金融機関は水インフラ産業に魅力を感じるか?

オリックス 島本氏に聞く:水インフラ産業の課題と魅力

公共施設の所有権を自治体などに残したまま、民間事業者が運営する事業形態をコンセッションと呼びます。対象となるのは上下水道、空港、道路など。

オリックスは関西国際空港、大阪国際(伊丹)空港を皮切りに、神戸空港、上下水道分野で国内初の浜松市公共下水道終末処理場(西遠処理区)のコンセッションに参画しています。ある時は機関投資家として、ある時は事業者として関与し、両者の視点でコンセッション事業のビジネス性を評価してきました。

そこで、同社でコンセッション事業をけん引する島本純コンセッション事業推進部長に、投資対象としての上下水道事業の魅力や課題などについて伺いました。(聞き手:編集長 奥田早希子)


島本 純 氏
オリックス株式会社 事業投資本部 コンセッション事業推進部長


この記事のコンテンツ

■投資家の資金はESGなしに動かない
■創意工夫でコスト削減できる魅力
■コロナ禍でも大きなダウンサイドがない魅力
■「テックヘビー」に水インフラを運営できる企業の魅力
■「儲ける」視点で新たなアイデアを生む企業の魅力


投資家の資金はESGなしに動かない

 ――投資判断が財務情報だけではなく、ESGなど非財務情報も重視されるようになってきたと言われますが、実態はどうでしょうか?

今や投資家の資金はESGなしに動かないところに来ています。当社も2020年10月にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に賛同するなどサステナビリティの取り組みを推進しています。

また、機関投資家としても非財務的な視点を持って投資先を見ています。投資先を選ぶ際には必ずサステナビリティを推進するチームが協議先に入り、環境への影響や人権など持続可能性の観点でチェックをおこなっています。

 ――「E」「S」「G」で力の入れ方に違いはありますか。

「G」に関しては委員会設置会社への移行や、監査委員会と報酬委員会の全委員と指名委員会委員の過半数を社外取締役で構成するなど、早くから取り組んできました。

「S」に関しても従前から、多様な人材の活用や働きやすい環境づくりなどに力を入れていました。

「E」については、再生可能エネルギー事業などは積極的に取り組んでいきますが、まだまだやれることはあると思っています。

強みはさらに伸ばし、弱みは補強する。いずれも良くないと評価してもらえない時代だと痛感しています。

投資する時も同じ目線で取り組んでいます。どうすればその会社の強みをいかし社会課題を解決できるのか、また弱みを補強できるか。投資後にそれができるかどうかを考えています。

創意工夫でコスト削減できる魅力

上下水道分野では日本で初めてコンセッションが導入された浜松市公共下水道終末処理場(西遠処理区)(筆者撮影)

 ――オリックスは関西国際空港、大阪国際(伊丹)空港のコンセッション、浜松市公共下水道終末処理場(西遠処理区)のコンセッションへの投資・運営の実績があります。コンセッション事業としてはほかに美術館なども候補となりますが、他インフラと比較して上下水道インフラの事業の魅力はどこにあるとお考えですか。

事業の採算性を見極めて投資するかしないかを判断するわけですが、単純に言えることは「上下水道コンセッションは事業として魅力的なので投資する」ということです。

関西空港のような空港事業は、新たな航空会社の誘致であったり、免税店を作ったり、トイレをきれいにしたりして利用者を増やし、それで売り上げが伸び、収益が上がる。頑張れば儲かるという分かりやすい構図なので、誰が見ても魅力的だと思います。

これに対して上下水道事業は、人口減少下では売上を増やすのは難しい。となると収益を増やすにはコスト削減をすることになります。手っ取り早いのは人員削減ですが、そうではなく民間の創意工夫で何とかしたい。それができるかどうか。

海外で上下水道事業のコンセッションが行われているのだから、日本でもできないはずはありません。上下水道では日本初のコンセッションとなった浜松市での取り組み当初はまだ、コスト削減の方法は「仮説」的でしたが、徐々にその仮説が正しく、民間の創意工夫でコストを削減できることが確実視できるようになってきました。漠然と「いい」と思っていたものが「魅力」に変わってきています。

――仮説とは具体的には?

保守点検をできるものは内製化したり、3月に集中しがちな工事を平準化するなどの取り組みが実施されています。

そのほか現場では、コツコツと細かく取り組んでおられます。上下水道に従事される方は本当にまじめで、頭が下がります。

コロナ禍でも大きなダウンサイドがない魅力

オリックスは関西国際空港など空港コンセッションにも参画しているが、コロナ禍では上下水道事業よりダウンサイドの影響は大きかった(写真:オリックス提供)

――とはいえ上下水道事業の場合、人口減少に伴う利用者の減少、施設の老朽化に伴う更新投資の増大など、マイナス要素も多い。それでもなお魅力的ですか?

 上下水道にはもう一つ、大きな魅力があります。安定性です。コロナ禍でそれを痛感しました。空港は一気に利用者が減りましたから…。上下水道事業は大きなアップサイドは見込みにくいですが、大きなダウンサイドもなく、長期で安定しています。

機関投資家として短期に投資回収する視点もありますが、一方で長期的に安定性のある事業も魅力的です。関空・伊丹コンセッションは事業期間が44年とかなり長期で「よくやるね」と言われることもありますが、期間トータルで利益が見込める案件ならやります。

こうした思想はコンセッション、特に上下水道コンセッションとは親和性が高い。再生可能エネルギー事業などもそうです。

――「魅力あり」、つまり投資するという判断を下す際の指標とは?

IRR(内部収益率)は第一の判断材料にしています。しかし、IRRが高ければいいというわけではありません。着実に回収できるか、事業の安定性を踏まえ、IRRが適正かどうかを見極めています。

「テックヘビー」に水インフラを運営できる企業の魅力

 ――では上下水道事業に携わる企業の魅力はどうでしょうか?

 上下水道は「テックヘッビー」な事業ですから、技術が分かる企業はとても魅力的です。

 ――「テックヘビー」とは?

 社内用語で、技術が重視されるというような意味です。

 空港事業にも技術は必要ですが、上下水道ほどではなく、当社が代表企業となることもできます。ターミナルを建設し、商業施設を誘致し、といった流れが不動産開発と類似点が多く、実際、空港コンセッションでは三菱地所なども請け負っています。

 一方、上下水道事業の場合、事業を受託する民間コンソーシアムに当社が経営や財務で参加することは多いですが、代表企業となることは難しい。水処理から汚泥処理、管路まで幅広く技術がわかる企業でなければ、代表はできないと思います。

 ――とはいえもう作るモノはほとんどありません。「テックヘビー」な要素をこれまでのように整備にばかり振り向けるのではなく、いかにうまく使って運営するかに舵を切っていく時期だと思います。

確かに人口が減っていくので、今までと同じやり方では、上下水道も道路も日本のインフラはボロボロになってしまうでしょう。かといって一般会計からの繰り入れも今後は難しい。予算をつけようにも、これまでのように議会を通していたら時間がかかり、フレッキシブルに対応できません。

であれば公共事業を民間に任せ、決まった予算の範囲内で創意工夫をして運営してもらう。今はこの方向に進みつつあり、中でもコンセッションならかなり民間の自由度は高まると思います。

官直営であれば使えない仕様の設備であっても、コンセッションなら同じ性能で安価な設備を導入できます。

性能は担保しつつ、設備の価格や工事の時期は民間の裁量によって決める。それがコンセッションなら可能です。上下水道事業も同じです。

「儲ける」視点で新たなアイデアを生む企業の魅力

――企業性悪説で、民間に任せると設けることばかり考えて上下水道料金が高くなる、としてコンセッションを毛嫌いする声も聞かれます。

民間は儲けることを考えますが、それは悪いことではありません。儲けようと考えるところから、新たなアイデアや工夫が生まれてくるのだと思います。

下水道はタダにしろ、という人もいるようですから、料金に関しては啓発活動も重要だと思います。例えば下水処理場の社会見学に来た小学生に、うんちとおしっこの処理におうちの人がお金を払っていること、それが足りないと税金から補填していること、を教えるくらいの覚悟が必要かもしれません。

 ――ありがとうございました。