老朽化や経営健全化、担い手不足など下水道インフラが抱える課題を解決しつつ、地域活性化も図るには、地域住民や学生など多様なステークホルダーとの協働が欠かせません。下水道広報にはこれまでも取り組まれてきましたが、今後は情報発信にとどまらず、相互の信頼関係を構築し、ユーザーの共感を生みだす下水道ブランディングが求められます。ブランディングとは何なのか、その効果や可能性について、アマゾン・ジャパンの元広報本部長である小西みさを氏と、日本下水道協会企画部長の奥野修平氏に議論していただきました。
※日本では「広報」と「PR」が同じ意味で使われているため、本記事でも基本的には区別していませんが、途中で両者の違いについて議論しています。
(進行:編集長 奥田早希子)
この記事のコンテンツ
アマゾンもマイナスイメージから始まった
広報しても認識されない下水道
中学生レベルの広報媒体なら社会を巻き込める
パーパスの理解が下水道ブランドの追い風に
パーパスを一人一人の行動につなげる
組織内の一人一人がブランドを作る
目的意識を持ってコミュニケーションを図る
広報に求められる戦略と評価
ストーリーで共感を生む
下水道ブランディングで未来に貢献する
アマゾンもマイナスイメージから始まった
――アマゾン・ジャパン(以下、アマゾン)と下水道。まったく業種は異なりますが、ブランディングの前提となる「社会からの見られ方」に、実は類似点があるようです。小西さんが入社された当時のアマゾンは、日本国内ではあまり好印象を持たれていなかったそうですね。
小西氏 そうですね。ソフトバンクで広報を担当していた時にアマゾンに誘われたのですが、正直なところ「え?アマゾンですか?」という感じで諸手を挙げて喜べないお誘いでした。
当時のアマゾンが扱っていたのは書籍が中心でしたが、個人的に洋書を購入した時になかなか届かないという体験をしたので「あの不便なサイトか!」という第一印象でした。
それでいったんはエージェンシーを通じてお断りしたのですが、成長する素地がある会社だと熱心に誘われ、とりあえず面接を受けました。そして、いざ面接の日、最初にアメリカ本社の上司になる方に面接していただいたのですが、その方がキャリアも印象も素晴らしかった。「こういう人が上司ならいいな」と思えました。
後日、別の日に2日に分けて7人もの人と面接をしました。当時日本の社員数が100名前後だったのでスタートアップにしてはかなり慎重な採用だと思いましたが、採用に妥協しないところがアマゾン流なのです。お陰でこちらはもうヘトヘト。ですが複数の方に丁寧に面接していただいたことで優秀な人が集まっている会社だという手ごたえが得られ、アマゾンに対する印象が変わり、飛び込んでみようと決心しました。
――入社してからの広報の仕事はいかがでしたか。
小西氏 当時は社内に広報とマーケティングの違いを分かっている人が少なくて、「広報すれば売れる」と考えている人がほとんどで大変でした。
――両者の違いを理解している人は、下水道業界でも少ないかもしれません。
小西氏 広報とマーケティングは似て非なるものです。マーケティングはある一定のゴール、つまり数字を達成するためにKPIを定め、限られた期間で実行するものです。
一方の広報は、信頼構築のプロセスです。ターゲティングする社会や相手は無数にいますから、短期的に築けるものではありません。
しかも、アマゾンはマイナスイメージから始まっているわけですから、「すぐに信頼獲得はできない」と説明するのですが、「それは言い訳だ」と言われてしまって。説得するのに時間がかかりました。
――広報は情報発信だと考えていましたが、信頼関係を構築するプロセスというのは目からうろこです。そう考えると取り組み方の発想が広がりますね。
奥野氏 私の中のアマゾンは新しい旋風を吹かせたイノベーション企業というイメージです。以前からアマゾンの企業戦略には興味があり、ロングテール効果を期待した新たな販路開拓などは素晴らしいと思っていましたが、初めからそういう訳ではなかったんですね。
私は2022年4月から日本下水道協会(以下、下水協)で全国の下水道関係者が進める広報支援に関わっており、それまでは地方自治体で下水道を中心とした都市インフラの事業に携わっていました。
下水道事業では、様々な関係者がそれぞれのフィールドで積極的に広報活動を展開していますが、目的や手法がそれぞれバラバラで、全体として社会に大きなインパクトを与えているかというと難しいところがあると思っています。
そうした今の下水道と初期のアマゾンが抱える課題には共通点が多く、「広報は信頼関係の構築」という言葉には強く共感します。
広報しても認識されない下水道
――下水道が抱える課題について、もう少し詳しくお聞かせください。
奥野氏 戦後の高度成長期には生活衛生環境、都市の水環境が悪化するなど、国の成長に伴う環境問題が深刻化していました。当然、下水道整備による水環境の改善を求める声が国民全体で高まっていましたし、国も下水道整備を重要な政策として積極的に拡大を進めました。この時代は下水道の広報をしなくても、下水道に対する認識、期待、ニーズは高かったと思います。
その結果として、暮らしが良くなり、美しい水環境が戻って来ましたが、それと裏腹に国民の下水道に対する意識は低下し、下水道は「あって当たり前」、今の水環境が下水道のおかげで支えられていることの意義や重要性が一人一人の意識の中からなくなってしまっていると感じます。
小西氏 下水道はあって当たり前、という感覚の方が多いですね。
奥野氏 そうなんです。ですから国や自治体、企業などが積極的に広報に取り組んでいるのですが、がんばってもがんばっても多くの国民はあまり強い関心を示してくれません。そこに課題を感じています。
下水道は、良好な水環境を次世代に引き継いでいくために不可欠なインフラですが、新規整備よりも莫大な財源が必要な施設の老朽化対策や待った無しの気候変動対策、大雨への対応、下水道資源の活用など、多くの課題を抱えています。
一方で国や自治体の財政は厳しくなっており、下水道使用料の値上げに踏み切る自治体も少なくありません。
下水道事業の財源は国民の皆様のご負担と、ユーザーが支払う下水道使用料で支えられているのですが、次世代に向けた下水道の課題や使用料の値上げなど、どれだけの方々が認識されているでしょうか? このまま予算を確保できないと、下水道インフラを維持できなくなるのではないかと危惧しています。
下水道ユーザーをはじめとする国民や政治家など様々な方々にそのことを知ってもらわなければ、下水道は存続できなくなり、暮らしや経済を支える大切な水環境の未来も危うくなってきます。
小西氏 下水道管は地下に埋まっていて見えないから、古い下水道管を更新しても私達には実感がわきづらい。だから、こんなに素晴らしいインフラが整っている幸せに気付くことができない。インフラはあって当たり前、問題があると大騒ぎするという構図になっているのはもったいないです。
奥野氏 仰る通りです。例えば水道は断水、電気は停電、ガスは事故が起きると大変ですが、同じライフラインの中でも下水道は問題やトラブルが起きても、すぐに生活に弊害が見えるわけでなく、国民からは分かりにくい。ですから、下水道は「沈黙のインフラ」と言われています。
また、水道はペットボトル、電気は発電機、ガスはカセットコンロなどの代替が確保できますが、下水は代替が仮設トイレなどに限定され、さらに復旧にも長い時間がかかります。ひとたび地震や水害などの災害になると、自宅のトイレが使えなくなり、避難所のトイレに行列ができ、トイレのありがたみを感じることになる。このことから言っても、普段から住民に下水道の重要性を認識して頂くための広報や普及啓発はとても大切なんです。
中学生レベルの広報媒体で社会を巻き込む
――小西さんは2022年3月に上下水道コンサルタントのNJSの社外取締役に就任されましたね。上下水道の認識に変化はありましたか。
小西氏 それまでこの業界に携わったことがなかったのですが、初めて上下水道インフラを勉強して、こんなに大切なインフラがあったのかと目からうろこでした。
なのですが、関連ウェブサイト、書籍やパンフレットなどの資料や説明内容が難しすぎる! 一般の人が興味を持てないレベル感です。一生懸命に解読しようとしたのですが、難しくて頭に入ってきませんでした。
NJSは今年度初めて統合報告書を作成しましたが、当時制作途中のものは難しい説明が多く、字も小さくて、「これで共感を持たれるかしら」と心配になりました。最終的には色々な意見を反映して素晴らしい改善が見られましたが、こうした資料にしても、誰に、どれくらいのレベルの人に読んでもらいたいのか、誰とコミュニケーションしたいのかを設定することが重要です。
統合報告書なら主たるターゲットは投資家ですよね。投資家は必ずしもこの業界に精通しているわけではありませんから、関心を持ってもらえるように読みやすく、優しくしていくことが大事です。
――私が住んでいる市では定期的に上下水道のタブロイド判の広報誌が配布されていて、ゆるキャラを使ったりして工夫はされています。ですが、老朽化が大変という割に老朽化の話が無い。行政の課題認識と、伝えている内容にずれを感じます。
奥野氏 おっしゃる通り、国民に下水道の理解を求めるために自らが伝えたいことだけを伝えて納得しているところもあるように思います。一方的なキャッチボールになっていて、小西さんが仰っている「信頼関係の構築」にまで届いていない。
まずは相手に関心を示してもらい、相手が取れるようなボールを投げてキャッチボールをする必要があるのではないでしょうか。
小西氏 中学生が分かるくらいまでレベル感を落としてほしいです。そうすると、社会や地域のメディアを巻き込んでいくことができますから。
奥野氏 国民の理解を得て、世論を味方につけることは大変重要です。自ら「下水道は必要です」というよりも、「もし下水道が使えなくなったらどうなるのか?」ということから国民の皆様と一緒に考えられるようなアプローチが必要かもしれません。その上で一緒に行動していくことが大切かと思います。
パーパスの理解が下水道ブランドの追い風に
――それでは本日のテーマであるブランディングについて、議論を進めていきたいと思います。小西さんはブランディングにはパーパスが必要だとおっしゃっていますね。
最近、下水道事業のパーパスが変わってきていると感じます。下水道法には目的として「都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与し、あわせて公共用水域の水質の保全に資することを目的とする」と書かれています。言い換えれば「浸水防除」、「公衆衛生の向上」、「公共用水域の水質保全」という3つ。
これらはマイナスをゼロにする施策ですが、最近は下水汚泥から肥料やエネルギーを創造したり、下水中のコロナウイルスを感知してパンデミック防止につなげるなど、ゼロからプラスを創造する役割にも関心が高まっています。下水処理場が処理するだけの施設から、「資源回収センター」に変身するイメージです。
下水道法を改正するなどして、パーパスを見直す時期にあるのではないかと感じていますが、これがパーパスという理解であっているのでしょうか。
小西氏 残念ながら、ちょっと違います。「公衆衛生の向上」などはパーパスではなく、パーパスをまっとうするための手段です。例えばNJSのパーパスは「健全な水と環境を次世代に引き継ぐ」で、それをまっとうするための手段として脱炭素社会の構築やDX推進など戦略を掲げています。
パーパスは存在意義であって、目的ではありません。下水汚泥の資源利用をなぜやるのかの前提となるもので、まずはそれを明文化したほうがいいと思います。
下水協なら岡久理事長が「下水道事業を通じた持続可能な社会づくり」とおっしゃっているので、これがパーパスのように見えます。
奥田さんがおっしゃるように、時代とともに課題感は変わってくる。だから下水処理場の目的も変わり、下水処理場は「処理する施設」から「資源を回収する施設」に変わっていく。それによって「下水道事業を通じた持続可能な社会づくり」というパーパスがまっとうされる。そういうストーリーで考えてほしいです。
社会に訴えるべき内容は、公衆衛生の向上や汚泥利用というよりも前に、「下水道事業を通じた持続可能な社会づくり」。これから逆算したストーリーを訴え続けることが大切です。
――パーパスと手段や目的との違いが良く分かりました。奥野さん、そもそも下水道事業、下水協にパーパスはあるのでしょうか。
奥野氏 一般的には下水道法に記載されている事業の目的がそうだと理解していると思いますが、これがパーパスではないとすれば、法律では明文化されていないと思います。
一方で新下水道ビジョン『~「循環のみち」の持続と進化~』には「持続的発展が可能な社会の構築に貢献」なる究極の使命が書かれています。また、小西さんがおっしゃっていただいたように、下水協の使命としても「下水道事業を促進し、さらに進化・成熟化させることで持続可能な社会構築に貢献する」という、ビジョンの言葉に近い言葉を用いています。これらが下水道のパーパスと言えるのかもしれません。
小西氏 上下水道業界では入職希望者が減り、人材不足だと伺っています。そうした中、組織が自らのパーパスを活動推進と共に発信し続けることは強い追い風になるはずです。
とある調査結果によると、今後仕事を探す際に給与よりパーパスを重視するであろうと答えた人が60%以上もいるそうです。大企業だからというだけではなく、社会的存在意義があり、そのパーパスに共感できるから、その会社の事業に携わりたい。そう考える人が、特に若い年代で増えています。
水道は生命線ですし、下水道事業も素晴らしい仕事です。パーパスを活動と実績とともに分かりやすく伝えられれば、より理解が深まると思います。
奥野氏 私は以前、下水道施設の改築更新の重要性を発信するために、老朽化施設の映像をYouTubeで公開したことがあります。そうしたら、「なんでこんな映像を公開したんだ」というお怒りの声と、「現実を出さないと分かってもらえない。よくやった」というお褒めの言葉と2通り賛否両論となりました。
多分、自分を優先するか、大義を優先するか、人によって考えが異なったんだと思います。パーパスがあって、しっかりと理解されていれば、評価が二分することもなかったのかもしれません。
小西氏 そうですね。パーパスがあれば、いわゆる大人の事情が入り込む余地はありません。例えば、アマゾンではパーパスをまっとうするために、大人の事情はまったく使えませんでした。
アマゾンのパーパス(兼ビジョン)は「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」です。とても壮大で、かつどの会社でも言えそうですが、それを徹底的にやっているのがアマゾンです。
例えば社内の会議では「エアカスタマー」というバーチャルなお客様が同席している前提で会話をします。ですから、お客様のことを考えず、自分たちの利益ばかり考えたパーパスに反するような会話はできません。
これは大変なことなんです。お客様の満足度を上げることを最優先しながら自社の利益も出さなければならないので、工夫が必要になるのです。大変なことですが、本気でパーパスをまっとうしようとすれば企業は様々に工夫を凝らし、そこからイノベーションを起こすことができるようになります。
パーパスを一人一人の行動につなげる
――徹底したパーパスの理解、それをまっとうするための徹底した取り組み。それがイノベーションを生む。すべてがパーパスから始って、すべてが有機的に連関している組織であることが伝わってきます。
小西氏 アマゾンのパーパス経営が成功したのは、一人一人がオーナーシップを持ったリーダーであると自覚しているからだと思います。リーダーが取るべき行動指針もあり、全員がそれにのっとった行動を求められました。
――「クレド」と言われるものですか。
小西氏 そうですね。アマゾンではリーダーシップ理念と呼んでいました。
――どのような行動が求められたのですか。
小西氏 例えば、「意見を持ち、議論を交わし、納得したら力を注ぐ」という理念があるのですが、人の意見にただケチをつけるだけではダメ。反対意見を言うことはいいですが敬意をもって異議を唱えなければなりません。
反対の根拠と代替案を示し、徹底的にディスカッションすることが求められました。意見が出尽くした後で決定すれば、反対していた人も「協力しよう」、「お客様のためにがんばろう」と全面的にコミットして取り組みます。
これらの行動すべてが、パーパスから逆算した結果です。ですから、下水道事業や下水協のパーパスを考える際、とってつけたようなパーパスにしないことが大事です。そして、一人一人の行動につなげていくこと。アマゾンの強さは、そこがすべて。それができれば、下水道事業もさらに進化することが期待できます。
奥野氏 そうなるように頑張ります。
アマゾンでは職員や社会が理解できるパーパスがあり、そのパーパスをまっとうするために徹底的に意見を戦わせ、議論をし、最終的にはお客様のために協力する。それが風土として根付いているんですね。というか、パーパスがあったからこそ根付かせることができたと言えるのかもしれません。
パーパスという共通認識がないと組織がバラバラになり、強いスクラムが組めない、結果として成果に結び付かないということですね。
下水道事業は法に明記された目的を超えて社会に貢献しなければならない時代になりました。今こそ改めて国民の皆様も理解できる下水道のパーパスと究極的な目的を考える時期に来ているのかもしれませんね。
組織内の一人一人がブランドを作る
――パーパスが企業文化をも構築するという話になってきました。この企業文化というもの、あるいはそれを構築するまでの活動もまた、本日のテーマであるブランディングの1つの領域ではないかと思います。広報は信頼構築のプロセスとのことでしたが、ブランディングとも深く関係していますよね。
小西氏 近年、広報とブランディングはものすごく近くなっています。
広報は信頼構築のプロセスだと説明しました。昨今、個人が商品を買ったり使ったりする時にどのようにブランドを選択するか。グローバルでそのような調査をした結果をみると、多くの人が「信頼できるブランドを選択する」と回答したそうです。
信頼は、お金をかけて、広告を打って露出を増やせば獲得できるというものではありません。広告も信頼が見える内容でなければなりません。そして、何よりも広報活動を通じて長期的に信頼構築をすることが、ブランド価値向上につながります。
国内の上下水道業界では、クボタはブランディングで成功しているように思います。採用も増えたそうですね。信頼獲得につながる広告展開や広報活動を通して、一貫性のあるコミュニケーションを通じてブランディングができ、会社の信頼と共感につながったのでしょう。
広報できちんと信頼を構築する。そうすればブランド価値も上がってきます。社外のみならず、社内への広報も大切ですよ。
――社内報は一時は廃れましたが、最近はまたNJSのようにリニューアル発行する会社が増えているようです。やはりパーパスや経営理念、方針などを社内浸透させたいという思いがその背景にあるのでしょう。
小西氏 そうですね。企業ブランドは、組織内の一人一人が作り上げるものです。ブランディングはマーケティング部や広報部などコミュニケーション関係の部員がやる活動と考えている方も多いかもしれませんが、今の時代そうではありません。社会との信頼構築のために全社の中で関わらなくていい人は、誰一人としていない。それが今のブランディングです。
ブランド理論の世界的権威であるデービッド・アーカー氏の言葉に、「社員がそのブランドを信じて、すべての顧客接点においてそのブランドを実演しない限り、ブランドの約束は果たされない」とあります。まさに全員が関わらないとブランディングはできないのです。
奥野氏 経営資源が大きく制約を受け、働く環境も厳しくなっている中、ともすれば目の前の業務に追われてしまい、パーパスや目的を考えることを「私の仕事ではない」と考える人がいるかもしれません。ですが、それでは進むことができません。
下水道を知っていただくために、産・官・学・民で熱心に広報活動を進める人が集まった「下水道広報プラットホーム」(GKP)という組織があります(写真参照)。みなさん本業のかたわら、ボランタリーで下水道の広報に力を注いでいる熱い人ばかりです。奥田さんはその企画運営委員、私は事務局長を務めています。
そこに集まっている人はもちろん、下水道に携わるすべての人が引き続きがんばっていくためにも、新たな展開を考えていく必要がありそうです。パーパスについて、これからいろんな方と徹底的に議論していかなければならないと感じます。
目的意識を持ってコミュニケーションを図る
――関わる一人一人の思いも大事だと思います。以前、下水道関係の方が、「下水道のおかげで安全安心に暮らせているのに、それを知らない一般人がダメなんだ」と言っていて驚きました。下水道ユーザーとの信頼関係を構築するところを目指して広報やブランディングをするのに、そのような上から目線では信頼関係構築の前に、伝わるモノも伝わりません。
小西氏 その場合はPRの視点が必要ですね。広報とPRは日本では一緒に考えられていますが、実は若干ニュアンスが違います。
日本では広報という言葉をよく使いますが(この取材でもPRをあえて分かりやすく広報と言っています)、広報はその漢字の意味のとおり広く知らしめるといった意味合いが強いです。一方でPRはパブリックリレーションの略ですから、社会と企業・組織が互いにメリットを享受するための戦略的なコミュニケーションプロセスのことです。
「下水道が大事です」、「知ってください」と一方的に言っても、受け手側が理解できなければコミュニケーションは生まれにくい。情報発信者、受信者、そしてメディアの三方良しになると、PRはうまくいくと言われています。日ごろからそういう関係性を構築しておくことが大切です。
奥野氏 広報は信頼構築のプロセスとのことでしたが、広報とPRをあえて分けて考えるなら、それはむしろPRの役割であって、広報は広く知らしめる活動として整理できるということですね。また、PRは社会と企業や組織が互いにメリットを享受するための戦略的なコミュニケーションプロセスでもある。
私自身がそうでしたが、単に下水道を説明する「広報」を目的とするのではなく、その先のコミュニケーションを意識して展開する必要がありますね。
――「広報の目的」というキーワードが出ました。それについて忘れられないエピソードがあります。以前は私も「下水道を知るべきだ」と思っておりまして、夫に「下水道をもっと勉強しないとダメだよ」と言っていたのですが、ある日、夫から「分かったよ。下水道って素晴らしいよね。はい、分かりました。それで俺はどうすればいい?下水道には接続してるし、下水道使用料も払ってるよ。これ以上に何をしてほしいの?理解すればいいだけ?」と言われ、返す言葉が無くて愕然としたんです。
それからですね、広報の目的を意識するようになりました。それと情報を受け取ってくれた人に期待する「行動」、「行動変容」も重視しています。
小西氏 コミュニケーションの先に、相手にどう行動してほしいかを考えておくことはとても大事です。未来の水道事業に携わる人を増やすためのコミュニケーションなのか、危機感がない地域の人に警鐘を鳴らすコミュニケーションなのか。イメージする場面によって広報のコンテンツは変わってきます。
誰に、何を、どう理解し、願わくはどういうアクションにつなげてほしいか。それをイメージすることです。
奥野氏 下水道のカスタマーである国民の皆様は、決して「下水道ファースト」ではありません。国民の皆様は何が困っているのか?それを踏まえて、地域の水問題とか、水循環とか相手の立場に立って、自分事として捉えやすい事例に置き換えてアプローチする。例えば環境などの大きなパーパスがあり、水のパーパスがあって、下水道のパーパスがある。そう考える方が市民目線だし、次のアクションを考えやすい気がします。
広報に求められる戦略と評価
――広報やブランディング活動には終わりはありません。継続させ、ブラッシュアップし続けるには、相応の戦略が必要だと思います。アマゾンの場合はいかがでしたか。
小西氏 会社全体の最終ゴールから逆算し、事業部ごと、個人ごとなどで毎年戦略を作成していました。
奥野氏 これまで国や自治体、企業、当協会など、様々な関係者が積極的に下水道広報に取り組んできましたが、さらに「刺さる広報」を強力に展開していかなければなりません。
そのため、国とも調整して国全体の下水道広報の戦略を作る必要があると考えています。全国の各団体が国民の皆様に共通の視点でアプローチするために必要なものだと思います。
小西氏 下水道なら例えば国のゴールから自治体や企業がゴールを設定する。それをシェアすれば、互いに何を目指しているのかを理解し合える。そうやって点を面にした地図を作ると連帯感が出てくると思います。
――広報の成果はどのように評価されていましたか。
小西氏 これは一概には言えません。組織ごとに目標が異なるので千差万別ですね。
――アマゾンでの取り組みをご紹介いただけませんか。
小西氏 一例になりますが、アマゾンがファッション商品を扱っているイメージが少なく、商品を供給してくれるベンダーが少なかった時代がありました。そこでファッション事業部が、ファッションの品ぞろえを増やすというKPIを設定しました。
これに対し広報部隊は、ベンダーが信頼している専門誌などにアマゾンのファッション戦略について取材をしていただき、理解を深めていただく記事を増やすことなどを戦略にし、実行することで成果を出しました。
――他部署のKPI達成に貢献することが、広報の評価軸の1つに成り得るということですね。
ストーリーで共感を生む
――これまで議論してきたように、パーパスは構築して終わりではなく、それを社会に伝え、共感を得ることが大切です。その際に小西さんはストーリー性を重視されていますね。
小西氏 はい。例えば、新しいガジェットを企業が作ったとします。その際、「このような素晴らしいスペックです」「すごい機能が加わりました」そういうプレスリリースは多いですが、これだけでは点のコミュニケーションにしかなりません。組織のパーパスから逆算した時に、そのガジェットが何の課題解決につながるのか、そのストーリーを伝えるべきなのです。
例えば電子書籍端末を開発したなら、書店に出向かなくても読めるので買い物弱者対策になる、読者人口を増やすきっかけになるなどの社会課題の解決策になりうる。
そうしたストーリーを、パーパスから逆算してひたすら言い続けるわけです。そうすることで、パーパスと企業活動がつながって、共感者が増え、信頼構築とともにブランド価値が上がっていきます。
話題性は大事なのですが、おもしろおかしいストーリーである必要はなく、社会課題の解決につながっていることが分かることが重要です。
奥野氏 下水道中心ではなく、地球環境と顧客中心、社会課題中心のストーリーが共感を生むのでしょうか。一方的に言いたいことを発信するだけでは効果がなく、相手とキャッチボールができてはじめて共感が生まれ、行動変容に繋がるものだと、改めて感じました。
1つの事例ですが、アウトドアブランドのパタゴニアは、製品の販売促進というよりは、地球環境のために企業活動を行なっています。パーパスのために活動する同社のような団体は、共感と信頼による顧客満足感が高まりますよね。そういうことを、下水道でも感じてほしいです。
小西氏 信頼できる会社の商品を選ぶという消費行動を通して、良い社会づくりに貢献したいという人が増えていますから、今は下水道の広報やブランディング、パーパス構築の絶好のタイミングです。きっと下水道への共感者が増え、共創してくれる人も増えていくと思います。
下水道ブランディングで未来に貢献する
奥野氏 繰り返しになりますが、まずは未来に対応した、誰もが共感する下水道のパーパスを前面に出すことが大切ではないかと思います。
――「知ってもらうため」と考えるより、「共感を得るため」と考えた方が発想のウイングが広がりますし、相手の存在をより強く意識できる気がします。
奥野氏 そうですね。伝える内容も含め、何を目的としているのか、共感は得られているのか、そういうところから発想していけそうです。
アマゾンのように、カスタマーが困っていることは何か、解決したい課題は何か、どのようなサービスを提供してほしいのかを理解すること。そうすれば、下水道ユーザーと対話ができるのだと思います。
下水処理や浸水対策だけではなく、地球温暖化や農業振興、国民の暮らしや経済発展など、広い範囲で未来に貢献できる。そうした下水道の存在意義をパーパスとして共有し、下水道関係者全員が理解することで、国民が共感する下水道のブランディングに近づけるように感じます。
「森里川海」という言葉がありますが、農業、緑、公園のほか、川や海に携わる人など、下水道のオソトからもいろんなステークホルダーに共感して頂き、補完し合いながら大きなパーパスを目指していければいいですね。
――本日はありがとうございました。
※環境新聞への投稿をご厚意により転載させていただいております