まちの不動産価値を高める下水道を考えよう!

【鼎談】岡崎正信氏:オガール、野村喜一氏:日水コン水インフラ財団、加藤裕之氏:東京大学

下水道インフラは、ただ単に汚水を処理し、雨水を排除するだけのシステムから、まちにプラスアルファの価値をもたらす創造的なシステムとしてのポテンシャルを秘めています。下水道インフラは今後、まちにどのような価値やサービスを提供していけるのか。全国各地でまちづくりを実践するオガールの岡崎正信社長と、東京大学下水道イノベーション研究室の加藤裕之特任准教授、日水コン水インフラ財団の野村喜一理事長に議論していただきました。(敬称略)

(進行:編集長 奥田早希子)


この記事のコンテンツ

■まちづくりで勝ち残る方法
■サービスとしての下水道
■まちづくりが目指すもの


まちづくりで勝ち残る方法

野村 市場競争が地域の人材を育てる
岡崎 勝ち残りたいなら価格は下げない

野村喜一氏
(日水コン水インフラ財団理事長)

野村 岡崎さんは「まちづくりは人づくり」とおっしゃっていますね。まさにそうだということがありました。

鹿児島県には「荒茶」という名産があるのですが、肥料費が高騰して売上が低迷していました。そこで、価格変動しにくい汚泥由来肥料に切り替え、売上向上も目指そうということで、日水コンが鹿児島高専などと一緒に研究を進めてきました。

この取り組みが先日、第49回「環境賞優良賞」(国立環境研究所等主催)を受賞し、その表彰式で環境副大臣が「市場競争に勝ち残り、仲間を増やし、広げてほしい」とおっしゃった。その言葉がまさに人づくりに通じると思ったんです。

地域おこしではオンリーワンのいいモノを作る。いいモノだから競争にさらされる。競争に勝ち残るために地域の人はいつも頑張らないといけない。まちづくりは汚泥由来の肥料というモノを作って終わりではなく、競争を生き残るための人づくりであり、コトづくりでもあるということです。

岡崎さんはまちづくりで競争に勝ち残る店舗などをたくさん作ってこられたと思いますが、取り組みに共通項のようなものはありますか。

写真1 鹿児島高専などと一緒に、下水汚泥由来の肥料で鹿児島県特産「荒茶」を栽培し、肥料費高騰と売り上げ減という地域課題の解決に取り組み、第49回「環境賞優良賞」(国立環境研究所等主催)を受賞した(写真は枠摘み調査の様子。写真提供:日水コン)

岡崎 市場競争と聞くと、一般的には価格競争に行きがちですが、そうではありません。まちの表情を作る大事なコンテンツに飲食店がありますが、10店舗作っても10年後に残っているのは1あるかないか。9が競争に負けた理由で一番大きいのは、安売りです。競争に勝つには、単価を上げ、高価格帯のリソースを作ることを意識するべきです。

日本の白物家電が苦戦しているのは、いいモノを作っても価格競争に巻き込まれ、安売りしているから。逆にドイツのダイソンは、高価格帯でブランド力を発揮しています。

まちづくりも同じ。コンテンツを開発しても、安売りに向かうと負ける。いかに高価格帯を維持するかを考えるべきなんです。

岡崎正信氏
(オガール代表取締役)

岡崎 民間の営業力なしにまちは作れない
加藤 公務員にも営業力が必要

岡崎 高価格帯を維持して勝ち残る。じゃあどうするか。営業力をつけることです。営業力は、まちづくりでも、おそらく下水道でもあまり議論されてこなかった大きな課題ですよ。

下水道事業では普及率と接続率がありますが、接続率の向上に必要なのが営業力です。三鷹市の鈴木平三郎市長が1973年に日本で初めて接続率100%を達成できたのは、規制と誘導という営業の仕組みを作ったから。下水道に接続されていないまちはスラム街と同じというセンセーショナルなコメントを発したのも、営業の1つと言えます。

営業って大事なのに、日本の教育では欠落しています。学校で教えないんですよね。営業学部とか営業学科とかありませんし。

加藤 大学教育だけでなく中高生でも投資は教えるようになりましたが、営業はないですね。営業とは上から目線でなく相手の立場になることでしょうか。私はもともと公務員だからあえて言えば、公務員の営業力は弱いし、そもそも必要性が低い。

先ほどの話で言えば、接続率が上がれば、組織の収益性は向上しても個人の給料が目に見えて上がるわけではありません。民間企業に比べると営業目標によるモチベーションは上がりにくいです。もちろん、公として公平性や透明性、中立性の意識は高いと思いますが。公としての強み弱み、民の強み弱みを分析して、弱いところは相手に任せるのが大切になります。

加藤裕之氏
(東京大学下水道システムイノベーション研究室特任准教授)

岡崎 紫波町の官民連携で民側のコンソーシアムの一員として参加することも多いですが、いつも町が民間に期待するのは営業力です。民間の営業力なくして、まちは作れないんですよ。

加藤 やはり営業力は民間の強みで、役所には苦手科目ですね。苦手科目は口を挟まず任せることが出来るかが、官民連携のポイントの一つです。

岡崎 そう、だから民間の営業戦略にまで役所が口を出すべきではないんです。竹下内閣がふるさと創生事業で1億円を交付したとき、温泉施設を作って破綻しているケースがいっぱいある。営業が苦手な役所が、営業力の必要なコンテンツをやるべきじゃない。必要なら営業力のある民間にやらせるべきなんです。規制や誘導など、役所にしかできないことはたくさんあるんですから。

下水道も普及率を上げるのは役所の仕事、接続率は民間の仕事という役割分担で官民連携できればいい。紫波町ではそれにトライしています。

――野村さんは官民連携で、営業力を求められていると感じることはありますか。

野村 「民間は営業力」という説は非常に腑に落ちますね。以前、首都圏の都市で接続率を上げる仕事を請け負ったんですが、住民とすれば浄化槽があるからつなぐ必要がない。でも接続してくれないと下水道は収入があがらない。それを上げるのは、まさに営業力なんですよ。

最近は電化製品をHaier(ハイアール。中国のメーカー)でそろえる若者が増えているらしい。モノはもちろん良いのでしょうが、高くても良いものを長く使いたいということではなく、デザインや品ぞろえなど営業の部分で選ばれているように感じます。

つまり、モノを作ったり、選択する時の基準というか、価値観が変わってきているのではないか、と問いたいんです。下水道の設備を見ると、ポンプは50年使えます。長く使えることは良いことのように思えますが、これでは技術革新は起こらない。この矛盾を乗り越えるのも営業力かもしれません。

サービスとしての下水道

岡崎 「調整池」ではなく「レイク」と発想する
加藤 五感で下水道を見つめ直してみよう

――最近のまちづくりのトレンドのようなものはありますか。

岡崎 最近のヨーロッパでは、二束三文の土地に高級路線のおいしいレストランができ始めています。土地が安いので、シェフと食材にお金をかけられる。だからおいしくて、私も片道20時間かけてでも食べに行くわけです。

紫波町でも同じことをやっています。土地代が安いことを武器にして、東京都心には出せないクオリティのコンテンツを、高価格帯で提供しています。

東京ディズニーランドが利用時間を指定できるプレミアアクセスチケットを有料で売り出しましたよね。お金のない人を排除するのか、という意見もあるわけですが、お金を払ってくれる人がいるからエリアが持続できる、という発想をすべきです。

下水道サービスも全国一律ではなく、単価を分けて、値段を上げることをしないと維持できないのではないですか。都市サービス、行政サービスの価値を作って、値上げもして、フィーを取る。それを理解してもらうのもまた、営業力です。

野村 そもそも住民サービスの視点は下水道にあるんだろうか。下水道に接続した人は、何かのサービスを得ていると感じているのか。それが明確にされていません。サービスが無かったら誰もお金は払ってくれませんよ。

岡崎 紫波町のオガールの隣に、下水道事業で整備された巨大な調整池があります。もちろんコンクリート製で、そこにつながる大坪川もコンクリート三面張り。だれも近寄りません。ゲリラ豪雨対策なのでしょうが、あまりにも人工的過ぎて町の風景にはマイナスで、なんでこんなの作っちゃったんだって。

オガール(左奥の建物)に隣接する調整池はあまりに人工的過ぎて、人が寄り付かず、オガールの価値を下げる結果に…。「レイク」と考えると、別の姿が想像できる(写真提供:岡崎氏)

加藤 下水道だけの費用対効果を見て、まち全体への効果まで考えないで造ってしまったということですね。

岡崎 ウォルト・ディズニーが作ったセレブレーションというまちがフロリダにあるんですけど、中心部にレイクがあるんです。これ、日本だと調整池って言います。でもレイク。そう言った瞬間、水辺空間の土地代が跳ね上がります。

ラウンドスケープという考え方を持てば、不動産価値を上げるような都市サービスを、下水道が提供できる可能性はたくさんあると思いますよ。

加藤 日水コンも取り組んでおられますが、グリーンインフラはランドスケープやコミュニティ形成、生態系保全などの可能性を秘めていますね。人間の生活空間と自然の接点として、雨天時だけでなく晴天時も地域空間として重要な役割を持つと思います。

岡崎 まちづくりに必要なのは、ラウンドスケープ、スメルスケープ、サウンドスケープだと学びました。空間、におい、音ですね。下水道は3つのスケープの価値を上げることができる事業だと思います。

加藤 確かにそうですね。都会の川がきれいになったって言っても、近寄ると臭い。スメルスケープは下水道に残された課題だと思います。初めてお聞きするワードですが。

――サウンドはせせらぎでしょうか。

野村 90年代に下水道のモデル事業で、高度処理水でせせらぎを整備することをやりましたが、ポンプアップするから経費が掛かるし、時々臭い。私が設計したせせらぎは、ほぼ全滅じゃないかな。

個別に作るから失敗するんですよ。全体をまず描くこと、ランドスケープが大事ということですね。

加藤 スメルやサウンドは五感と言い換えることができそうです。五感から下水道事業を見るというのは大事な視点です。

――以前はモノを作ることに価値を見出し、モノに補助金がついています。今後は住民サービスとして創造した価値を評価する視点や、下水道もまちにサービスを提供するものなのだという発想が求められますね。

加藤 ただ、下水道ではサービスという言葉を敢えて避けていた時代があります。料金収入だけで成り立たせるというイメージが強くなるからです。下水道の公的役割から構築されている財政制度は堅持しつつ、市民のためのインフラとして「サービス」という意識を持つべきです。

加藤 下水道と福祉や健康とのつながりを追求
野村 身近な課題からグローバルな発想へ

長野県富士見町のデイサービスでは、施設利用者が下水汚泥由来肥料を使って野菜を育て、できた野菜を道の駅で販売している(写真提供:加藤氏)

加藤 下水道事業でも脱炭素を進めないといけませんが、二酸化炭素は見えません。それでも世界的な課題に地域から、そして個人として本気で取り組めるのか、と学生に聞いたら、脱炭素のための努力は常識。先生は時代遅れだと言われました。まちづくりをやっていて、市民の人は世界的な課題の脱炭素に興味があると感じますか。

岡崎 紫波町は緑に囲まれているので、脱炭素を啓もうしてもイメージがわきません。環境も同じ。このマクロの問題をミクロに落とし込んで、みんなの懐にダイレクトに影響するんだよ、ということを伝えるようにしています。

野村 共感します。昨年、日水コン水インフラ財団を設立したんですが、それはグローバルな課題と地域の問題の溝を埋めていきたいからなんです。助成をきっかけにして、小学生がまちの課題を考える。活動は小さくてもかまわないので、そこから気候変動や脱炭素という普遍的なコンセプトへの気づきにつなげていきたいと思っています。

岡崎 私も同じアプローチですね。紫波町で環境エコ住宅を整備しているのですが、営業時に、この住宅に投資したらどれくらい家計からのエネルギーに対する支払いが減るかをシミュレーションして見せる。さらに、夏涼しく冬暖かい、つまり健康になる、体にもいい、という感じで個人に視点を移転することで低炭素社会づくりにつなげています。

この住宅は先日成立した建築物省エネ法よりも高性能なので、当然単価は高い。さらにデザインコードで街並みのルールを決める。すると、意識の高い高所得者層が移り住んでくれて、税収も上がります。レストランの話と同じで、土地が安いから建物にお金をかけられるんです。

加藤 他の分野に広げていく発想ですね。環境にいいことだけど、健康にも福祉にもいい、とつなげていけばいい。

岡崎 そうそう、下水道が普及すれば健康になるとか、プライスレスの効果もどんどん。下水道はいろんなところにフックをひっかけられますよ。

加藤 街の要素はエネルギー、健康、福祉、歴史、文化、観光、土地などありますが、地域ごとに下水道による、それらの要素へ直接的または間接的なつながりを書いてみると発見があると思います。今は、その構造を見える化できていないだけです。下水道から巡り巡って最終的に土地の値段が上がることにつなげていく。逆に、つなげるべき要素はどこかとか。

まちづくりが目指すもの

紫波町は、JR紫波中央駅前の町有地10.7haを中心とした都市整備を図るため、紫波町公民連携基本計画を策定し、平成21年度から紫波中央駅前都市整備事業(オガールプロジェクト)がスタートした。岡崎さんは民側のディレクターとして関わり、これまでに岩手県フットボールセンター、官民複合施設オガールプラザ、紫波町図書館などを整備。ハードのみならず、人が集まるソフト的な仕掛けも数多く実践し、年間約100万人が訪れるまちを創り上げた(写真提供:岡崎氏)

岡崎 人口増より土地代アップ
加藤 下水道のためではなく、地域の元気のために

――不動産価値の向上がまちづくりの目指すところですか。

岡崎 私はそう考えています。

加藤 人口は関係ないですか。

岡崎 人口よりも土地代だと思います。

どの市町村でも、一番の地主は市町村です。地主がダメなら、ダメなまちしかできない。だからディベロッパー的な感覚が求められる。不動産価値を維持あるいは高めるために行政サービスをやっている。下水道だけ頑張ってもまちは良くならない。その視点で今後の下水道を議論していただきたいです。

加藤 目標が明確だと一致団結して頑張れそうです。

野村 あとは地域に岡崎さんのような人がいるかどうかが重要ですね。

加藤 下水道が提供できるサービスや価値は地域ごとに異なってくると思いますが、それをきちんと価値にするには共通のプロセスのようなものがある気がします。そのプロセスは理論化することができると思います。

岡崎 その通りです。紫波町には視察がすごく多いのですが、原因と結果だけを見る視察は意味がありません。紫波町ではバレーボール体育館を作って成功したんだ、スポーツに特化したら人が来るんだ、ではダメ。なぜバレーボールなのか、なぜやれたのか、そのプロセスを考えるべきです。営業力のある人がいて、3つのスケープを大事にしてきたんだ、とかです。

あとは逆算すること。松下幸之助が「本当の商売は売ってから作る」と言ったように、どれくらい買ってくれる人、使ってくれる人がいるか、どれくらいのお金を払ってくれるかから逆算して投資額を決めています。

将来起こりうる課題から逆算して、今何をやるべきを考えられえる人材が、まちづくりに必要です。

――逆算してみて、今の下水道は不動産価値を高めるために何ができるでしょうか。

加藤 下水汚泥由来の肥料を使った農業「ビストロ下水道」の普及に取り組んでいて気づいたのは、循環を構成する肥料を使う農家、できた野菜を食べる市民、そして下水道管理者が一緒により良い肥料づくりに取り組んでいる地域はうまく行ってます。生産者と消費者が協力しているからです。そして、福祉など他分野とも結びつけている地域もうまくいっています。福祉のつながりから資源循環につながるケースがあるのです。

そして必ず岡崎さんのようなキーパーソンがいる。そういう人は下水汚泥の農業利用が目的ではなく、地域の健康や元気のためというビジョンで動いている。そこには人が集まり、観光も成功し、資産価値の向上にもつながっていくんだと思います。

あとは全国に広げて、営業して、他の地域からお金を落としてもらうことが課題ですね。地域循環経済は最も大切ですが、発展するには他地域からの資金を引き込むことが求められます。

岡崎 オガールでオーガニックファーマーズマーケットを開催すると、2日間で2万人もの方が来てくださり、高い野菜ほど売れています。

加藤 やっぱり食の威力は強いですね。

岡崎 ビストロ下水道は素晴らしい取り組みです。ぜひロジカルでなくていいので、解決できる地域課題を100個くらい出してみてください。経験上、課題解決主義でいくと共感者が増えますから。

野村 課題解決主義も大事ですが、それだけでは進まない仕事もあります。課題解決と言っても、行政は建前として課題なんかない、ほぼうまくいっていると言いますからね。そういう時はあるべき論から入ることも必要だと思います。

岡崎 そうですね。私のあるべき論としては、公共不動産も民間不動産もすべからく公共財である、ということです。個人住宅でさえそうです。ごみ屋敷ができたら、周辺の家の価値は下がってしまいますからね。

下水道も目に見える部分はすべからく公共財です。だから、調整池ではなく、レイクと呼ばれる施設の方がいいんです。

加藤 形式知と暗黙知を大切に
野村 設計は基本、そこからの拡がりを
岡崎 売上、事業計画など数字から逃げない

――最後に次代を担う若手に向けて一言ずつお願いします。

加藤 学生にはいつも、形式知と暗黙知、定量化できるものとできないものの両方を大事にしなさいと言っています。定量化も大事ですが、自分をコントロールして活躍していくには暗黙知であるハートの存在をしっかり認識してほしいと思います。

野村 経営者になって言い続けていることは、コンサルタントのベースは設計であるということ。設計は形式知ですが、それも数をこなしていくと図面の変な部分が暗黙知で直感的に見抜けるようになる。そこから計画論などに拡がっていくのが良いと思います。

岡崎 非常に共感しますね。最初は数字、次は情熱、最後に愛と言っています。最初に愛を語るのは詐欺師だと言われたことがあります。情熱は大事ですが、愛や情熱しか語らない人は使い物になりません。

野村 ほんとそうですね。

岡崎 数字、つまり売上や事業計画から逃げてはいけない。以前、まちづくりをやる人間に必要なマインドはバンカブルだと言われました。投資できるかどうかという銀行員の視点ですね。まさに数字です。

加藤 もちろん、私も決して定量化を否定しているわけではないですよ。ですが、特に理系の学生には極端に定量化に偏っている人がいるのが気になります。

ただ、絶対に定量化出来ない領域がある。物事を左脳だけではなく、右脳との往復運動で考えること。つまり、調整池ではなくレイクと考えてみる。そうすることで新しい発想が生まれるし、人の共感を得ることが出来ると期待しています。

――ありがとうございました。

右から加藤氏、野村氏、岡崎氏、編集長:奥田早希子

環境新聞への投稿をご厚意により転載させていただいております