※本記事は編集長である奥田早希子(後列右から2人目。左手を上げている)の個人的活動について記載したものであり、CWP GLOBAL株式会社への出資と一般社団法人Water-nとは無関係です。
※雨水貯留浸透技術協会誌「水循環 貯留と浸透」に投稿した記事をご厚意により転載させていただきました。
始まりはとある新会社への出資だった
「東ティモールに行かない?」
そんな一本の電話から、東ティモールに行くことになった。いや、そもそもの発端は筆者が「CWP GLOBAL株式会社」(以下、CWPG)にほんの少しだけ出資したことからだった。
CWPとは「Carrying Water Project」の頭文字をとったもので、その名の通り水を後世に紡いでいくという意味がある。もともとは福井県大野市で始まったプロジェクトだ。
大野市は盆地という土地柄から地下水が豊富で、水にまつわる文化や暮らしが根付いている。そこで当時の市職員たちが水を通じた国際貢献を発意し、市民から寄付を募り、日本ユニセフ協会を通じて東ティモールに水道設備を寄付した。これがCWPの成り立ちだ。
水道設備と言っても日本の浄水場のようなものではなく、コンクリート製の集水タンクや貯水タンク、蛇口のある水場、それらをパイプでつなぐというローテクなもの。それでも村落や学校単位に蛇口が1つあるだけで、女性や子ども達が数十分も歩いて水くみに行かなくて済む。
ただし、設置すれば半永久的に使えるものではない。メンテナンスしなければ朽ちるのみ。そのことは当時のプロジェクトメンバーは百も承知で、メンテナンスも含めて長く共に歩んでいく計画だった。しかし、市の体制が代わって予算がつかなくなり、計画はとん挫した。
東ティモールの人たちとの約束を反故にしてしまった。当時のプロジェクトメンバーはそのことに怒り、また、申し訳なく、良心の呵責に耐えかねていた。そして、使命感に燃えた数名のメンバーが奮起して発足したのがCWPGだ。
社長の今洋佑さんは、その当時に内閣府からの出向で大野市副市長を務めていた人だが、脱サラ(官庁職員の場合もそう言うのだろうか?)して起業したという結構クレイジーな人だ。
材の関係で筆者は以前から今さんと交流があり、起業されると聞いて「ちょっとくらい出資しますよ~」と半分リップサービスの軽いノリで話していたのだが、CWPGの社会的な存在意義を熱く語る今さんに乗せられてしまった。
そして、冒頭の電話につながる。電話の主は下水道管路管理では国内大手の管清工業の長谷川健司社長だった。管清工業が最大出資者となったためCWPGはグループ会社になるという。
月に東ティモールに視察に行くという話は今さんから聞いていたが、それに管清工業の社員も同行する。ついては同じく出資者である筆者も同行し「CWPGでも管清工業でもない目線で現地を見てきてほしい」というのが電話の趣旨だった。
東ティモールは世界最貧国の1つと聞いていたので一瞬逡巡したが、長谷川社長の「渡航費用は管清工業が出す」との言葉に、「はい!行きます!行かせていただきます!」と即答した。
新興国に「まちの水道屋さん」で仕事を作る
さて、そもそもCWPGって何をやる会社なのか。ざっくり言うと「ビジネス創出、雇用創出、人材育成、政策整備を通して、新興国と協働・共栄する」ことを目指している。
ここでいうビジネスとは、例えばかつてユニセフ経由で設置した水道設備のメンテナンス業であったり、トイレや水道トラブルを解決してくれるまちの水道屋さんであったり、官公庁や大学のトイレ清掃業など。肝心なことはそれらをCWPGの日本人スタッフがやるのではなく、日本人スタッフが現地の人に技術を伝え、現地で技術者や起業家などの人材を育成し、それらの人たちが現地で仕事を作ることだ。
筆者はこの考え方に共感した。新興国にとって支援が必要な時期はあるが、どこかのタイミングで自立することも重要だ。だが、その移行が難しいことは想像に難くない。
CWPGはあえてそこに挑む。しかも、水インフラを整備することだけではなく、整備されたインフラの管理、そのための管理体制の構築と人材育成、それらによる雇用創出をこそ重視していることに、まったくもって共感してしまった。その考え方が日本にも必要だと常日頃から感じていたからだ。
東ティモールの現状もまた、CWPGの事業が合致する時期でもあった。同国は2002年に独立したばかりの新しい共和国で、国連各機関の支援を得ながら長引く内部紛争で傷んだ国内情勢を立て直してきたところだ。ようやく治安は回復し、首都ディリでは水道などインフラ整備も進捗した。国づくりの次の一手として、今まさに支援に頼り切らずに自立するタイミングを迎えている。そのための最重要課題が、若者の雇用確保なのだ。
東ティモールでは人口の約75%を30代が占めるが、国内に雇用がなく、オーストラリアや韓国などへ若手人材が流出している。現地の通訳の方によると、唯一の国立大学を卒業しても(差別的な言い方かもしれないが)スーパーのレジ打ちの仕事にも就けないという。
だからであろう。いくつかの官公庁で意見交換を行ったが、先方はいずれも「雇用創出」というフレーズに前のめりになり、CWPGとの協働に前向きな姿勢を見せた。とりわけ労働・雇用庁には現地メディアが多数取材に訪れ、雇用創出への期待の高さが伺えた。
ちなみに現地で起こすビジネスは、カフェや古着屋なんかもウエルカム。こじんまりと自立できる規模で構わない。これから東ティモールにどんなお店が誕生するのか。ワクワクしている。
モノの量と種類は想像していた1万倍以上!
東ティモールへの旅程は2022年9月18日から27日までの10日間。官公庁での意見交換のほか、メーンイベントはかつて大野市がユニセフ経由で寄付したウラホー村の水道設備の点検と補修である。ウラホー村は山間部にあり、そこに行く途中のポエテテ村でも同じく水道設備の点検を行った。以下、写真を解説する形で現地活動をレポートする。
首都ディリにはショッピングモール「ティモールプラザ」がある。「世界最貧国の1つ」と聞いて抱いていたイメージはガラガラと崩れ去った。
こちらは首都ディリにあるスーパーの棚。キッコーマンやソイジョイ、ポッキーなど日本の商品も多い。モノの種類と量は想像していた1万倍以上だ!
ウラホー村までの道中にあったマーケット。
そのマーケットでおいしいと評判のおばさんのお店でコーヒー豆を購入(左)。左の人が手にしているビニール袋に入れてくれる。
首都ディリで土産物用のコーヒー豆も購入したが、味はおばさんに軍配!
東ティモールはコーヒー豆が有名で、首都ディリには日本の会社が運営するおしゃれなカフェ(右)もあった。ただ、値段は日本並みで買えるのは大使館や官公庁の職員くらいなもの。現地の人にとっては高根の花なので、CWPGは現地の人が気軽に楽しめるおしゃれで安いカフェの出店も思案中だ。ちなみに日本にも東ティモールのコーヒーを飲めるお店がある。
管理されずボロボロになった水道設備
かつて大野市が寄付したポエテテ村の集水タンク。斜面にパイプを差し、コンクリート製のタンクに貯水し、パイプで下流の村落に配水する仕組み。
しかし、メンテナンスしていないのでコンクリートは劣化し、パイプもぶっちぎれたまま放置されていた。
その集水タンクの下流の村に設置された水場。これも大野市がかつて寄付したもの。蛇口があり、ここで村の人が洗い物などをする。右奥にあるのが洗濯板で、妊娠中の人がかがまずに済むように高いところにある。
「支援される側」から「自立」への瞬間
ウラホー村ではCWPGメンバーと現地の水道管理組合メンバーとの意見交換会を行った。同組合は日本の町内会のような組織で、ボランタリーで水道設備のメンテナンスを行うことになっていたのだが、水道設備が寄付されて以降まったく機能していなかったことが判明した。
そこで現状の課題を聞いたところ「あれが壊れている」「もっと水道設備が必要だ」など、あれがほしいこれもほしい、あれをやってほしいこれもやってほしいという要望が相次いで止まらない。
「それではダメだ」
CWPGのメンバーが待ったをかけた。
「私たちは『支援』に来たのではありません。水道設備を直す技術を教えにきたんです。自分たちでメンテナンスをやっていきましょう。日本ではそれを仕事にしている人がいます。みなさんもメンテナンスでお金を稼ぎたくはありませんか。一緒に取り組んでいきましょう」
そう語りかけた時、変化が起こった。
組合のリーダーの青年が立ち上がり「メンテナンスが仕事になることを初めて知った。そういう仕事をやっていきたい。ぜひ技術を教えてほしい」と笑顔を見せた。「支援される側」から「自立」へと一歩を踏み出した瞬間だった。
その後、組合のメンバー(黄色い帽子)と一緒に水道設備を点検してまわった。その姿勢からは壊れている箇所を「直してください」ではなく、「どう直していいか教えてほしい」という気持ちがにじみ出ていた。CWPG取締役の山岸さん(左奥)と管清工業の石原さん(右)はその気持ちに応え、パイプの穴を応急処置する方法などを伝授した。
子どもたちと一緒に水道タンクのペンキ塗り
ウラホー村では小学生たちと一緒に貯水タンクのペンキ塗りも行った。設置されてからメンテナンスされていなかったため、塗装は剥げ落ち、落書きもされていて、一見するとボロボロな感じだ。ペンキを塗り直すだけでも、水道設備は長く使い続けることができる。この体験を通して、組合メンバーではなくても一人一人にできることがあるということが伝わっていてほしい。
また小学校では、管清工業の社員(作業服を着ている2人。左が石原さん、右が鈴木さん。鈴木さんはCWPGの取締役でもある)がこの日のために制作した現地ティトゥン語による動画を使って「水の学校」を開催した。
水が来て、植木を育てられるようになった
ウラホー村の小学校では、生徒が授業前に当番制で、小学校の掃除と鉢植えへの水やりを行う。この水やり風景こそが、水道が来たことの証なのだ。徒歩で水くみに行っていたなら、鉢植えに水をやるなんて発想はもったいなくて出てこなかったろう。実際、水道設備ができたばかりの頃にここを訪れた今さんによると、当時は植木鉢は無かったそうだ。小学校らしく、学習する場が整ってきてうれしいと、今さんは目を細めていた。
ウラホー村では小学校で宿泊させていただいた。職員室が女子部屋になった。
こちらは小学校のトイレ。首都を除いて東ティモールでは典型的なスタイルだ。左の桶に水がたまったいて、用が済んだらひしゃくで水をすくって便器に流す。使用後のトイレットペーパーはビニール袋に入れて持ち帰った。ちなみにトイレットペーパーが常備されているわけではないので、持参したものを使う。
さらにちなみに、ここがお風呂でもあるので、トイレというよりユニットバスと言った方がイメージに近いかもしれない。洗髪などに使うのはトイレ用水と同じく左の桶の水。
「なんですとっ?!」と思う方がいるかもしれないが、日本だってトイレ用水とシャワー水は同じ水を使っている。それに東ティモールには山があり、基本的に湧水を使っているので未処理でも(見た目は)きれいだ。筆者は登山が趣味で、日本では山で湧水を飲んだりするが(良い子はマネをしないように)、それと同じ程度にはきれいなのではないかと思っている。
ウラホー村を含め、首都ディリ以外ではし尿はトイレ経由で集められ、タンク内に貯蔵する仕組みになっている。満杯になると引き抜くそうだが、数年使っても満杯にならないらしい。地中にしみ込まないようになっているそうだが、実際のところは今後の確認が必要だ。
今後の課題は生活雑排水の処理
ウラホー村の小学校で、小学生たちがユニセフの手洗いソングを歌いながら手洗いを披露してくれた。以前は石鹸で手を洗う習慣がなかったので、歌を使って手洗いを楽しく習慣づけるのが狙いだ。
いくつか穴の開いたパイプ2本を並べ、1つの蛇口をひねるとその穴からチョロチョロと水が出てくる仕組みになっている。その穴があるところに子どもたちが整列し、石鹸で手を洗うのだが、ゴシゴシしている最中もずっと水を流しっぱなしなのには閉口した。水が手軽になったがゆえに、大切にする気持ちがなくなったとしたら残念だ。環境が変化しても水を大切に使う気持ちを伝えていきたい。
また、手を洗った後の石鹸混じりの排水は、その辺に垂れ流しになっている。先述したお風呂の水も然りだ。これはウラホー村だけではなく、東ティモールでは生活雑排水は未処理のまま垂れ流されており、その影響で首都ディリのそばの海は茶色く濁っている。
これは首都ディリの側溝。山間部で水道設備がメンテナンスされていないのと同様に、首都でもインフラはメンテナンスされていない。側溝の蓋はボロボロに破損したまま放置されており、気をつけて歩かないとかなり危険である。穴があるとゴミを捨てたくなるのは人間の心理なのか、側溝はゴミだらけだった。
首都ディリでは、し尿は昔の日本のようにくみ取りして焼却処分されているそうだが、生活雑排水は未処理のままこの側溝に排水され、川や海に行きつく。従って側溝の周辺は臭気が鼻につく(と、管清工業の石原さんは言っていたが、正直なところ筆者はそれほど感じなかった)。汚水処理は重要なテーマである。
ウラホー村のような山間部にしても首都部にしても、下水道システムでは大掛かりすぎる恐れがあるので、浄化槽が向くと感じる。いずれにしても生活雑排水の処理システムの構築は、これからのCWPGのチャレンジの1つである。
国民的歌手が実践するパーマカルチャーは究極のグリーンインフラ
旅の最後にパーマカルチャーを実践されているエゴ・レモスさんのセンターを訪問した。パーマカルチャーとは、もともとはパーマネント(持続可能な)なアグリカルチャー(農業)のことだったが、最近は「人間と自然が共存した持続可能な暮らし」といった広い概念を持つようになっている。
このエリアは少し前まで焼き畑の影響で土地がハゲてしまい、下流部の村落では水源が枯れるなどの影響が出ていたそう。エゴさんはここの土地を購入し、仲間と一緒にかつて水源地があったと思われる場所に手掘りでいくつも池を掘ってきた。その池に雨がたまり、やがて浸透し、また雨がたまり、浸透し…。それが繰り返されること約2年で、写真のような植生が戻ってきたのだという。枯れていた水源も復活したそうだ。究極のグリーンインフラである。
ここのトイレは穴が開いているだけ。ブツは穴から下に落ち、枯れ葉などと一緒にたい肥化されてエリア内の畑で使われる。
なんとエゴ・レモスさん(左)は東ティモールの国民的歌手なのです。以前から環境に関心があり、PERMATILというNPOを立ち上げてパーマカルチャーを実践されている。写真右はこのエリアのリーダーのアイダデアラウジョさん。
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インフラを作って終わりにしない。メンテナンスをしてこそインフラは持続する。メンテナンスの人材育成もビジネスも現地に根差す。それによって現地が元気になり、繁栄する。
これがCWPGの目指す姿だ。そう書いてみて、やっぱり思う。CWPGの活動場所は東ティモールなどの新興国だが、これって日本の地方創生にも同じことが言えるよなって。先進国であっても、新興国であっても、大切なことは変わらない。互いに学び合うことがある。その先に、CWPGが目指す共栄がある。
2023年も東ティモールに渡航する機会がありそうだ。その際にはまたレポートさせていただきたい。