人々が欲する価値が変わってきた。モノが無い時代はモノそのものに価値があったが、モノが充足した現在はその価値は下がり、モノがもたらすサービスなどのコトに価値を見出すようになっている。自動車メーカーはいち早く車を売ることをやめ、移動というサービスを売る「MaaS」(Mobility as a Service)に舵を切ろうとしている。
サブスクリプション(定額制)サービスに見られる所有から利用への消費者の行動変容も、モノからコトへの価値変革として捉えることができる。こうした大きな社会の流れは、いずれインフラ産業にも影響を及ぼす。下水道も例外ではない。
下水道事業はまさに今、普及期の整備の時代、そして整備されたモノの維持管理の時代を経て、モノを利用して価値を生み出す「サービスの時代」への大転換期にある。変化に備え、自らを変革させられない企業は、大波に取り残される。そこで下記3名の方々に「GaaS」(Gesuido as a Service)について議論していただいた。
- 加藤裕之氏 東北大学特任教授(国土交通省下水道部の元下水道事業課長)
- 山下雄一氏 パシフィックコンサルタンツ社会イノベーション事業本部インフラ経営戦略部インフラPPP事業室長
- 田村光氏 東京電力パワーグリッド事業開発室部長
3回に分けて掲載する。第1回は、下水道サービスそのものの価値を向上するための方策について議論した。(肩書は鼎談2019年7月19日当時)
官民連携で新サービス創出の期待
――下水道サービスを住民に提供するのは自治体であり、業界各社は自治体に装置や設備などのモノを販売することで収益を上げてきました。しかし、下水道が普及した現在、モノ売りのビジネスモデルには限界があります。異業種ではモノそのものではなく、モノが生み出す価値やサービスである「コト」を売るビジネスモデルへの転換が始まっています。同じ視点で下水道業界も変革が必要ではないでしょうか。
加藤氏 目的・素材・効率性・主体(誰)という4つの視点で物事を考えるようにしています。下水道でいうと、下水道サービスという「目的」を達成するために、どのような「素材」を、いかに「効率」的に、「誰」が使うのか、ということになります。
これまではストックが不足していたので、産業界は「素材」つまりモノを売る部分に注力してきました。しかし、すでにモノは充足し、今後は下水処理場の新設などは国内では行われないでしょう。一方で、人口も使用料収入も減り、下水道事業に携わる自治体職員も減っていきます。
そうした中、目的を達成するために特に重要なことは「効率性」だと思います。法改正も行われ、既存ストックを長く大切に使っていくストックマネジメントや、広域化によるスケールメリットで効率化を実現するような制度作りが進められているところです。
また、効率性を実現するために官民連携はますます拡大していき、下水道サービスを「誰」が担うのか、その主体も変わっていくでしょう。今までは民間がモノを自治体に売り、自治体がそのモノを使って住民に下水道サービスを提供してきましたが、今後は民間が住民に直接的にサービスを提供することもありえます。そうなった時、今まで考えられなかった新しいサービスが生まれることを期待しています。
ストックマネジメントでライフサイクルコスト最少化
――パシフィックコンサルタンツ(以下、パシコン)は静岡県富士市で管路管理に関する包括業務を請け負い、ストックマネジメントも行っています。どのような成果があがっていますか。
山下氏 管路は下水道資産の7、8割という膨大なストック量であるうえ、老朽化が進んでいます。地上から劣化状況を把握できない難しさもあり、これまでの管理は事後対応が主流でした。
そのため、維持管理データの蓄積が十分ではありません。その場合は机上データだけでストックマネジメント計画を策定せざるを得ないのですが、現場の実態と乖離することが少なくありませんでした。管路管理を効率化するには、予防保全型への移行は必須だと思います。
そこで富士市では、当社の社員が現場まで点検に行き、管路の実態を把握しています。富士市の実態に即した独自の点検基準の作成やその結果の分析評価を基に、管路の劣化状態をハザードマップで見える化し、どこから着手し、どのような対策をすべきかの優先順位付けをし、予防保全的に管理しています。
ストックマネジメント計画はPDCAを回して毎年ブラッシュアップしながら、富士市にしか適用できないオーダーメイドとなっています。ここまでできるのは、5年間という複数年契約かつ包括的な委託だからこそです。
これから日本各地で管路の老朽化が進みます。効率的にデューデリジェンスを行い、自治体の予算と予防保全のサービスレベルをバランスさせることは、極めて重要です。古いモノすべてを改築するのではなく、古くても使えるモノは使い、点検や部分修繕だけで済むこともあるでしょう。ストックマネジメントでライフサイクルコストの最少化と市域の全体最適化を図ることは、下水道サービスの持続、ひいては住民メリットにつながるはずです。
加藤氏 コンサルが現場で点検されているとは、これまでにない取り組みで驚きました。建設の時代は設計指針通りに設計すれば、誰でもどこでも同じモノを作ることができました。
しかし、今はすでにモノはあります。これからは“モノをどう使うか”です。建設の時代とは明らかに異なる考え方や提案が求められますね。
インフラ事業も所有から利用へ
――東京電力はこれまでもモノを使って電力サービスを提供してこられました。下水道事業におけるモノからコトへのシフトをどうご覧になっていますか。
田村氏 社会のメガトレンドが「所有」から「利用」へと変化する中、ビジネス全体も大きく変化してきており、インフラ事業も少なからず影響を受けると思っています。下水道事業も例外ではありません。電気事業で培った“モノを使う”技術やノウハウは、下水道事業でも生かせると考えています。
電気事業では下水道に先んじて設備の老朽化に直面し、アセットマネジメントに早くから取り組んできました。メーカーが推奨するTBM(タイムベースドメンテナンス)から、設備の劣化状況に応じたCBM(コンデションベースドメンテナンス)に移行するなど、カイゼンにより徹底的な効率化を進めてきました。
そのノウハウを、下水道事業で当社初の実績となった富士市の下水処理場における電気設備の管理に活用し、メンテナンス頻度の見直しやコストダウンなど一定の成果を上げることができています。
当社は送電線や配電線のネットワークを使って電気を提供しており、管路というネットワークを持つ上下水道事業と類似しています。当社社員は停電させてはいけないという強い使命感をもって仕事に取り組んでおり、途絶えさせてはいけない重要なインフラである上下水道事業とマインド、価値観も共通していると思います。人口減少、設備老朽化、技術者不足など、共通する課題もあります。
また、下水道事業からは大量の下水汚泥が発生しますが、仮にこの汚泥全量をエネルギー利用すると40億kWh/年、約110万世帯の年間電力消費量にも相当するバイオマスエネルギーとなります。
このように両事業の親和性は極めて高いものがあります。当社の下水道事業はまだ緒に就いたばかりではありますが、メーカーではない見方で下水道事業をとらえ直し、異業種だからこその視点でこれまでとは違う新しい価値ややり方を提供していきたいと考えています。
加藤氏 下水道業界は自治体にモノを売るビジネスモデルでやってきましたが、モノの需要が漸減する中では限界が見えています。イノベーションを起こすには、異業種ならではサーチライトを当てて、下水道事業をとらえ直すことは重要ですね。(続く)
進行・執筆:Mizu Design編集長 奥田早希子
※「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています
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