【3.11】記事から振り返る東日本大震災

水インフラのリスクマネジメントのかなめは「人」だった

 東日本大震災から9年が経過しました。当時、水インフラの視点でリスクマネジメントの専門家にインタビューしたり、発災から1月後には現地に赴いて自治体の上下水道の担当部署や企業の取材を行いました。当時の記事を改めて読み返し、今後の防災・減災につながるキーワードをまとめておきたいと思います。

あいさつから始まるソーシャルリスクマネジメント

被災した浄水場(筆者撮影。本文とは関係ありません)

 リスクマネジメントの専門家は「ソーシャルリスクマネジメント」の重要性を指摘していました。行政と企業、住民などの連携、上下水道や鉄道など各種インフラ事業の連携によって、安全・安心なまちづくりを実現しようとする考え方です。

 ソーシャルリスクマネジメントで思い出されるのは、東京電力による計画停電のエリア内に浄水場が含まれていたことです。停電で給水がストップすれば、命にかかわる事態が想定されます。そうならないようにこうしましょうと、インフラ事業間でいざという時のことが話し合われていなかったのかと驚きました。

1つの危機への対応が、結果として他の危険を招いてしまう。専門家はこれを「安全のハレーション」と呼び、それを避けるためにさまざまな安全の視点を整理すべきだと指摘しています。それがソーシャルリスクマネジメントです。

東京電力の一方的な決定を悪とする業界紙もありましたが、それでは問題の本質を見失います。ソーシャルリスクマネジメントが不足していたと考えるべきでしょう。

そして、ソーシャルリスクマネジメントを機能させるには「1カ月に1回でも関係者が顔を合わせ、こういう時はこうしましょうとシミュレーションすること」が重要で、あいさつを交わすだけでも違ってくるとのこと。そんなことか、と思いつつ、基本的なことこそ大事なのだなあと思った記憶があります。

迅速な判断と対応を可能にした「現場力」

現地の自治体や企業も取材させていただきました。ポンプ車や仮設トイレの手配、下水処理場の応急復旧などが、迅速な判断のもとで着実に実行されていました。マニュアル通りにいかないことが多い中、現状を把握し、何を優先すべきかを的確に判断する「現場力」を感じました。

ある下水処理場では、放流ゲートを電動でも手動でも解放できず、やむなく破壊しました。未処理の汚水を放流することは下水道事業者として忸怩たる思いだったと思いますが、そうしなければ町中に汚水が溢れてしまう。それを避けて放流ルートを確保することがBCP(事業継続計画)での最優先事項とされており、マニュアルには載っていない「破壊」という判断を下すことができたのだと思います。

小規模自治体では上下水道担当の職員が少なく、あるいは他業務と兼務していたりして、発災直後は避難所の設営などに駆り出され、上下水道施設への対応が難しいこともありました。そこで力となったのが、他自治体からの助っ人でした。官官連携です。

民間企業も復旧作業に奮闘しました。上下水道施設の維持管理を請け負っている地元企業では、受託業務には「災害復旧」が含まれていなかったものの、社員の皆様は地元企業としての思いに突き動かされるように管路の点検や被害状況の調査、自治体が行う給水作業の支援などに奔走したそうです。

「マニュアルに縛られず、1人1人が瞬時に判断できたから」という当時の社長の言葉が印象に残っています。

最後に頼れるのは人間

取材させていただいた先々で「マニュアルにないことがたくさん起こった」との声を聞きました。そこで最適と思われる判断を下すには、その時々の現状把握、優先順位付け、時にマニュアルを逸脱する勇気、そしてさまざまな連携。「最後に頼れるのは人間」という自治体職員の方の言葉も忘れられません。

復旧は上水道から進むのが一般的ですが、下水道の復旧が遅れている中で水道水をたくさん使ってしまうと、下水道管や処理場で受け入れきれなかった汚水が街中に溢れる恐れがあります。「そうならないように『小』なら2回ためてから流すようにしています」という被災地の住民の声にも出会えました。

自治体であれ、企業であれ、住民であれ、「地域のために」という思いが復興の力になる。そう感じました。果たして今の自分にその気持ちがあるのか。自問自答しようと思います。