Webジャーナル「Mizu Design」では2026年7月、富士山科学研究所長の藤井敏嗣氏へのインタビューを通じて、富士山噴火による首都圏の「広域降灰」リスクを取り上げた。
(知られていない災害「広域降灰」にどう備えるか)
富士山で大規模な爆発的噴火が発生すれば、その影響は火山周辺だけにとどまらない。風に運ばれた火山灰が首都圏にも降り積もり、鉄道や道路、物流、電力など、都市機能に広範な影響を及ぼす可能性がある。前回のインタビューでは、私たちの多くが経験したことのない「広域降灰」という災害の実像と、それに備える必要性について藤井氏に聞いた。
では、私たちの暮らしを支える水道や下水道はどうなるのか。
前回の取材を受け、水道・下水道を中心とする社会インフラへの影響をさらに掘り下げるため、藤井氏に追加インタビューを行った。
広域降灰はどのくらい続くのか。火山灰が水道や下水道に入り込むと何が起きるのか。降灰と豪雨や地震が重なったらどうなるのか。そして、都市から除去された膨大な火山灰をどこへ持っていくのか。
さらに、首都圏に暮らす住民や事業者は、平時から何を知り、何を備えておくべきなのか。
今回は「広域降灰×水インフラ」を軸に、前回のインタビューからさらに一歩踏み込み、藤井氏に具体的な見解を聞いた。
企画・取材・執筆:広域降灰取材班
水インフラマネジメント大学受講生有志
・榊原隆(八千代エンジニヤリング)
・所三枝(中日本建設コンサルタント)
・松尾夢乃(日本水工設計) 他2名
奥田早希子(Webジャーナル「Mizu Design」編集長)
首都圏に「灰が降る日」。何が起きるのか
――広域降灰はどのくらい続き、どの程度の被害になるのでしょうか。
1707年の宝永噴火は約16日間続きました。このため、同規模の噴火であれば、2週間程度にわたる降灰を想定する必要があります。
一方、同程度の規模の噴出物が1~2日程度の短時間で放出されるプリニー式噴火も考えられます。
重要なのは、噴出物の総量だけではありません。同じ量の火山灰でも、数時間で降るのか、数週間かけて降るのかによって、被害の様相は大きく変わります。防災計画では、両方のケースを想定する必要があります。
噴火継続期間による被害イメージ(取材をもとに取材班作成)
| ケース | 継続期間 | 想定される課題 |
| 集中型 | 1~2日 | 短時間で交通・上下水道などの都市機能に大きな影響 |
| 宝永型 | 約2週間 | 物流停滞や除灰作業などの長期化 |


「水が使える」は当たり前ではなくなる
神奈川県では『取水できなくなる』リスクが特に大きい
――上水道にはどのような影響が考えられますか。
首都圏では浄水場への降灰が注目されますが、それ以前に、河川からの取水機能が低下する可能性があります。
神奈川県では、富士山東側から流れる河川の影響を受ける水系から取水しているため、火山灰が大量に流入すると、取水に支障が生じる恐れがあります。
一方、東京都は利根川水系など富士山から比較的離れた水源への依存度が高く、神奈川県とはリスクの性質が異なると考えられます。ただし、浄水場の降灰対策は引き続き重要です。
地域別にみた主な水道リスク(取材をもとに取材班作成)
| 地域 | 主な懸念 |
| 神奈川県 | 河川への大量降灰による取水への影響 |
| 東京都 | 浄水施設への降灰・原水水質への影響 |
| 地下水利用地域 | 河川水を利用する地域とは異なる影響が想定される |


最も重要なことは、火山灰を下水道へ流し込まないこと
――下水道ではどのような問題が起きるのでしょうか。
火山灰が管路へ大量に流入すると、管内に堆積し、流下能力の低下や閉塞を引き起こす恐れがあります。一度大量に堆積すると、その除去には大規模な作業が必要になります。
住民が道路や敷地に積もった火山灰を水で流してしまえば、状況をさらに悪化させる可能性があります。
桜島のある鹿児島市では、「克灰袋」と呼ばれる専用の袋に火山灰を集め、指定された場所に出す仕組みがあります。首都圏でも、降灰時には火山灰を下水道や側溝へ流さず、回収・処分につなげる仕組みが重要になります。
何より重要なのは、火山灰を安易に水で流さないことです。
下水道被害の発生メカニズム(取材をもとに取材班作成)
降灰
↓
側溝・雨水ますなどへ流入
↓
下水道管路内に堆積
↓
流下能力低下・閉塞
↓
豪雨時などに排水能力が不足
↓
浸水リスクが増大


怖いのは、灰だけではない
――地震や豪雨などとの複合災害も考える必要があります。特に警戒すべき組み合わせは何でしょうか。
地震との複合災害も重要ですが、特に警戒が必要なのは、火山灰が堆積している状態で豪雨が発生するケースです。
降雨によって火山灰が移動すれば、下水道や都市排水施設への流入が増えます。地域によっては土石流などの発生にも注意が必要です。また、道路に積もった火山灰が水を含むことで、除灰や復旧活動そのものが難しくなる可能性もあります。
首都圏の防災対策では、「降灰対策」と「水害対策」を完全に別のものとして考えるのではなく、複合的な影響を想定しておく必要があります。
約5億m³の火山灰を、どこへ持っていくのか
――大規模噴火では膨大な火山灰が発生します。除去した火山灰をどこへ持っていけばいいのでしょうか。
首都圏で処分が必要となる火山灰は、想定するケースによって数億m³規模になる可能性があります。
これだけの量を短期間ですべて処分するのは現実的ではありません。
まず地域ごとに仮置き場を確保し、一定期間保管しながら、その後の処分や利用を考えていく必要があります。自治体の区域を超えた対応が必要になれば、広域的な調整も重要になるでしょう。
また、すべてを「捨てる」のではなく、火山灰を資材などとして利用できる可能性について検討することも重要です。
火山灰処理の基本的な流れ(取材をもとに取材班作成)
除灰
↓
地域の仮置き場
↓
保管・運搬
↓
最終処分 / 有効利用

インフラを守るために、私たちができること
――首都圏で暮らす私たちは、平時から何を準備しておけばいいのでしょうか。
大規模な降灰が発生すれば、鉄道や道路などの交通機能が麻痺し、物流にも大きな影響が生じる可能性があります。一定期間、物資が十分に届かないことを前提に、飲料水や食料、生活必需品などを備蓄しておくことが重要です。
また、降灰時には、
- 火山灰を水で下水道や側溝へ流さない
- 不要不急の外出を避ける
- 防じんマスクなどを準備する
- コンタクトレンズの使用に注意する
- 降灰の状況や行政からの情報を確認して行動する
といった対応が求められます。
首都圏の住民の多くは、本格的な降灰を経験したことがありません。だからこそ、「灰が降ってから考える」のではなく、平時から降灰時に何が起きるのかを知っておくことが重要です。


広域降灰は「都市システムの災害」である
今回の追加インタビューを通じて見えてきたのは、富士山の広域降灰が、水道や下水道だけにとどまらない「都市システムの災害」だということだ。
水道が止まる。下水道の排水能力が低下する。道路や鉄道が使えなくなり、物流が滞る。電力にも影響が及ぶ――。一つひとつのインフラへの影響が、別のインフラや私たちの生活へと連鎖していく可能性がある。
藤井氏が指摘するように、前兆が現れてからすべての準備を始めるのでは間に合わない可能性がある。
広域降灰は、いつ起こるかを正確に予測することが難しい災害だからこそ、平時から「何が起きるのか」を具体的に想像し、行政、インフラ事業者、企業、そして住民それぞれが、取るべき行動を考えておく必要がある。

