下水道機能を維持しつつ新たな価値を創造していくうえで、PPP(Public Private Partnership:公民連携)はひとつの有効な手法であることは間違いなく、先般公表されたPPP/PFIアクションプラン(令和5年改訂版)において「ウォーターPPP」が打ち出されたことでPPPに取り組む自治体の急増が見込まれます。しかし、粗製乱造では生活者のためのPPPが逆に生活者への負担になったり「PPP=悪」と誤解されたり、民間企業の活躍の場が縮小したりして、下水道機能の維持や価値創造が叶わなくなることが懸念されます。
そこで、PPPに詳しい東京大学特任准教授の加藤裕之氏、東洋大学教授の難波悠氏、EYストラテジー・アンド・コンサルティング インフラストラクチャーアドバイザリーの福田健一郎氏をお招きし、下水道や他分野におけるPPPの成功・失敗要因を振り返りながら、ウォーターPPP成功の法則を議論しました。 (全3回)
1)PPPの原点とは?
- 難波氏 公共の目的を明確にすべき
- 加藤氏 期待するのは経営とテクノロジー
――「PPP/PFI推進アクションプラン」(以下、アクションプラン)の令和5年改訂版では、今後10年間でウォーターPPPを水道100件、下水道100件、工業用水道25件、合計225件実施するという数値目標が示されました。これが水インフラを持続させ、生活者の暮らしを良くするための手段として活用されれば良いのですが、数字を追うあまりにウォーターPPPそのものが目的化し、手間がかかるだけで官にも民にも生活者にもメリットにならないとなれば、官民連携(PPP)そのものが否定されるのではないかと懸念しています。
まずは、そもそもPPPは何のために実施されるのか。その原点に立ち返る必要性を感じます。では、何をもってPPPが成功したと言えるのでしょうか。
難波氏 当たり前のことですが、公共側が何をしたいのかを明確にし、公共側がやりたいことが実現される。言い換えれば、公共の目的を民間の効率性であったり、技術ノウハウであったりを活かして達成することがPPPの目的であり、成功だと思います。
――公共側が目指すこととは、具体的にどのようなことでしょうか。
難波氏 それは多様ですね。公共施設を効率よく、質も高く管理したい、あるいは未利用の公有地を使いたい、それによってあんなことがしたい、図書館を新しくしたい、子育てを充実させたいなど。PPPはすべてこうした公共の目的から出発すべきであって、PPPが成功するも失敗するも目的を明確にできるか否かにかかっていると考えています。
――海外ではPPPに期待することや目指すところが日本とは異なりますか。
福田氏 海外のPPPでは、機場と管路を含む事業そのものの運営を長期に民間に担ってもらうという発想が強いですね。契約期間が10年以上の案件が多いフランスは特にそうで、それだけ長期になると事業経営といっても「カネ」だけではなく、人材教育など「ヒト」の要素や、「モノ」の要素にアセットマネジメントも加わり、さらにDXを導入して日々の運営もしっかり回してもらう。そうした事業経営を総合的に民間にしっかりやってもらうという事例が多く見られます。
つまり民間にお願いするのは長期的なマネジメントです。ここが日本の水インフラのPPPで行われている3年間や5年間の包括的な維持管理の委託や、施設を作ることが重視される従来型PFIとは大きく異なる点です。
難波氏 海外と日本の違いは、国ごとの背景の違いによると思います。フランスはコンセッションからPPPが始まっていて、言い方は悪いですが民間が需要リスクをとるなら勝手にやってください、国は積極的に関与しませんよ、というスタンスです。
一方、日本がPFI法のお手本としたイギリスのPFIとも大きく異なっていて、日本は公共事業の効率性を高めることに主眼が置かれていると感じます。官が事業を決定し、民間が受託するという構図は日本に多く見られます。
途上国では公共事業の効率性云々の前に、そもそも民間資金が入らなければインフラを整備できないので、そのためにPPPが行われています。
――フランスのコンセッションでは、官の関与が極端に少ないんですね。ウォーターPPPでは10年後にコンセッションへの移行を視野に入れることとされていますが、日本ではそこまで官の関与が低くなることは想定しにくいですよね。
難波氏 コロナ禍で鮮明になったのですが、例え需要が落ちてコンセッション事業者が経営難に陥ったとしても、それは民間の責任だからということでフランス政府は手を差し伸べませんでした。大前提としてコロナ禍は官民どちらの落ち度でもないので損失を折半はするものの、それ以上は民間の問題だから、会社がつぶれたら早く次の事業者を見つけられるように制度を作ろう、そんな対応でした。
ここが日本とは対応が異なるところです。日本では事業が継続するように民間だけではなく官も対策を考え、官も頑張りましょうというスタンスです。ウォーターPPPに限らず、他分野のコンセッションでもこの考え方は変わらないのではないでしょうか。
加藤氏 私は国土交通省下水道部の職員としてPPP政策を見てきましたし、大学の教員になってからは水インフラのPPPの現場の方々のインタビューをしてきました。その結果として、本来PPPに期待するのは経営ノウハウとテクノロジー、さらには官にはないスピード感だと思うようになりました。ですが、その部分が日本ではまだできていない。それは日本のPPP政策が、不足を補うというやや不幸な始まり方をしたからだと考えるに至りました。
日本では官側にカネとヒトが足りない、だからそれを補うためにPPPという手段が政策的に導入されました。単に官側の不足を補うという発想です。民間に関与してもらうメリットは本来は、官ができないことをやってもらったり、官と民間が力を合わせて新しい価値を生み出したりすることのはず。PPPで民間に期待することがただ「官の代わり」では寂しいと思いませんか。
ウォーターPPPは、PPPの本来の目的を見直したり、自治体が自らの事業を再確認したりする良い機会です。ですが今はそれがないまま「PPPを進めるぞ」というムードだけが盛り上がっているのでやや心配しています。しかも、ウォーターPPPをやらないと管路の改築の補助対象が削られるというペナルティが課せられています。まあ、やったからと言って長期的に補助が保証されるわけでもありませんが。いずれにしても、民間でないとできないことは何か、官と民間が一緒だからできることは何か、それをしっかりと考えてほしいですね。
もうひとつ心配なことは、10年後にコンセッション案件が急増する可能性があるにもかかわらず、日本にはコンセッション事業を担える会社が十分にないということです。日本の上下水道はコンサル、メーカー、維持管理といった具合に分業で整備されてきました。だからこそ効率的に、スピード感を持って普及できたのですが、その結果として全体を統合的に担える会社が育っていません。でも、やらなければならない。難しい問題ですね。産業界を強くする政策も同時に必要です。
2)PPPは何をもたらすのか?
- 加藤氏 コンセッション現場の社員は夢を持つ
- 福田氏 上下水道事業の「産業化」を
――官の人手不足を補おうにも、民間も人手不足ですから、不足を補うという発想ではやがて行き詰りますね。それに、官の「手足業務」だけでは、民間も面白くない気がします。コンセッションは民間の自由度が高いのでやりがいもあると思いますが、一社で担える民間がまだないとなると、ウォーターPPPで10年後はコンセッションへ、という図式も行き詰まりかねませんね。
難波氏 人手不足を解消するにしても、単に民間の人手で補完するのではなく、DXを活用して大きな下水処理場の無人監視を可能にするくらいのイノベーションが生まれればPPPの価値がありますね。
加藤氏 今だから言えることですが、政府がコンセッションを打ち出した時は国の職員だったのですが、その頃はコンセッションにはやや懐疑的でした。ですが、浜松市や須崎市などコンセッションの現場に行き、民間社員の方々と話すうちに、民間の若手が元気になっていることに気づき、考え方が変わりました。
彼らは夢を持っているんですね。これまで官に言われた通りにやってきただけだったのが、コンセッションの現場では事業を良くするために自分たちで発想し、行動できるようになった。それが大きいですよ。
水インフラを持続させるには若手が頼りです。コンセッションには若手を元気にする効果があり、その点で期待感を大きく持つようになりました。若手が元気に働いている職場なら、学生も入ってきますよ。大学で講義をしていても、学生はみなコンセッションに興味を持ちますからね。その点についてはとても期待しています。
――若手が魅力を感じてくれているのはうれしいですね。ウォーターPPPがその期待に応えることにつながってほしいです。
福田氏 確かにそうですね。ただ、上下水道に限らず公共調達やPFI事業での不調・不落が昨今目立つと感じています。物価や人件費の高騰など民間にはコストアップ要素が多くあるにもかかわらず、自治体側は財政や予算の制約がどうしても存在しています。そういう中でもPFI事業においては、VFM(バリューフォーマネー)がどれくらいあるのかという話になるので、民間に任せれば更なるコスト面での効率化が当然という話になります。また、契約期間が更新されるような委託事業では、民間が効率化した分だけ予定価格が削られるということもあると思います。「乾いた雑巾をしぼる」ような形でやり続けることには限界が来ています。
ウォーターPPPがこうした状況の中で進んでしまった場合、官も民間も生活者も誰もハッピーになりませんよ。それを避けるには、行政として事業経営にかかる適正なコスト、きちんと投資すべき対象を考えて予定価格なり、突き詰めれば水道料金設定を考えないと。我々のようなコンサルタントを含めてPFIやPPPに関わる関係者がコストカット的な目線でのVFMばかりをPFIやPPPに追求するのではなく、先ほど加藤さんがおっしゃったような民間が関与する本来の価値を見出していかないと、待っているのは共倒れの未来です。
難波氏 確かに国内のPPP事業はここ3年くらい苦しい状況に直面しています。普通の公共調達の場合、工事の締結後に資材価格が急騰した時はスライド条項やその他の対策を打って対応していますが、PPPは性能発注なので工事費の内訳を提出するといった通常の対策がそぐわない。国も自治体もそう解釈しているようです。ですが、PPPは契約期間が長く、契約規模も大きいので、硬直的にリスクを民間任せにして大丈夫なのかと、その点は懐疑的です。きちんと対応を考えないと、PPPそのものが成立しなくなるのではないかと懸念しています。
――PPPは公共事業や公共サービスを官民が一緒にやっていくものなので、一定程度の行政の関与は必要だと思いますが、一方でサービス利用者から対価をいただいて事業を行う、何と言いますか普通の産業とでも言うのでしょうか、そういった業界に変革していく考え方があってもいいと思います。
加藤氏 そうですね。官が発注し、民間はそれを待っていて受注する。その構図ではだめですね。自治体も民間も進化の時かもしれません。その時の国の役割を整理しておく必要がありそうです。
福田氏 民間企業は、従来の各社の枠組みを超えて、包括的に事業運営を担う企業になるべく、ソリューション開発や人材確保をしていきたいという意欲があると思います。いわば、水に関わる民間業界が産業化していく流れともいえると思います。新たなことに挑戦してみたいという機運の高まりを感じます。加藤さんがおっしゃるように下水道業界は公共事業を受注してきた歴史が長いわけですが、ウォーターPPPをきっかけに産業化へうまく展開できることに期待しています。
難波氏 産業化となると、自律的かつ自立的な経営が必須となりますが、一般的なPPPは規模が小さいと採算が合わない。だからゼネコンは規模を大きくしようとするし、それは上下水道も同じではないでしょうか。果たしてそれが官が求めることなのかどうか。冒頭でお話ししたように、官の目的を明確にすることを忘れないようにしないといけません。その上で民間の目的ややりたいことが一緒になって、価値を生み出していけると良いと思います。
福田氏 経営の視点で言えば、整備の時代に主軸であった設計・調達・建設、いわゆるEPCや電機設備は利益率が高いが、ウォーターPPPで基軸になってくるオペレーションや維持管理は相対的に利益性が低い、という話を聞くこともあります。ウォーターPPP時代にオペレーション基軸への、業界のトランスフォームがスムーズに進むのか、この辺りは国のリーダーシップも重要かもしれませんね。
※環境新聞への投稿をご厚意により転載させていただいております