ゆらゆらとたゆたう姿に癒されるとして最近、クラゲ人気が急上昇しています。でも、癒しだけが水族館ではありません。海の生態系、食文化、温暖化など、さまざまなことを感じ、学べるスポットでもあります。クラゲの水族館として有名な山形県鶴岡市にある「加茂水族館」の奥泉和也館長に、水族館の楽しみ方、学び方を伺いました。
奥泉和也氏(加茂水族館館長)
1983年より加茂水族館勤務。97年にクラゲの展示を開始し、2000年に加茂式クラゲ水槽を開発するなど、クラゲの繁殖と飼育方法を確立させる。05年には加茂水族館のクラゲの展示数が世界一となり、08年には古賀賞(日本動物園水族館協会・最高賞)を受賞
生物の不思議さ、複雑な営みを感じてほしい
加茂水族館では、直観的に楽しい展示を心掛けています。興味のあるところでは、自然と足が止まるでしょ。クラゲであれば、その美しさや、発光する不思議さ、毒はどう発射されるのかなど、“ツボどころ”をいっぱい作ることが私の使命だと思っています。クラゲを通して生物の不思議さや複雑な営み、生命を尊重する心を感じてほしいですね。とにかく生物を観察していただきたい。
ヨーロッパにあるような何百年も体系的に変わらない水族館は博物館学として必要ですが、そこを維持しつつも、新しい知見に基づいた展示や、分かりやすく伝える手法を常に模索しています。水族館は“人に伝わってなんぼ”の世界ですから。
「サケが切り身で泳いでる」なんてサケに失礼
この地では鳥海山の伏流水が入る増川をサケが遡上し、そのお腹にあるイクラで、江戸時代からサケの養殖が行われています。その1場面としてサケのお腹を裂いてイクラを取り出すシーンも見せます。残酷だと思う人もいるでしょうが、それがこの地の食文化ですし、動物は食物連鎖の中にあって、動物を食べるのが動物です。お客さんが笑顔になってほしい気持ちはありますが、伝えるべきことは伝えます。
驚くことに、サケは切り身で泳いでいると思っている子供が実際にいる。そういう子供たちがいることに、大人は危機感を持つべきです。サケの全体像を想像できないのは、サケに失礼でしょう。おいしいだけではだめ。おいしい物の形や生い立ちを知るべきです。
茶碗のご飯粒を残さず食べることと同じです。食べ物に向き合うことは、物事1つ1つにちゃんと向き合うことにつながると思うんです。
“ゴミはゴミ箱へ”が海ゴミを減らす
クラゲを探して海に出ると、ビニール袋をよく見かけます。河川から流入するものがほとんどでしょう。量は20年ほど前と比べて、不思議と増えていません。最近、マイクロプラスチックを海の生物が食べてしまうとして問題になっていますが、ずっと前から深刻だったんですよ。
私が小学校の時に美化活動としてゴミ集めをした時、ものすごい量の空き缶が集まりました。でも、最近は少ない。だったら海のゴミも少なくなっていいはずなのに、思ったほど変わっていません。海外から流れつく物が多いとは思いますが、すべてそうとは思えません。捨ててしまえば誰かが処理してくれる、そう思っている人がまだいるということなのでしょう。当たり前のことですが“ゴミはゴミ箱へ”を徹底する必要があるのかも知れませんね。
先を急がず森羅万象を深くじっくり観察しよう
戦時中にホッケがたくさん採れていましたが、ここ10数年ほどは釣れませんでした。温暖化の影響かなと思っていたんですが、今年は釣れました。何かあると温暖化の影響と簡単に言われますが、それだけでは片付けられない大きな周期が海にはあって、その周期を知って対応しないといけないということを感じます。
今の地球は間氷期(氷期と氷期の間に挟まれた比較的温暖な時期)なので安穏として暮らしていられますが、この時期を長く享受するには、地球環境が急激に変化しないよう努力しないといけない。政府は経済活動だけではなく、10年20年の周期を深く理解する理学的学問に対しても予算を付けてほしいですね。時間が早く流れる時代ですが、森羅万象すべてを深く理解し、知の好奇心を追求すること、1つ1つをじっくり観察することはとても重要なことだと思います。
下水処理場があったから実現したクラゲ展示
加茂水族館は都会から離れた立地のため、汚れの少ない天然に近い海水をかけ流しで使っている。基本的には近隣で採れた魚類を展示しているので、排水をそのまま海に還しても問題がない。ただし、クラゲだけは例外だ。海外のクラゲも多く、それが海に流れ出ると外来種として生態系に悪影響を及ぼす。したがって、クラゲ関係の排水は鶴岡市の下水処理場で処理される。下水処理場がなかったら、クラゲの展示も実現しなかった。
水族館は研究室でもあった
加茂水族館のクラゲはすべて、加茂水族館で培養されたもの。舞台裏では培養方法の研究開発が日夜続けられている。「実験ではできても、大きな水槽では失敗することもあります。元気なクラゲをお客さんに魅せられない時は辛いですよ。でも安定志向では新しい知見は得られない。挑戦しないとね」(奥泉館長)
庄内の淡水魚・海水魚コーナーを及ぶ魚たちの多くは、奥泉館長が釣ってきたものだとか。
聞き手:MizuDesign編集長 奥田早希子