【寄稿】「想定外の罠」からの脱皮

山本卓朗シビルNPO連携プラットフォーム代表理事

「想定外の罠」から脱皮し災害犠牲者を無くすには

豊かな水の恵みを享受している我が国は、一方で暴れ回る水の猛威に多大な犠牲を強いられてきた。武田信玄が工夫した釜無川の信玄堤や徳川家康の利根川東遷など治水に努力した歴史は全国でみられるが、日本人の多くは自然災害に耐え、諦め、祈りながら過ごしてきた。

しかし明治以降、急速に近代化を進める中で、自然災害も技術力で食い止めるべく防災への取り組みを本格化させ、第2次世界大戦直後には、戦後の復興を妨げる多くの大災害が発生したものの、それらの経験を活かして着実にハード面での防災対策を強化してきた。

しかしながら、阪神淡路大震災そして東日本大震災を経験し、さらに今後、東南海地震や巨大台風などが予想されるなかで、もはや構造物の強化というハード面だけで対抗できるレベルではないことを広く国民が思い知る時代になった。

そして今後の防災は、ハード対策(一定の災害レベルまでは構造物で対抗する)とソフト対策(そのレベルを越える大規模な災害に対しては、避難などのソフト対策をもって犠牲者を無くす)、すなわち防災およびかねてから専門家が提唱してきた減災を両輪として進めるという考え方が社会通念として定着しつつある。

2度の大震災と土木界の動き

さて2度の大震災で「想定外」という事態に直面した土木学会はじめ土木界の動きを振り返ってみたい。

1000年に一度という津波で、営々と積み上げてきたインフラを一瞬の間に破壊された土木技術者や原発関係者から、思わず「想定外」という言葉が発せられ、多くの批判と議論を引き起こした(柳田邦男著「想定外の罠」など)。

土木学会では、いち早く地盤工学会・日本都市計画学会とともに3学会長共同緊急声明をだし「今回の震災は、古今未曾有であり、想定外であると言われる。われわれが想定外という言葉を使うとき、専門家としての言い訳や弁解であってはならない。このような巨大地震に対しては、先人がなされたように、自然の脅威に畏れの念を持ち、ハード(防災施設)のみならずソフトも組み合せた対応という視点が重要であることを、あらためて確認すべきである。」と述べている。

そして社会においても、安全に対する通念が変化してきたことが様々な報道から読み取れるようになった。


実は1995年に発生した阪神淡路大震災でも「想定外であった」という技術者の発言に対して土木学会が多くの批判を受けた経験がある。大都市の真ん中で起きた直下型の地震により復興の要となる新幹線や在来鉄道そして高速道路構造物が軒並み倒壊し復興への大きな障害となった。このため急遽コンクリート構造物等の設計指針を抜本的に見直すこととなった。

しかし発生した地震動の強さが従来基準としてきた関東大震災のレベルをはるかに超えるという事態を受けて、地震動の強さをレベル1、レベル2という2段階で考えることとし、レベル1は構造物の供用期間内に1~2度発生する地震動の強さ、レベル2は大規模なプレート境界地震や内陸型地震動のように発生確率が極めて低い地震動の強さにわけて設計指針を示した。そしてレベル2に対しては損傷が発生しても全体が崩壊することが無く早期復旧を可能にするという極めて現実的な設計方針を示した。

その後2004年には新潟県中越地震により再び大きな被害を経験しつつも、交通機関を中心に耐震補強工事を継続して実施してきたため、東日本大震災では、地震による高架橋の倒壊といった事態は免れた。しかし1000年に一度という未曽有の津波被害を受け、再び想定外の議論に直面することとなった。

津波外力については既にレベル1、レベル2の2段階での考え方が示されてきたが、改めて見直しを行い、レベル1は構造物の供用期間内に1~2度発生する強さの津波としてハード的に対抗する(防災)、レベル2は発生確率が極めて低い1000年に一度くらいの最大級の津波として、避難などにより対応する(減災)こととした。

「社会安全」の3つの視点と技術者の意識改革

土木学会では、減災という概念が本格的に取り入れられる状況の中で、土木技術者の役割をどう考えるのか、震災特別委員会の中に「社会安全研究会」を立ち上げ議論を進めた。そして土木技術者の責務として、単なる構造物の安全に留まらず、避難誘導や防災教育まで含め、幅広く社会全体の安全にも注力すべきではないかという考えのもとに、とかくハード面に集中しがちな技術者の意識改革を合わせて進めることとした。

社会安全という幅広い概念で考えると、私たち技術者は常に三つの視点・立場を併せ持っている(持たなければならない)ことに気付く。すなわち、

 ・設計者の立場
構造物の設計者は、まず外力を想定することから始まるが実際の災害時に外力がオーバーしたときは、“想定外”になってしまう。すなわち設計者の立場だけでは、技術者としての責務を全う出来ないのである。

 ・事業者の立場
鉄道や原発、コンビナートなど大規模システムのオペレーションに従事している立場では、自己の専門分野だけでなくシステム全体を俯瞰して安全を確保することが要求される。たとえ津波を被っても、電気と水が確保出来ていれば、原発のメルトダウンは防げたのではないかという議論があるということである。

 ・市民の立場
市民の立場で考えれば、たとえ橋が壊れても洪水が来ても、命が助かるかどうかが問題なわけで、技術者も“家に帰れば一市民”であり、その専門性を生かしながら、市民の立場で減災に関わる責務がある。

技術者がこの3つの立場を常に意識して行動すれば、想定外という罠に陥ることなく、防災と減災をバランスよく進めることが出来ると思う。

このような考え方を土木技術者に伝えるために土木学会倫理規定へ「社会安全」を盛り込み、今後の技術者教育等に役立てることとした。新しい倫理規定の行動規範第3項に(社会安全と減災)を規定し、「専門家のみならず公衆としての視点を持ち、技術で実現できる範囲とその限界を社会と共有し、専門を超えた幅広い分野連携のもとに、公衆の生命および財産を守るために尽力する」とした。

「社会安全」という言葉にこだわり、倫理規定への盛り込みにも尽力してきた一技術者として、災害や事故で「想定外」という言葉が死語になることを切に願うものである。

 

寄稿者:山本卓朗シビルNPO連携プラットフォーム代表理事
東京大学工学部卒。国鉄入社。主に首都圏鉄道プロジェクトの建設・調査・将来計画業務に従事。JR東日本において、東北・東京工事事務所長、建設および開発事業担当常務、グループ会社社長を経て、2002年鉄建建設㈱代表取締役社長。2011年5月第99代土木学会会長。現在は一般社団法人未来のまち・交通・鉄道を構想するプラットフォーム会長、NPO法人シビルNPO連携プラットフォーム代表理事

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