく、水から派生することなら何でもいいので、水と何かを組み合わせていく。業務提携などによって、事業領域に広がりを持たせる発想がないと、官民連携のパートナーにもなれないと思います。
椙氏 そのためにもまずは自治体に耳を傾けてもらわないといけませんから、民間企業には信頼感を持てる担当者や、面白いアイデアを提案できる担当者が必要です。これまで以上にコミュニケーション力が求められるようになるでしょう。
松延氏 やはり、すべては人ですね。相手のことを良く分かっている人、違う業界のことも語れる人、郷土料理から土砂災害の話とか、水源から海までの水の滞留時間など、地域の水と経済を理解できる人がいないと新しい発想は生まれません。
水道業界はこれまで、自治体から仕事をもらっていればそれなりの利益を上げられましたが、今後は財源不足などにより、更なるコスト縮減が求められ、厳しい経営環境になることは明白です。だからこそ、新しいビジネスを生む発想が必要なのです。とはいえ、その準備は業界全体で見てもまだまだ整っていません。当社はいち早く挑戦できる会社になりたいと思います。
――どうすれば変われるでしょうか。
松延氏 まずは発想を変えることです。当社にしても、水処理プラントメーカーであるという立ち位置から一段上の視点が必要であると考えます。水道事業は、水源が原料、浄水場が工場で、製品である水をパイプという物流に載せて住民に届ける事業ととらえることができます。そうしたバリューチェーン、サプライチェーン全体で考えることで、新たな発想が生まれるはずです。
椙氏 自己定義は重要ですね。例えばトヨタは車を売るのが仕事なのか、人を運ぶのが仕事なのか。今は人の移動を助ける会社という発想に変わっています。
では、水道の仕事とは何なのか。その再定義が必要です。住民が何を求めていて、何を提供していけばいいのか。少なくとも浄水場を拡張したり、パイプをさらに敷いたりすることは求めていないでしょう。
――トヨタの例に見られるように、民間企業の多くがモノ売りからコト売りへの発想の転換を進めています。水道業界も、装置というモノを売るという従来型のビジネスモデルから、モノを使ってサービスというコトを売る発想への転換が必要ということですね。
松延氏 水に関するコトを突き詰められたら、新たなビジネスが生まれると思います。例えばジュースを供給するという発想があってもいいですよね。
椙氏 ユーザーが何を求めているかを考え、一人一人に寄り添ったソリューションを提供していく時代になると思います。
女性や外国人が活躍できる場が水道にはある
――水道業界はこれまでBtoG(行政向けのビジネス)だったので、Gの先にあるC(消費者、住民)のニーズの把握は難しいのではありませんか。
松延氏 住民のニーズを把握するには、地域の人に水道の運営に携わってもらうことが近道だと思っています。専業である必要はなく、地域消防団が火事の時だけ出動するのと同じように、日ごろは学校の先生やサラリーマン、主婦であったりする人が、例えば水質異常の時にスマホのアラームが鳴り、スマホ画面で数値を確認して運転の指示を出したり、場合によっては現地に集まったりする。そうすれば運営コストも削減できます。
日ごろは別の仕事をしていて、有事に駆け付ける。こうした働き方が「忍者」に似ているので、個人的にそう呼んでいるのですが、水道事業の「忍者」を増やしたいと思っています。特に女性の「忍者」が増えてほしい。やはり水への関心は女性の方が高いですし、水道料金にも敏感ですから。それに、例えば漏水していたら水の送水量のトレンドグラフがわずかに変化するのですが、そのわずかな違いを丁寧に見極めるのは女性の方が得意ではないでしょうか。水道には女性や外国人の活躍の場が、まだまだ多く残されています。
椙氏 経済の主体である自治体、企業、個人すべてが地域全体で一緒になって、水道から地域を考えていく。それこそがこれからの水道における産業化の意味することだと思っています。
――ありがとうございました。
聞き手:MizuDesign編集長 奥田早希子