「No 農家、No 下水道」の時代が始まった

持続可能な下水道サービスのカギを握るのは農業だ!

「No 農家、No 下水道」農家なしに下水道サービスは存続できない

え、そうなの?

そう思う人が大半だろう。関係があるとは思えない両者だから、それも致し方ない。しかし、昔はし尿がたい肥として利用されていたことを思い返せば、農業と下水道が深く関係することに容易に気づく。

実際、下水処理の過程で発生する下水汚泥には、作物の栄養となる多くの有機物(バイオマス)資源が含まれる。リン肥料を輸入に頼るくらいなら、下水汚泥を昔のようにたい肥として使えばいいと思うが、含有される重金属を懸念する声に農地還元はとかくかき消されがちであった。

ところが今、下水汚泥の農業利用に熱い視線が注がれている。「壁」を越えるべく奮闘する農家が仲間に加わることで「農業活用」の可能性が大きく開けてきたからだ。そんな農家の一人が北海道岩見沢市の峯淳一さんだ。

農業を下水汚泥のバイオマス利用拡大の起爆剤に

2019年度の下水汚泥発生量は乾燥状態で234万トンであり、ここ20年ほどはほぼ横ばいが続いているものの、88年度と比較すると約1.7倍に増えている(図1)。従来は廃棄物として埋め立てなどで「処分」されてきたが、含有するバイオマスをエネルギーや農業などに「活用」する方向へと国を挙げて施策転換が進んできた。

図1 下水汚泥のマテリアル利用状況の推移(国土交通省下水道部サイト掲載の図を一部加工)

とはいえバイオマスとして活用されているのは、19年度時点で35%にとどまる(図2)。このパーセンテージを上げるには、農業利用を拡大することが一つの手段であり、そのためには多くの農家に下水汚泥を肥料やたい肥などとして活用してもらう必要がある。

図2 下水汚泥中のバイオマスの利用(2019年度、国土交通省下水道部サイト掲載の図を一部加工)

埋立地を新たに確保することが難しい中、下水道サービスを持続させる一つのカギは、下水汚泥の有効活用、とりわけ農業活用という下水汚泥の出口戦略が握っていると言っても過言ではない。

「人が出したものが人に戻る」本当の循環を目指して

写真1 2015年に峯さんの田んぼで稲刈り体験をさせてもらった(左:峯さん、右:筆者)

峯さんは2009年から、下水汚泥由来のたい肥を使った「循環型農業」を実践している。その農場を15年に訪問した際(写真1)、稲刈り体験をさせてもらいつつ、循環型農業の話を聞いたことがある。

下水汚泥由来のたい肥は施肥前に熟成が必要なため田んぼの横に積まれていたのだが、雨が降るとそこから肥料成分が溶けて田んぼに流れ、栄養過多で稲が倒れることもある、とか、水分量が多くて重い下水汚泥の施肥にはノウハウが必要など、言葉の端々から下水汚泥の農地利用が容易ではないことが伝わってきた。

峯さんはもともと父親からたい肥の製造を受け継ぎ、有機栽培に取り組んでいた。そのまま有機栽培だけを続けていたなら、そこまでの苦労はしなくてすむはずだろうが、それが分かっていてもなお、下水汚泥の活用にこだわり続けてきた。

「岩見沢では冬に雪が積もるので、たい肥製造も失敗の連続でした。そんな時、市役所下水道課に務めていた高校時代の同級生に進められ、下水汚泥と稲わらを混合したたい肥づくりを始めました。やっていくうちに土づくりや栽培の面で効果を実感でき、それからはのめりこみました。人由来の有機物が、食物となって、人に戻ってくる。それで健全な土も作れる。それって本当の循環だと思うんです」(峯さん。以下同)

もみ殻と下水汚泥の最適な配合など、下水汚泥を農地利用するために様々なノウハウを独自に編み出したが、それらを惜しむことなく近隣の農家に伝え、循環型農業を普及させ、仲間を増やしてきた。

重金属は生物の「必須元素」でもある

下水汚泥をたい肥に使い始めた当初、胃がんが見つかった峯さんは胃のほとんどを除去した。医師からは、5年後の生存率は30%と宣告もされた。

それから12年が経過し、今では岩見沢市内で発生する下水汚泥はすべて農地還元されている。これまでの軌跡は、峯さんにはひときわ長く感じられたことだろう。

循環型農業を実践する農家仲間も増えたが、最初は敵対する農家も少なくなかった。彼らの多くは、下水汚泥に含まれる重金属への懸念をぬぐい切れなかったのだ。

「下水汚泥を使う仲間が増え始めた時期と、下水汚泥に含まれる重金属を心配する農家が出てきたのが同じ時期でした。そんなものを農地に還元するやり方は不適切だ、という表現が使われたこともありました」

下水汚泥中の重金属がたい肥や肥料として農地に散布されると、農作物がそれらを吸収し、最終的にそれを食した人体に悪影響を及ぼす可能性は確かに捨てきれない。また、農地に蓄積すると、農作物そのものの発育を遅らせたりすることもある。

しかし、重金属のいくつかは、植物やヒトが生きていくために欠かせない必須元素でもある。

「汚泥肥料中の重金属管理手引書」(農林水産省)が対象とする元素は、ひ素、カドミウム、水銀、ニッケル、クロム、鉛の6元素あるが、うちニッケルは植物の必須元素でもある。

「農用地における土壌中の重金属等の蓄積防止に係る管理基準」(環境省)の管理指標として指定されている亜鉛は、ヒトにとっての微量必須元素であり、皮膚や粘膜の健康維持、味覚を正常に保つとしてサプリメントも販売されている(写真2) 。植物にとっての必須元素でもある。

写真2 下水汚泥由来の重金属を含むとして農地還元や作物の安全性を懸念する声があるが、植物や生物に必須の元素も多い。亜鉛はサプリとして販売もされている(筆者撮影)

「鉛も少ないと野菜や果実などは生育が悪くなります。人間が健康のために亜鉛のサプリを飲むのと同じように、農作物が健康に育つためにも亜鉛は必要です。重金属という用語は不安を感じさせるので、農作物の生育に必要な『必須元素』だと認識してほしいです」

第三者認証の取得で安全性を担保

下水汚泥由来たい肥の安全性を伝えることにも熱心に取り組んできた。含有量や土壌中の残存量、植物中の含有量に関する科学的データを蓄積することはもちろん「JGAP」と呼ばれる認証制度の取得にも取り組んできた。

JGAPとは「食品安全・労働安全・環境保全・人権福祉など持続可能な農場経営への取組みに関し、日本の標準的な農場にとって必要十分な内容を網羅した基準」(日本GAP協会ホームページより)である。峯さんはこの認証を19年に取得し、2021.年にはさらに管理項目が60項目も多いASIAGAPの認証も取得した。

下水汚泥だけのたい肥では審査員に門前払いされるかもしれないと考え、下水汚泥を1/3ともみ殻を混和して完熟たい肥を製造するということを重点的に説明しました。重金属のことも正直に伝え、含有量などの科学的データを提示して間違いなく安全であることを強調しました。その結果、循環型の取り組みとして高く評価していただけました」

2種類のGAP取得に際し、事前に息子と一緒にASIAGAP指導員となり、私はJGAP審査員資格を取得した(写真3)。

写真3 JGAP審査員研修合格証(峯さん提供)

息子からはそこまでする必要はないと言われたが、大病を患った経緯から、資格取得を通して息子に土づくりの大切さ、農業経営のありかたを伝えたかったという。

鍵は農家ニーズに応えること

峯さんの田んぼで収穫されたお米。とてもおいしい

これまでも様々な下水汚泥の有効活用に挑戦がなされてきた。レンガやスラグなどはその一例だが、いずれも定着したとは言い難い。下水汚泥の消化ガスから水素を製造する取り組みにしても、燃料電池車の普及が遅れたのでトーンダウンしたという話も聞く。

その要因の一つとして、顧客ニーズに即していなかったこと、そのため使ってくれる人が少なかったことがあげられる。以前に日本下水道協会の岡久宏史理事長と対談させていただいた際、岡久氏もこう指摘していた。

「下水道から再生水や下水汚泥が出るから何かに使おう、下水汚泥からレンガができた、ガスができた、どうぞ使ってください、という発想ではうまくいきません」(記事はこちら)

顧客ニーズとは無関係に製造された汚泥製品は、当然ながら捌け口が少ない、もしくは、無い。下水汚泥の農業利用も同様の側面があり、もともと下水汚泥に含有する重金属を忌避する心理的ハードルが農家にも消費者にもある。過去と同じ轍を踏んで、農家が下水汚泥由来の肥料やたい肥を使ってくれない可能性を大いに秘めている。

それを回避するには、過去の失敗に学び、これまでのように下水道管理者だけで活用方法を考えず、顧客と協働し、農家に使い続けてもらえる製品と環境を整備することだ。どのような形状のたい肥であれば施肥しやすいのか、農家はどのような懸念を抱いているのか、など、農家が仲間に加われば農家にしか分からないノウハウを確立しやすい。農家ならではの現場感を施策に取り込むこともできるし、行政には難しかった農家から農家への伝播にも期待できる。

行政に「やれ」と言われるより、農家の成功事例と現場の声こそが、別の新たな農家を動かす力を持ち得る。その意味で峯さんの存在は大きい。

求められる「売れ続ける」環境づくり

峯さんは今では、下水汚泥由来たい肥の「伝道師」と呼ばれるようになった。下水汚泥を農地利用したい農家からノウハウを伝授してほしいという依頼が舞い込むことも増え、日本各地を駆け回っている。

そんな峯さんをもってしても、ヒ素だけは対処が難しいという。今後、下水処理あるいは汚泥処理の過程でヒ素を除去する新技術の確立が望まれる。

そして、下水汚泥由来たい肥で育った農作物が差別化され、ブランディングされ、農家の手間に見合う価格で流通し、さらに消費者が手軽に気軽に購入できるECサイトのような場も必要だ。汚水や雨水を集めて処理するだけではなく、そこまで領域を拡大してこそ、これからの「下水道サービス」である。

編集長:奥田早希子

環境新聞への投稿をご厚意により転載させていただいております