風呂の残り湯を洗濯に使うために繰り返した試験

【商品開発×水のストーリー】(1)バスクリン

製造段階で使う水、商品の使用時に使う水、そんな水を意識したからこそ生まれた商品がある。本連載「商品開発×水のストーリー」では、商品開発の裏に隠された水のストーリーに光を当てる。第1回はバスクリンに伺った。

株式会社バスクリン製品開発部開発1グループ 村松司グループ長(右)と中西信之シニアマネジャー(左)

1つの色素につき試験を繰り返し、972回の測定を行った

 「入浴剤の研究をしたくてバスクリンに入社したのですが、まさか布が色に染まるかどうかの試験をやるなんて、想像もしていませんでしたよ」

 バスクリン製品開発部の中西信之シニアマネジャーは、こう言って笑う。風呂の残り湯を吸い上げるポンプが標準装備された洗濯機が当たり前になり、今や55%の人が残り湯を洗濯に使っている(同社調べ)。入浴剤の色素成分が洋服を染めることは、あってはならない。それを防ぐためのガイドラインを、中西氏は4年前に2年間かけてまとめあげた。そこには使用可能な色素とその配合上限が定められている。その数値を確定するまで、想像を上回る地道で丁寧な試験が繰り返された。


色素試験をしている様子(バスクリン提供)

 試験は、色素成分ごとに濃度を変化させた試験溶液をビーカーに入れ、柔軟剤の濃度を変化させて前処理した15cm角の布を浸して行う。

綿やポリエステル、毛など6種類の素材に対し、柔軟剤濃度と色素濃度の異なる18種類の条件で試験するので、組み合わせは6×18で108通り。誤差を減らすため3枚の布で9データを取得して平均値を採用するので、108通りの試験×9データで1つの色素に対して972回の測定をしている計算になる。

試験布は測色色差計という装置を使い、目に見えない色付きまで測定する。基準値を超えて染まった場合は、再現性試験と落とし方の試験も追加される。


測色色差計の結果(バスクリン提供)

1ビーカーの試験にかかる時間は約2時間。一度に3ビーカーを同時進行するとしても、1つの色素の試験に72時間を要する。通常の製品開発業務の合間に行うと、約1ヵ月の期間が必要だ。しかも、色素成分は10数種類もある。

「人間は視覚からくる情報が8割と言われます。だから色がリラックスにつながるわけで、入浴剤に色は必要です。試験は地道な作業ですが、トラブルが起こらないようしっかりとやらなければなりません」(中西氏)

洗濯事情、繊維の変化に合わせて進化する入浴剤

中西氏がまとめたガイドラインは、20年前に策定されたものを全面的に見直したものだ。阪神淡路大震災の影響もあったのだろう。当時は風呂の残り湯を洗濯に使う人が増え始めた時期で「おふろの残り湯で洗濯したら、洋服が色で染まってしまいました」というクレームが寄せられるようになっていた。旧ガイドラインに沿って商品を見直したところ、劇的にクレームは減少したという。

 その後、洗濯洗剤がコンパクトタイプに変わったり、柔軟剤を使う人が増えた。また、速乾性など新しい機能性繊維も開発された。全国的に人気となったとある衣類では、洗っても落ちないくらい色がついてクレームが増えたこともある。衣類に大量の柔軟剤が使われていたことが原因だった。その後、衣類の方が見直されて事態は収束した。

今回のガイドライン見直しは、こうした洗濯事情の変化、材質の進歩に合わせた、入浴剤の変化であり、進歩でもあった。水資源を大切にする暮らしは、地味ともいえる地道な作業に支えられている。

体にも水循環にもいい暮らしを広げたい

「体にいいので入浴や入浴剤を啓発していますが、お風呂の水をそのまま流して捨ててしまうことに罪悪感を抱く方は少なくありません。洗濯に使っていただければ、体にも水資源にもいいですよね」(中西氏)

しかし、中西氏の上司である村松司グループ長は、入浴剤が入っている残り湯は洗濯に使わないという人がまだまだ多いという。失礼ながら筆者もその一人だった。

「商品の裏面を見ていただくと分かるのですが、大切な衣類やおろしたての衣類への使用は控えていただいた方が良いとしながらも、我々は風呂の残り湯を洗濯に使えると言い切っています。そう言い切れるまで色素の研究もやっている商品なので、安心して使ってほしいと思います」(村松氏)

 バスクリンは経営理念として「自然との共生を原点として、身体と心と環境の調和」を謳っている。入浴剤入りの風呂に入る人、その残り湯を洗濯に使う人を増やすことは、まさに経営理念の実践である。

「平日は風呂に入らず、シャワーという人が増えています。しかし、湯船につかることで疲れが取れ、美容にもいい。最近の研究では、気持ちを落ち着けて、対人関係を良くすることも分かってきました。それら入浴の効果を高めるのが入浴剤です。現在は80品目ほどを販売しており、そのどれもが洗濯利用が可能です。入浴と入浴剤、洗濯利用の啓発を通して、体にも水循環にも良い暮らしを広げていきたいと思います」(村松氏)

(聞き手:MizuDesign編集長 奥田早希子)