【鼎談】「ウォーターPPP」成功の法則を探る②

過去のPPPの失敗に学ぶべし

下水道機能を維持しつつ新たな価値を創造していくうえで、PPP(Public Private Partnership:公民連携)はひとつの有効な手法であることは間違いなく、先般公表されたPPP/PFIアクションプラン(令和5年改訂版)において「ウォーターPPP」が打ち出されたことでPPPに取り組む自治体の急増が見込まれます。しかし、粗製乱造では生活者のためのPPPが逆に生活者への負担になったり「PPP=悪」と誤解されたり、民間企業の活躍の場が縮小したりして、下水道機能の維持や価値創造が叶わなくなることが懸念されます。 

そこで、PPPに詳しい東京大学特任准教授の加藤裕之氏、東洋大学教授の難波悠氏、EYストラテジー・アンド・コンサルティング インフラストラクチャーアドバイザリーの福田健一郎氏をお招きし、下水道や他分野におけるPPPの成功・失敗要因を振り返りながら、ウォーターPPP成功の法則を議論しました。 (全3回)

東京大学下水道システムイノベーション研究室
特任准教授 加藤裕之氏
東洋大学経済学研究科公民連携専攻
教授 難波悠氏
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
インフラストラクチャーアドバイザリー
福田健一郎氏
進行 Water-n 代表理事 奥田早希子

3)PPPの失敗とは? 

  • 難波氏 PPPの失敗には5つの類型がある 
  • 加藤氏 モニタリングの在り方の議論を 

――ウォーターPPPが失敗するとすれば、どのような要因が考えられるでしょか。 

難波氏 そもそもアクションプランでコンセッションを推進することが目的化しているのではないか。そこに課題を感じます。 

 繰り返しになりますが官の目的を達成する手段のひとつがPPPなのに、最近はPPPそのものが目的化したPPPが増えています。コンセッションとして成り立たないのにとりあえず検討してみようという案件が増え、結果的に官にも民間にもメリットがなく、より良いアウトカムも期待できない。そんな事業が増えています。 

ウォーターPPPをやらないと監督省庁から補助金がもらえないのですから、同じことが起こるのではないかと懸念しています。福田さんが指摘された不調不落が増える要因にもなります。 

 ――東洋大学では上下水道以外にも多くのPPP事例を分析し、失敗を類型化されていますね。ウォーターPPPを失敗させないために参考になると思うのでご紹介いただけますか。 

 難波氏 PPPの失敗を5つの類型で整理しています(表)。 

表 PPPの失敗の5類型

ひとつ目は「目的設定の失敗」です。その事業が商業的に利益を上げられていても、官が設定した目的が地域の特性や課題に合っていないような事例を指します。 

2つ目は「アンバランスの失敗」です。官民の役割分担のアンバランスのことで、リスクがどちらかに過度に偏っているような事例です。官に偏り過ぎれば民の自由度が小さくなり、民に偏り過ぎると事業破綻するリスクがあります。 

3つ目は「非競争の失敗」です。事業者選定プロセスに競争性がない事例です。 

4つ目は「メッセージの失敗」です。官の目的が事業者選定基準に反映されておらず、目的が達成されないような事例です。 

5つ目は「ガバナンスの失敗」です。事業開始後に事業者をコントロールできず、事故が起こるなどの事例です。 

福田氏 上下水道のPPPでは、明らかに整備や運営に失敗したり、途中で事業中断したりといった事例はこれまでのところないと思います。ですが、失敗の5つの類型に当てはめて考えると、一社入札となるPPPも見られますし、有力な地元企業が関わる場合には競争は起きにくいということもあると思います。こうした点が、非競争の失敗として具体的なマイナスを生み出さないようにしないといけません。 

また、PPPのモニタリングについては、日本ではPFI法などにも具体的な規定がなく、各事業で模索しているようなところがあるので、ガバナンスの失敗につながらないようにしないといけないと思います。 

加藤氏 いかにモニタリングしていくかは難しい課題ですね。PPPによって上下水道の運営を民間に任せると官に技術が残らない、だから技術継承のために官がモニタリングしようと言われていますが、モニタリングほどつまらない仕事はないと思います。本当にそれを将来性のある自治体職員にやらせていいんでしょうか。 

モニタリングするだけの部署に配属されたら、ほとんどの若手職員はつまらないと思うのではないですか。実力もつきません。上下水道の職務へのプライドも持てない。気づいたら職員のモチベーションが下がって、腐っていた。そうなることが心配です。実際、問題意識を持ち始めている自治体もあります。PPPが組織のためにならない、という声が上がってくるとウォーターPPPは危険です。 

欧州で水道事業が再公営化された要因のひとつに、モニタリングの負担増があります。想像以上にモニタリングコストが大きくなったので、民間に委託するより自分たちでやったほうが安いと判断されたのです。手間はかかる、コストもかかる。その割につまらない仕事で、将来のスキルアップにもならない。だったらやめよう、と思う気持ちは理解できます。 

いかにモニタリングの負担を減らすか、どのような体制でモニタリングするか。モニタリングの負担を減らす代わりに何をするべきか、まだまだ議論が必要です。 

難波氏 加藤さんがおっしゃるように、自治体がモニタリングのためだけに技術者を雇い続けるのは自治体にとっても負担ですし、本人もつまらないでしょう。それでは若手にしろ中途採用にしろ、入職希望者が現れてくれるかどうかさえ怪しくなってきます。 

指定管理者制度では、業界団体が第三者モニタリング機関を設立するケースがあります。そのほうが単純で分かりやすい。日本下水道事業団などにモニタリングの仕組みを作るとうまくいくのではないでしょうか。 

加藤氏 それはひとつの考え方としてありですね。自治体でなくモニタリング専門機関に大部分は任せてしまう。福田さんの会社ではモニタリングに取り組まれているのではないですか。 

福田氏 そうですね。PPPのモニタリングを支援する中で「事業評価」も重要だなと考え始めています。我々も荒尾市の水道事業包括委託で「事業評価」を支援しました。事業評価なので水質など要求水準書の順守状況などをモニターするのではなく、事業期間の間に有資格者の増加数や、料金徴収における顧客の印象が上がったかどうか、危機管理の体制などを定量的・定性的、外部有識者の意見なども求めながらPPPの成果や改善すべき課題を評価しています。 

モニタリングでは要求水準に適合しているかどうかを地道に検証しなければなりませんから、確かにしんどい業務だと思います。モニタリングと事業評価を分けて考えるのもいいかもしれません。 

加藤氏 荒尾市では、事業がどのように改善されたかを官民双方で考え、その内容を市民に公開していこうというプロジェクトをスタートすると聞いています。PPPの成果を官民がひとつのチームとして一緒に事業評価し、市民にPRしていこうという画期的な取り組みです。 

――一緒に事業評価する過程で官民の連携がより深まりますね。きちんと説明していただければ生活者は安心ですし、PPPへの信頼も深まりそうです。 

加藤氏 官民が一緒にいいモニタリング方法や事業評価方法を考えていくことが大切だと思います。 

4)ウォーターPPPの成功とは? 

  • 福田氏 積極的な広報の展開を 
  • 難波氏 地元企業の育成など地域活性化に期待 

――ウォーター PPPと従来のPPPを比較して、大きく変わったと感じるところはありますか。 

福田氏 ウォーターPPPでは、原則10年の長期契約、性能発注、維持管理と更新の一体マネジメント、プロフィットシェアという4つの要件が示されました。どれも重要ですが、個人的には10年間の長期契約と、これまで分離されていた更新と維持管理を一体化するところの変化が大きいと感じています。 

図 管理・更新一体マネジメント方式の要件(内閣府「ウォーターPPP概要」より)

加藤氏 私は維持管理を柱にしたところですね。新たに作る時期の一巡目は整備起点になりますが、今は二巡目に入り、さらに三巡目となっていくと維持管理起点に転換していかなければなりません。そのコンセプトをしっかりとPPPに入れ、維持管理情報を基に改築計画を考えるという政策をPPPで実現しようという意志を感じます。 

その意志を民間はしっかりと受け止め、業界も変わっていかないといけません。一巡目は全国一律で金太郎あめのような製品をメーカーが作れば良かったのですが、維持管理起点になる二巡目では、維持管理業者が持つ情報を基にして新技術を開発したり、対応を考えたりしなければなりません。これまで別業界で接点が少なかったメーカーと維持管理業者が、今後は連携していく必要があります。 

一方、施設の維持管理の状況などは現場によってさまざまなので、作る時とは異なりオーダーメイドにならざるを得ません。そうなると規模の経済が働きませんから、ビジネスとして成立するのかどうかはやや心配なところではあります。 

難波氏 維持管理側のデータが改築や更新に還元されていないのは、他分野でも同じです。例えば道路の維持管理を民間に包括委託するような事例でも、民側に集まった維持管理データを政策決定に活かされていないことが少なくありせん。維持管理データがあれば問題の起こりやすい道路を絞り込み、優先して補修などができるはずなので、もったいないですね。 

維持管理データを持っている人がより上流に関われると、新しいマネジメントのあり方、DXの活用方法などが見えてくると思います。 

加藤氏 上下水道の場合、維持管理データは官のものとされているのですが、データの使い方を分かっている官は多くはありません。一方、維持管理会社やメーカーは設備などモノは持っていても、そこから得られるデータは中央監視室に入っていてベンダーロックがかかっていて使えない。これでは競争性がありませんし、データの活用が限定されます。 

――上下水道の維持管理データは、民間が計測したとしても官のものなのですか。 

加藤氏 そうだと明確に規定されているわけではありませんが、民間が勝手に利用することはできませんよね。仕様書に明記すれば良いのかもしれません。 

難波氏 フランスでは公共施設系のデータは官のものです。 

――ウォーターPPPを着実に実行するうえでのキーポイントはどこにあると考えますか。 

福田氏 上下水道と工業用水道を含めて225件という数値目標に対し、民間側に対応できるリソースが十分にあるわけではない点は懸念しています。民間のリソースが中・大規模自治体に集中し、より深刻な課題を抱える小規模自治体が取り残される事態が発生する可能性は捨てきれません。小規模自治体が維持管理起点の体制を構築するチャンスなのですが、そのチャンスを逃すことは避けなければなりません。 

今後の持続のために、ウォーターPPPを導入したいと考える自治体が活用できる状態をどう作るか。共同発注や広域化の枠組みも両輪で整備していく必要があると感じています。 

加藤氏 ウォーターPPPのキーポイントとして、低炭素など他の政策も併せて推進されることに期待しています。 

ウォーターPPPの成功とは何か。安価に放流水質を守れればいい。それだけでは寂しいじゃないですか。同時にGXや地域振興が進むことも期待したい。アクションプランでも触れられているローカルPFIには、もっと光が当たってほしいですね。 

ウォーターPPPでは、官と民だから一緒にできること、民だからできることを探してほしい。広域化もそうです。官は域内でしか働けませんが、民間はその枠を簡単に突破できます。その辺りの効果を期待したいです。 

何を成果目標とするか。目的は何か。いろんな視点で探してほしいです。 

難波氏 地場の事業者はウォーターPPPに入りづらさを感じるかもしれません。ウォーターPPPを詳細に理解できている人が少なく、全貌が見えないので実際にどう考えられているかは分かりませんが、例えばGXや脱炭素などの技術や契約管理など手間がかかるところは大手企業が担い、サプライチェーンを地場で育てていく仕組みがあれば地域にもメリットがもたらされます。 

イギリスでもPPPの面倒くさい部分は大手企業が担い、設計施工は地場の事業者が担うケースが多い。地元に上下水道事業者がいなくなると災害時に困りますから、PPPを通して地場の事業者が育成されることには期待したいです。 

ヒトとカネの不足を補うというこれまでの単純な考え方ではなく、民間に委託して地元が潤うような未来を官は考えるべきです。また、将来的に避けられない上下水道の料金値上げについては、官の責任として対応してほしいです。 

――PPPで民間が関与することで、これまであまり生活者には提供されてこなかったコストの情報、老朽化の進行度合いなどといった課題についてもしっかりと伝えられるようになるのではないか。そこに期待しています。 

加藤氏 同感です。ウォーターPPPでは長期契約になりますから、運営事業者に対する市民の信頼がないと事業を継続するのは難しい。不信感を持たれていれば、PPPは失敗します。不信感を誘発するトリガーは料金アップが大きいですが、株主を見た経営をしていることなどもトリガーになりえます。そうならないように生活者との良い関係性を構築する手段が広報であり、その点でも民のアイデアや柔軟性に期待しています。 

――広報の業務も民間に委託されるようになるのでしょうか。 

福田氏 現時点では、維持管理や修繕、更新を一体的に委託する際、広報や災害対応、料金改定に関する分析支援など経営面の支援を含むかどうかという点ははっきりしていないと思います。ただ、こうした点は民間が付加価値を出すことができる非常に重要な要素ですね。10年間という長期間にわたってしっかりと事業に取り組むなら、広報や経営面も民間に支えてほしいという自治体は多いのではないでしょうか。一方で広報するにしてもヒトとカネはかかりますから、それらを事業費に含めることも考える必要があります。 

――上下水道のPPPを手掛けるSPCや、包括委託を受注した民間が広報に取り組んでいる事例はありますか。 

難波氏 事例はありますが、契約期間が短い場合は広報誌を発行したり、現場見学会をしたり、定型化したものにとどまっているものが多いですね。顧客との関係性構築、信頼関係の醸成といったことまでは考えていないと思います。 

「水」はセンシティブな面があるので、地元に10年間向き合うなら広報にきちんと取り組むことは必須です。その意味では3、4年ではなく、10年以上という長期であるからこそ、地元に向き合う覚悟ができるのではないでしょうか。 

加藤氏 特に災害時は地域住民との共同作業が増えます。自助共助の関係を構築するためにも、常時から地元に向き合い、地域の方々との関係性を築いておいた方が良いでしょう。それが信頼関係につながるはず。ここがウォーターPPPを成功させる一番重要なポイントですよ。地域、住民の信頼をいかに得るか。改めて考える良い機会だと思います。 

――生活者の中には料金値上げを受け入れにくい人も多いと思いますが、だからといって知らないところで不足分に税金が投入されていたということのほうがもっと嫌悪感があります。そうしたことも恐れずに、あるがままに現状を知らしてほしいです。 

加藤氏 水は地域ごとに偏在していて、地域性が強い。電気と違って遠くまで運ぶのは非効率ですから。電気事業と同じような将来像を描いてしまうと、ウォーターPPPは地域住民の信頼感を失い失敗するかもしれません。水の文化や流域単位という考え方、市民との関り、地域のお祭りなどの文化まで考慮することもウォーターPPPには重要ではないでしょうか。「水」を単なる商品として扱う感覚でPPPを進めると、思わぬところでほころびが生じると思います。 

左から加藤氏、難波氏、福田氏、奥田

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