インフラ管理への参加がシビックプライドを生んだ

ゲーム×データサイエンスで未来を推察し、管理する

インフラ管理に住民を巻き込むことは難しい。その概念を覆すプロジェクトが、2021年夏にスタートした。「マンホール聖戦」だ。蓋の写真撮影とアップロード、写真から錆やヒビなどの情報を入力するレビューを住民が行う。副賞を用意し、ゲーム形式にしたことで話題を呼び、早くも登録者数は3万人を超える。

ゲーミフィケーション(ゲームの要素をゲーム以外の分野に応用し、顧客などとの関係を構築する取り組み)の好事例として報道されることが多いが、しかし、この取り組みの神髄はゲーミフィケーションよりも、シビックプライドの醸成やデータを活用したメンテナンスの効率化にこそある。同プロジェクトを企画・主催したWhole Earth Foundation(WEF)の森山大器CEOに、マンホール聖戦の成果や下水道マネジメントにおけるデータサイエンスの可能性などについて聞いた。(編集長:奥田早希子)


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市民もインフラ管理の当事者なんだ
インフラ管理への参加がシビックプライドを生んだ
みんなの写真からメンテの優先順位を付ける
データから生み出されたものに価値がある



市民もインフラ管理の当事者なんだ

子どもでも簡単にマンホール蓋の写真を撮影してマンホール聖戦に参加できる

――下水道などインフラ管理に市民を巻き込みたい、せめて関心を持ってほしいという要望を管理者側は強く持っていますが、言うは易し行うは難しで、住民参加はそうそう容易ではありません。そうした中「マンホール聖戦」はゲーム形式にすることで、易々と市民をマンホール蓋の管理に巻き込みました。この発想はどこから生まれたのでしょうか。

当社の前身であるFractaでは、降水量や地面のpHなどいくつかの環境変数を用い、上水道管の劣化状況を機械学習で推定するソフトウエアを開発しました。日本の自治体に使っていただいた実績で見ると従来の方法に比べ3割程度はメンテナンスコストを削減できる計算となるのですが、それにも関わらず自治体への導入が思ったほど進んでいません。

それはなぜか。自治体の方々の立場に立つと経済合理性だけではなく、市民の安全や安心を守る視点が重要なのではないかと気づきました。そこで改めて、下水道インフラと市民との関係性を見つめ直してみたのです。

下水道インフラの管理者である行政・自治体では今、税収が減り、施設の老朽化は進み、更新費は増大し、将来世代にコストを転嫁するか、下水道使用料を値上げするしかない苦しい状態に置かれています。

一方の市民側は、インフラ管理は自治体がやるものだと思っています。この状態で値上げと言われても市民は納得できず、自治体と対立構造に陥ってしまうでしょう。

しかし、本来は市民もインフラ管理の当事者です。市民を課題解決のプロセスに巻き込み、市民と自治体が歩み寄る形を作りたいと思ったことが、マンホール聖戦の発端になりました。そして、日本鋳鉄管の支援を得てマンホール聖戦が誕生しました。

インフラ管理への参加がシビックプライドを生んだ

「マンホール聖戦in渋谷」では初日のみで78%を収集。3日間で全マンホールの写真をコンプリートできた(WEF提供)

――2021年8月15日から19日までの5日間、東京都渋谷区で「マンホール聖戦in渋谷」の実証実験を実施されました。コロナ禍による緊急事態宣言下、かつ台風が直撃したにも関わらず、約700名が参加登録し、3日間で1万個すべてのマンホール蓋の写真データを収集(コンプリート)できました。データ収集の点では大成功ですが、市民と自治体の歩み寄りの点で良い兆しは見られましたか。

参加者へのアンケート結果から、参加した理由として最も多かったのは賞金や商品目当てではなく、「インフラの課題解決につながるというコンセプトに興味を持った・共感したから」という回答でした。これはうれしかったですね。

また、20~30代の若い世代の参加が最も多く、これからの社会課題の当事者になっていく年齢層に訴求できたことも大きな成果だったと思います。

――同年11月には地方都市初となる「マンホール聖戦in加賀市」が石川県加賀市で開催されました。地方都市と首都圏を比較し、市民の意識などに違いは見られましたか。

開催期間は7日間だったのですが、1.5日間で約8000個のマンホール蓋をコンプリートできました。「マンホール聖戦in渋谷」と比べると、1人当たりの撮影数が圧倒的に多かったです。

加賀市は温泉街なのでその水質に起因してインフラが劣化しやすく、定期的な調査が不可欠です。

一方で、現在の加賀市は市町村合併により複数の自治体が合併してできたいという経緯があるためマンホール蓋が地理的に分散しており、存在を把握して、1つ1つ調査するには手間も時間もコストもかかります。それをわずか1.5日で、しかも市民の力で成し遂げた。これは自治体業務の効率化の面で圧倒的な成果です。

ですから自治体からありがたいと言っていただきましたが、一方で市民の方からもありがたいと言っていただきました。自分たちの町を守ることに自分も参画できた、そこに喜びを感じたそうです。また、多くのインフラに支えられていたことに気づいた、町の別の側面を知った、などのご意見をいただきました。

こうした市民の声を受け、宮元陸・加賀市長は、マンホール聖戦が1人1人が町を愛する心、シビックプライドの醸成につながったと評価してくださっています。

マンホール聖戦は単なる情報収集のイベントを超え、自治体と市民が向き合うインターフェースに成り得ると感じます。

行政ツールとしても使えるかもしれません。先程、下水道使用料の値上げに市民は納得しにくいと話しましたが、マンホール聖戦を通してインフラへの理解、町への愛が深まっていれば、厳しい施策を展開しやすくなるのではないでしょうか。

みんなの写真からメンテの優先順位を付ける

「マンホール聖戦」に参加するためのアプリ「鉄とコンクリートの守り人」のスマホ画面。左は写真撮影時。右は蓋の状況を登録するレビュー時のもの(一部加工済)(WEF提供)

 ――WEFの取り組みは、マンホール聖戦のように情報を集める「収集」と、情報から劣化度合いをデータサイエンス的に推察する「分析」の2つの側面を持ちます。情報収集では市民の力を借りて安価かつスピーディーを実現し、一定量のデータから市域のみならず、日本中、世界中のマンホール蓋の劣化を推察するソフトウエアを構築できる。技術者が管理してきた従来のマネジメント手法を、ドラスティックに進化させました。日本の下水道マネジメントの現状をどのようにご覧になっていますか。

日本における下水道のストックマネジメントは、掛け声は打ち出されつつも、実行面はまだ緒についたばかりと理解しています。それは地方都市ほど顕著です。

例えば、加賀市にも下水道台帳はありますが、蓋の設置時期など過去の事実の記録でしかなく、メンテナンスを効率化するためにどのようなデータを集め活用していくのかという検討は始まったばかりです。多くの地方自治体においても、熟練した技術者の職人的な勘に頼っているのが現状だと思います。

――そこにデータサイエンス的な手法でアプローチされているわけですが、管理の現状をどう変え得るのでしょうか。

人による判断は感覚的なものなので人によって異なりますし、熟練技術者が退職すれば感覚そのものが失われてしまいます。

データサイエンスを用いれば、技術者がいなくなっても、その人を超える性能で、安定して、高い再現性で判断を下せるようになります。

その際に扱うデータは、高度である必要はありません。マンホールの蓋の写真という基礎的なデータがあれば、メンテナンスの優先順位をつけることはでき、たとえそれだけであっても、もともとの管理コストが大きいので、大きな経済効果を期待できます

データから生み出されたものに価値がある

「マンホール聖戦in渋谷」の表彰式の様子(後列右端が森山氏。WEF提供)

――下水道マネジメントでのDXが進んでいますが、データ収集の方法としては必ずしも最先端の機材を使う必要はなく、集めたデータをどう活用するかが重要ということですね。

市民からインフラに関する情報を集める事例はこれまでにもありますが、市民レポートのようなツールで寄せられる情報はエリア全域の中の一部で発生した個別の情報にすぎず、その事案がエリア全域の中でどれだけ優先度が高いのかという意思決定には使いづらいのではないかと想像しています。優先順位がつけづらいと、自治体で担当される職員の方は寄せられた意見1つ1つに、個別に対処しなければなりません。

市民の力を借りた情報収集が「今の状況」に対処しているのに対し、さらにWEFが提案しているのは、機械学習から推察された「未来の状況」への対処です。マンホール聖戦ですべての蓋をコンプリートし、データを分析して未来を推定し、メンテナンスの優先順位をつける。ソフトウエアを使えば、コンプリートしていない地域であってもそれが可能です

下水道に限らず公共インフラのDXは、高精度なIoTや高解像度のカメラなどのセンサーを導入するなど、ハードウエア依存が強いと感じます。一部を詳細に知ることはできるかもしれませんが、エリア全域の優先順位付けには不向きでしょう。

高精度なセンサーに比べれば、市民が撮影した写真情報は原始的です。しかし、集まったデータを高度に後処理すれば意味のある示唆を抽出できる。そこにこそ価値があるのだと思います。

--ありがとうございました。

環境新聞への投稿をご厚意により転載させていただいております