下水道DNAを変異させるデザインの底力

クリエイターが進化を促す種を蒔く

デザインの力を新規事業の創出やブランドの構築などに活用する「デザイン経営」が注目されています。作るだけではなく、これまでに作った下水道インフラを活用して、いかに新しく、素敵な価値を生み出すことができるのか。これからの下水道事業にも、デザイン経営の視点は有効です。東京都下水道局が2018年にスタートさせた広報プロジェクト「東京地下ラボ」の発案者かつ運営者であり、クリエイティブ集団「世界」のプロデューサーである小松健太郎氏に「東京地下ラボ」の成功要因やデザインの底力について伺いました。(編集長:奥田早希子)


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忖度の排除が驚きのデザインを生んだ
広報の先に未来を描く
クリエイターが発想の種を蒔く
コミュニケーションをデザインする場が重要


小松健太郎氏(世界株式会社 プロデューサー)(筆者撮影)

忖度の排除が驚きのデザインを生んだ

――「東京地下ラボ」は行政が広報媒体を作成して下水道利用者に発信する従来型の広報ではなく、下水道利用者「みずから」が広報媒体を作成して下水道利用者に発信していることと、そこに大学生が参加しているところがとても新鮮でユニークです。

東京都の課題は「若者に下水道が認知されていないので、若い人の関心を拡げること」でした。これまでも行政や企業から生活者への広報活動は行われていましたが、もっとコミュニケーションを深められるよう、互いに共創できる場を設けたいと考えました。

共創を成功させるにはコミュニケーションデザインが重要で、若い人に伝えるなら、若い人が作った広報媒体の方が伝わりやすい。なおかつ学生は行政と受発注の関係ではなく、行政にとって半分はお客さまで、半分は一緒に広報する仲間ですから、発注者や上司に対する変な忖度もない。さらに「ラボ」として行政組織の外に場を設けたことで、えっと驚くような新しいことに挑戦できました。

――リーゼントの先端にマンホール蓋を付けた人が下水道を解説する動画「水にアツいよ!下水番長!」には、えっと驚きました(笑)

2019年度の「東京地下ラボ」でグランプリを受賞した下水道の解説動画「水にアツいよ!下水番長!」では、番長の姿に驚かされる(写真提供:オズマピーアール

あれも行政組織の中でプロジェクトを進めていたら、生まれなかったと思います。

この動画が2019年度のグランプリになったのですが、総務部長の一存ではなく、民主主義的に学生の投票も考慮して決定しました。ここでもなるべく大人の忖度を排除する。このプロジェクトデザインだからこそ、通常の行政の手続きからは生まれない新しい下水道を伝えることができたと思います。

広報の先に未来を描く

右脳集団の学生クリエイターと、左脳集団の行政職員がせめぎ合い、共創して、斬新なアイデアがデザインされていく(「東京地下ラボ」でのワークショップの様子)(写真提供:オズマピーアール)

--「東京地下ラボ」での下水道広報において、小松さんとしての目標はどこにありましたか。

「トーカビリティ」を高めることを1つの到達点に設定してきました。バズっているエンタメ作品と同じように、生活の中やSNSで下水道が話題になることです。

とはいえ汚水のことを意識せずに生活できる現状は、下水道事業にとっての大成功ですし、とても素晴らしいと思います。それでも古くなった下水道インフラの修繕工事の必要性や、そういう仕事があるということを理解してもらうことが行政として必要だとするなら、デザイナーやクリエイターが、業界とは異なる形であえて問題化し、課題化し、話題化していく手助けができると思います。

――下水道広報は時として「伝えることが目的化」しがちだと感じています。「伝えた、その先」こそ大切だと思います。

下水道を伝えるための「東京地下ラボ」の活動を進めるうちに、未来を考えることがとても大事だと気づきました。そこで、2021年のテーマを「下水道の可能性を、想像力によって拡張する」とし、「SFプロトタイピングで描き出す、下水道 と都市の未来」と題するトークイベントも開催しました。SF小説のような、発想の飛躍をヒントに2070年の下水道を試作として未来の姿を可視化しようというプロジェクトです。

そこには、現状の課題解決型の発想法を超えて、未来がこうなったらいいなという個人の願望のようなものが込められています。

例えば、大事な下水道を一行政が担っていることが不安だという学生がいました。電気なら備蓄したり、節電したり、生活者がリスク回避の行動を選択できるのに、下水道ではそれができないから不安だというのです。この発想からは、例えば自律分散型の下水道の未来を想像できますよね。

地球環境など、未来の見通しが立ちづらい今の若い世代だからこそ、未来を切り開くアイデアをぶつけられるテーマにしました。

情報が溢れ、伝えること自体が非常に難しくなっていっているからこそ、本当にワクワクできることやエネルギーを込められるものなど、そういった強い思いが中心にないと、本当の意味で伝わらないし、伝えた先も描けないと考えています。

クリエイターが発想の種を蒔く

フィールドワークのようす(写真提供:オズマピーアール)

――初歩的な質問ですみませんが、そもそも「デザイン」とは何ですか。

商品を買ってもらうために、プロダクトやパッケージなどモノそのものをデザインする時代があり、広告やCMなど顧客とのコミュニケーションをデザインする時代を経て、モノも情報も溢れている今は複合的なデザインが求められています。

その対象も、モノそのものから形ない領域に拡大しています。経営に取り入れるデザイン経営や、新規事業の創出時にデザインの視点が取り入れられることも増えてきました。

――下水道広報もそうですが、会社経営においてデザイナーやクリエイターの役割とは?

右脳的にイメージし、それを可視化し、新しい発想の種を植える活動が大事だと考えています。そのことを「東京地下ラボ」で講演していただいたデザイナーの太刀川英輔さんは、デザインでDNA変異を起こせると語っておられます。

クリエイターは業界を知らないからこそ、新しいアイデアを生み出せる可能性が高い。いつも正しいわけではないでしょうが、変異させ、進化を促す種が入っていることは間違いありません。

人は変化に対してストレスを感じますが、これから外部環境は変わることが想定されますから、自分も変わっていかないと生き残れません。まさに生存戦略としての変化です。

コミュニケーションをデザインする場が重要

「東京地下ラボ」に参加した学生たちはフィールドワークも行った(写真提供:オズマピーアール)

――下水道をかっこよく、あるいは分かりやすく伝えることが広報やデザインのゴールではなく、「その先」の1つが変異ということですね。

変化のために「新しいことを考えろ」と言われている社員は、どの業界にもたくさんいるでしょう。でも、途中で上司や経営者を説得するための理論や数字といった左脳的な発想が入ってしまう。そうなると、本当は楽しいはずの「創造」が楽しくなくなり、うまくいかない。

かといって、右脳集団だけが集まってもダメ。右脳集団と左脳集団のバランスが大事なのですが、往々にして分断しがちです。「東京地下ラボ」でも作品を仕上げるまでは、学生クリエイターの右脳と、行政の左脳のせめぎあいでした。

この溝を埋めることが、我々のようなプロデューサーの役割です。互いが対立せず、より良いコミュニケーションを成立させ、1つの物事を完成させるのが理想的です。「東京地下ラボ」では、このコミュニケーションをうまくデザインできたと思います。学生同士のつながりができたことも財産になりました。

成功の要因の1つが、先ほども申し上げたように行政組織の外部に「場」を設けたことです。また、そこが「ラボ」であり、失敗できる場でもあったこと、そして意味のあることをやろう、価値あるモノを創ろう、という熱量があったこともまた、重要だったと考えています。

――新しいアイデアを生むときに「ヨソモノ」が必要とよく言われます。ヨソモノでもあるクリエイターならではのプラスアルファはどこにあるのでしょうか。

デザイナーやクリエイターは、何らかの方法で人の心や生活を良い方向に動かすことを仕事としています。人間の感情や心の動きに注目して、感覚や気持ち、五感などを駆使してアイデアを生み出し、これまでとは違った発想に誘ってくれる。そんな可能性を秘めているのだと思います。

--ありがとうございました。

環境新聞への投稿をご厚意により転載させていただいております