Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の側面から企業を評価して投資先を選ぶESG投資が活発になってきましたが、では実際にどの企業に投資すればよいのでしょうか。“いい会社”を見極める情報源として世界の機関投資家が注目しているのが、国際NGOのCDPが取り組んでいる「CDPウォータープロジェクト」です。
世界2,000社以上が参画する情報開示プロジェクト
CDPは前回の連載にも登場しました。水リスクには「物理的リスク」、「評判リスク」、「規制リスク」の3つがあり、それらによって「水に関連する課題がビジネスの実現性を損なう可能性」を水リスクとして定義している団体として紹介した国際NGOです。2000年に英国で発足しました。
CDPウォータープロジェクトでは、世界の主要なグローバル企業に毎年1回、水リスクに関する質問書が送付されます。受け取った企業はそれに対する回答書を作成して提出し、CDPはその情報のすべてをサイトで開示します。
CDPからの質問状に回答することは、もちろん義務ではありません。にもかかわらず、回答する企業は年々増えています。2017年は4,653社に質問書が送られ、2,025社が回答しました。前年の回答企業数1,432社から飛躍的に増えています。この数字からも、CDPの取り組みを無視できないと考える企業が増えていることが分かります。ちなみに日本企業だけを見ると、質問書は342社に送付され、そのうち回答したのは176社でした。
なぜ、義務でもない質問書に、企業は回答するのでしょうか。その背景には、CDPの取り組みに賛同する機関投資家の存在があります。2017年の同プロジェクトには世界639の機関投資家が署名し、その運用資産総額は69兆ドルにのぼりました。それらの機関投資家に対し、企業の回答書はもちろん、CDPによる分析結果も含めてすべての情報が開示されるのです。
ここで重要なことは、機関投資家そのものの行動原理が変化してきていることです。これまでは短期的な利益を重視する傾向が強かったのですが、前回の連載で紹介したように、国連が2006年に「責任投資原則」(PRI、Principles for Responsible Investment)を提唱したことをきっかけとして、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)にも優れた企業こそが長期的に見て持続する“いい会社”であると評価されるようになっています。そうした会社に投資するESG投資が近年、増えているのです。
CDPの質問書に回答することは、水に関する、とりわけ「E」(環境)の側面に関する企業の姿勢を、機関投資家に対してアピールすることと同義です。そして、ESG投資を重視する機関投資家にとって回答書は、投資先を選定する際の判断材料になるわけです。言うまでもなく、投資は企業活動の源泉です。投資を得たいならば、機関投資家に“いい会社”として評価されなければなりません。そのためにはまずは回答すること、さらには少しでもいい答えを返そうとするのが企業心理というわけです。
2017年は日本企業12社がAリスト入り
CDPウォータープロジェクトで開示された情報が機関投資家の判断材料になることに加え、企業が同プロジェクトを無視できないもう1つの理由があります。それが回答内容をもとに行われるスコアリングです。AからDまでの4段階があり(表1)、それが実質的な企業の格付けになっているのです。
表1 CDP回答評価
2017年にAリストに入った企業は全74社あり、うち12社が日本企業でした(表2)。ソニーやトヨタ自動車など一般企業のほか、上下水道のパイプや運営管理などを手掛けるクボタ、排水浄化用の膜処理装置などで知られる三菱電機といった水企業も名を連ねています。水に配慮したモノづくりを行う企業だけではなく、そうした企業を支える企業も健闘していることは素晴らしいと思います。そして、Aリストの企業が投資を通じて“いい会社”として育っていくことで、持続可能な水循環、ひいては持続可能な社会につながっていくことが期待されます。
表2 CDPウォータープロジェクト2017・Aリスト(日本企業)
大手企業がサプライヤーに情報開示を要請
本連載をお読みいただいている方の中に「自分の会社はグローバル企業でもないし、上場もしていないから関係ない」と思っている人はいませんか? そんな油断は大敵です。
確かにCDPウォータープロジェクトは、グローバル企業を対象にしています。したがって、上場する大手企業がほとんどです。だからといって、その他の企業が無関係というわけではありません。
同プロジェクトには、サプライチェーンプログラムがあります。同プログラムに参画する大手企業は、サプライヤーに対しても水に関する行動を求めます(図1)。2017年には回答した日本企業176社のうち35%が参画し、サプライヤーに対して水の使用量などの報告要請を行いました。
図1 サプライチェーンプログラムの流れ※2
つまり、同プログラムに参画する大手企業のサプライヤーは、たとえCDPウォータープロジェクトの対象にならない、日本国内だけで事業展開するドメスティック企業であろうと、CDPからの質問書に回答しなければなりません。同プロジェクトの網から逃れられないということです。同プロジェクトでは2017年に全世界4,653社に質問書を送付しましたが、そのサプライヤーまで含めると対象となる企業数は飛躍的に増えることになります。
同プログラムが始まったのは2014年からです。日本ではまず日産自動車と花王が参画しました。次いで翌年にトヨタ自動車が参画したのですが、その際には一部の取引先だけを対象としたものだったにもかかわらず、「トヨタショック」※3と騒がれるほどのインパクトをもたらしました。
あるシンクタンク職員は「水リスクは見えにくいので不安が増大している。いずれ収束するかも」と話していました。とはいえ水という評価軸が無くなることはないでしょう。まずは水リスクに向き合い、できていないことも開示していく姿勢が必要ではないでしょうか。
(MizuDesign編集長:奥田早希子)
※1 「CDPウォーターレポート2017:日本版」
※2 環境新聞「『水』が決める企業価値③企業間取引でも「水」評価へ」2016年2月10日筆者執筆
※3 日経ビジネスONLINE「”トヨタショック”走る。自動車業界に「水リスク」急浮上 世界の投資家が注目する「CDPウォーター」」
←第5回「ESG投資②:運用資産総額は8,900兆円超に到達」
※本連載は月刊「用水と廃水」への投稿を、発行元である産業用水調査会のご厚意により転載したものです。