【鼎談】リスクマネジメントからリデザインするアフターコロナの下水道②

評判リスクから下水道従事者の人権を守れ

コロナと気候危機を乗り切って下水道機能を持続させるには、従来業務の効率化だけにとどまらず、業務そのものをリデザインするくらいの新しく抜本的な対応が必要です。そこで本鼎談では、下記3名の方ににお集まりいただき「リスクマネジメントからリデザインするアフターコロナの下水道」をテーマに議論していただきました。全4回の2回目です。

加藤裕之氏 東京大学下水道システムイノベーション研究室特任准教授(元国土交通省下水道部下水道事業課長)
若狭公一氏 埼玉県下水道公社市町村支援課主幹
尾上裕二氏 浜松ウォーターシンフォニー最高執行責任者

(進行・執筆:奥田早希子・一般社団Water-n代表理事。2020年8月11日取材)


テーマ2「コロナ禍における評判リスクと官民連携」

下水道従事者の人権を守れ

加藤裕之氏 東京大学下水道システムイノベーション研究室特任准教授(元国土交通省下水道部下水道事業課長)

――加藤さんは東日本大震災の復旧などのご経験があります。今回は少し外側からコロナ禍をご覧になってこられたわけですが、震災などとの違いをどう感じておられますか。

加藤氏 地震は主にモノへの被害が大きく出る災害で、人を集め、いかに組織的に復旧を迅速に進めるかが重要になります。これに対しコロナは人を狙ってくる災害で、それに伴って業務履行が難しくなったとしても、人が集まってはいけない。それぞれがそれぞれの持ち場でいかに安全に効率的に仕事をするかが問われます。これまでに経験したことがない災害です。

また、飲食店など人が集まる職種を中心に休業要請が出されていますが、下水道には休業要請は出されません。レストランは夜10時までの短縮営業にするケースもありますが、それすら下水道には許されません。

下水道の仕事は、やり続けなければならない。感染リスクにさらされながらもやり続けることの辛さ、そして難しさがコロナ禍の問題だと感じています。

下水道と同じようにやり続けなければならない社会インフラの従事者は「エッセンシャルワーカー」と呼ばれます。医療従事者もその1つですが、看護師の子どもとは遊ぶなといった風評被害のような状況もあると聞きます。同じような状況に下水道従事者がさらされることがないように、と強く願います。

どうすべきかの答えは持っていませんが、下水道界のブランド、そして下水道従事者の人権を守る方策が必要です。通常であれば企業同士はライバルであるわけですが、知恵を出し合い、助け合い、業界全体で考える好機でもあると考えています。それぞれの職務を超えて日本の下水道界のブランドや職員の人権のために誰がリーダーシップをとるべきか?ということですね。

作業時に白い目で見られたり…

若狭公一氏 埼玉県下水道公社市町村支援課主幹

――実際の現場ではこのあたりのことについて感じるところはありましたか。

若狭氏 例えばマンホールの蓋を開けただけで、近所の人から白い目で見られたという話は聞いています。水質検査をお願いしてる民間事業者から、マンホール内に入りたくないと相談があり、入らなくてすむようにやり方を工夫したりしています。

――それはBPRの一環でもありますね。

若狭氏 地震などとは異なり、住民は普通の生活を送っているので、汚水は流れてきてしまう。だから、下水道は逃げられません。だからこそBPRのように業務の見直しが必要なのですが、それでも現場作業をゼロにはできません。

自分自身も感染することが怖いですし、人からどういう目で見られるのかも怖いです。それでも事業継続のために出勤しないといけない。精神的にきつい時もあって、ストレスのせいか週の始まりに体調が悪くなることもありました。モチベーションの維持は大変でした。

継続への努力を市民に伝えたい

尾上裕二氏 浜松ウォーターシンフォニー最高執行責任者

尾上氏 毎年、市民向けに下水道教室を開いていたのですが、今年は感染拡大防止を最優先するために休止しました。

「下水道機能の維持に集中し、粛々と業務を行う」。市民との触れ合う機会がない今、そのことの意義をいかに市民にアピールするかを検討しています。下水道は動いていて当たり前と思われる方が多いと思いますが、実は結構大変なんだということをご理解いただけるとうれしいです。

とにかくインフラサービスは止めるわけにいかないので、最後はひとりひとりの理念や使命感の醸成により仕事をするしかないと思っています。

加藤氏 浜松ウォーターシンフォニーの親会社であるヴェオリアグループの社員の方には数名お会いしたことがありますが、みなさん使命感があって、会社としての結束感が強いと感じています。それはどこから来るのですか?

想像するに、仮に包括委託や仕様発注だったら、そこまでの使命感を持てないのではないでしょうか。上下水道では国内初のコンセッションだからということもそうでしょうし、コンセッションだからこそ「ここは自分たちの処理場だ」という思いがより強いのではないでしょうか。

尾上氏 確かに日本初のコンセッションということは大きいですね。民間企業として「失敗するわけにいかない」というシンプルな使命感が全員にあります。

ここで成功すればコンセッションが他の自治体にも広がるでしょうし、失敗すれば今コンセションを検討している自治体が計画を取り下げるかもしれない。下水道の潮流を変えることにもなるかもしれないわけです。その責任が我々の肩に乗っているという意識は持っています。

昼食休憩時もソーシャルディスタンスをキープ(浜松ウォーターシンフォニー提供)

――コロナ禍でも使命感を持ち続けられたのはなぜでしょうか。

尾上氏 我々の第一の使命は、安全で安心な下水道サービスを継続することです。そのために、社内にはさまざまな方策があります。その1つであるBCPでは新型インフルエンザへの対応は規定していたので、それをリファインする形でコロナ対応を追記しました。

当初はコロナリスクをいかに遠ざけるかを考えていたのですが、コロナ禍であってもなくても、安全で安心な下水道サービスを継続するという我々の使命には変わりはなく、コロナはその障害の1つでしかない。そう考え方を切り替えました。

加藤氏 常に立ち返るところが明確になっている。日ごろからそのマインドを持っているから、強い組織が作られるのですね。

大幅な水量減少リスクへの対応を

「密」を避けるため、下水処理場では住民に人気のあるマンホールカードの配布を中止に(荒川水循環センター。埼玉県下水道公社提供)

加藤氏 コロナ禍で旅館やホテル、工場などの稼働率が下がり、水の使用量が減っているのではないですか。となれば下水道使用料も減ります。自治体であれば最終的には税金から補てんするという選択もありますが、コンセッションの場合は難しいし、値上げも難しいでしょう。

浜松ではそのリスクを官民でどう分担しているのですか。減免措置がないと厳しいのではないでしょうか。

尾上氏 水量減少に対する減免措置は契約に盛り込まれています。減免措置が大きい場合は市が負担しますが、そうでなければ会社として負担せざるを得ません。

加藤氏 エネルギー単価が上がった場合は使用料を上げられますか。

尾上氏 短期的には固定されており、例えば次の5年間の事業計画を考える際に市と協議していきます。ですので、今は想定されていません。

加藤氏 水使用量と料金収入の大幅な減少リスクは、今は完全に想定外ということですね。今後、管理者であり、最終的な責任を有する自治体としても、柔軟で、かつ市民から理解の得られる対応の検討が求められます。

若狭氏 下水道公社が管理する流域下水道の処理場には県内の市町村から汚水が集まってきます。大規模事業場の操業停止などがあれば下水量は減りますが、今はまだそういった事態にはなっておらず、県全体の使用水量はそれほど減っていません。

ただ、市町村単位で見れば大変なところもあるかと思います。(つづく)

その1「人的リスクは甚大。だからこそBPRで業務を研ぎ澄ます」

「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています