下水道事業はまさに今、モノを利用して価値を生み出す「サービスの時代」への大転換期にある。自らを変革させられない企業は、大波に取り残される。「GaaS」(Gesuido as a Service)についての鼎談を3回に分けて掲載する。最終回は、社会変革に伴って変革する”求められる人材像”について議論した。(肩書は鼎談2019年7月19日当時)
“飲み会の幹事役”的人材の育成を
――マルチユーティリティがプロデューサー的な仕組みになるとするなら、そこに関わる企業内部にはプロデューサー的な人材が求められます。本鼎談のテーマである「サービスとしての下水道」、地域経営のための下水道と言い換えることもできるでしょうし、そのツールとしてのマルチユーティリティを実現しようとするなら、従来の下水道業界とは異なる人材やスキルが必要になるのではないでしょうか。
加藤氏 国土交通省下水道部はエキスパートを育てる仕組みになっており、確かにエキスパートは育っています。
しかし今後はエキスパートというよりも、分野と分野、自治体と民間、人と人など多様な主体と主体をつなぐコーディネーター役が必要になるでしょうね。分かりやすく言うと、飲み会の幹事役をやれる人かな(笑)
試験問題を与えられ、良い回答を書ける人材だけでもだめ。自ら問題を見つけ、調査して答えを探せるような人材の育て方をしていかないといけません。時にはトレードオフもあるでしょうが、そこをうまく調整できるセンスのある人材が必要です。大学での教育も含めて考え直すべきなのかも知れません。
下水道のスペシャリストも財務・法務のスキルアップ
――パシコンではサービスプロバイダーという新しい事業に取り組んでおられますが、求める社員像やスキルに変化はありますか。
山下氏 当社はPFIのアドバリザリー業務では日本最多の実績があり、財務や法務に詳しい専門部署もあります。だからといって、サービスプロバイダー事業を担う社員が、それらの知識を持たなくて良いというわけにはいきません。下水道の基幹技術に関してスペシャリストであることは当然として、最低限の財務と法務の知識は必要です。
最近は、コンサル部門からサービスプロバイダー部門に異動する社員も増えています。経済学部や法学部の出身者もいますが、大半はOJTでスキルアップをしています。
私自身は上下水道の技術部門で15年ほど勤め、その後に官民連携の部門に異動し、数年前からサービスプロバイダー事業の部署に配属になりました。やってみて感じることは、プロジェクトマネジメント力が必要だということです。説明力、交渉力、プレゼンテーション力、地元企業などとの調整力など、さまざまな能力が求められます。
社員みんながチャレンジ精神を持とう
田村氏 電気事業は今、人口減少(Depopulation)・脱炭素化(Decarbonization)・自由化(Deregulation)・デジタル化(Digitalization)・分散化(Decentralization)という「5つのD」に直面し、大きな転換点を迎えています。それらに対応するために、海外展開や新しい事業領域への参入を進めています。下水道事業への参入はその一環です。
停電させないという使命感は持ったままで、さらに新しいことにチャレンジするスピリッツが、社員全員に求められてきています。インフラを担う責任感と新しい時代を切り拓く気概を持ち、挑戦者として大転換期に臨みたいと思います。
うれしいことに、新しい取り組みを通じて、今までとは違う部分の脳を使って考える社員が増えてきたようにも感じます。徐々にではありますが、頼もしい若手が出てきているのはうれしい限りです。
――東日本大震災後には人材が流出したと聞いています。世論の風当たりが強い中、社員のモチベーション維持は容易ではなかったのではありませんか。
田村氏 若手社員には、東京電力でなぜ仕事をしようと思ったのか、入社した時の気持ち、原点に立ち返ろうと言ってきました。経営環境は確かに厳しくなりましたが、インフラを担う使命感は不変であると思います。
一方でこの先、事業環境の変化に伴い仕事も変わっていかなければならない未来が見えてきています。変わることは楽なことではありませんが、見方を変えれば仕事としてのおもしろみが増し、従来であればできなかったことにも挑戦できる環境になっている、そう考えることもできます。
これまでの「モノづくり」の考え方は通用しない
――会社が変わっていく中、経営層のマインドを社員に浸透させることは難しい。パシコンではどうやってマインドセットされていますか。
山下氏 社長がさまざまな場面で、サービスプロバイダー事業をやっていこう、ということを自らの言葉で社員に発信してくれています。結果はすぐに出るものではありませんが、途中でやめれば終わってしまう。そこを長い目で見てくれています。
おかげさまで富士市や柏市では、下水道においてもサービスプロバイダー事業が徐々に形になってきました。まだまだコンサルティングが基幹事業であり、収益も多いですが、社長をはじめ全社的にサービスプロバイダー事業を応援してくれます。会社が事業継続できる環境を作ってくれることが、社員の安心感につながっていると思います。
この事業は地域経営にとっても、下水道サービスにとっても、下水道業界にとっても必要だと考え、仕事に向き合っています。
――自治体のマインドはどうですか。
加藤氏 まずは下水道の組織トップの意識改革から始めるべきでしょうね。リーダー自らが、今後の下水道事業をどうするかという下水道ビジョンを持ち、リーダーシップを持って若手に伝えていかなければなりません。
――その個人版の下水道ビジョンも、これまでの延長線上で考えてはいけないということですね。
加藤氏 今まさに、モノづくりの時代からサービスの時代に入ろうとしています。下水道事業の長い歴史の中で、今は初めてと言えるほどの大転換期を迎えています。これまでのモノづくりの考え方ややり方は、今後は通用しないでしょう。
コンセッションなどで民間活用を進めようとしているのも、大変革への対応ととらえることができます。しかし、官民連携においては、民間をどう評価するか、の部分が確立されていません。民間評価のレギュレーション(規程)作りを急ぐべきです。
組織のリーダーだけではなく、自治体職員にも気概を持って、かつ楽しんで、この大転換期に臨んでもらいたいと思います。
一緒に下水道の宝を探しに行こうよ!
――大転換期を乗り切り、新しい価値を創造し、地域経営に貢献していくには、多様な人材が必要です。しかし、人材の争奪戦は激化が予想されます。ユーチューバーといった新しい職業が生まれ、魅力的なスタートアップ企業が続々と誕生する中、下水道は分が悪く、下水道で働きたいという人は多くはありません。人を集める取り組みも重要です。
田村氏 下水道はいわゆる静脈産業ですが、資源やエネルギーを創出できる点からすれば動脈的な要素も備えています。マルチユーティリティで動脈インフラと静脈インフラがつながれば、これまでとは異なる魅力を見出せる可能性があります。
最近は、仕事を通じて社会課題を解決したいという若い人が増えているように感じます。過去の延長線上ではなく、新しい視点で下水道事業を再定義し、新しいことに取り組めるチャンスや魅力を伝えていくことで、若い人の関心を集められるのではないでしょうか。
山下氏 平成26年に、今後10年程度で汚水処理システムを概成する構想が打ち出されました。それから5年が経過し、あと5年後には10年概成の目標期日を迎えます。その頃には下水道整備は終わり、間違いなく管理の時代、サービスの時代に変わります。管理や運営に重心を移した人材は必須です。
また、今よりもっと民間が関与できる間口が広がっていくとするならば、今よりもっと多様な人材が必要になります。
当社としては、サービスプロバイダーや官民連携、マルチユーティリティへと事業展開し、できるだけ広くサプライチェーンに関われるようにすることで、さまざまなバックグラウンドを持った人材が各自のスキルを活かせる場、そして多くの人に下水道事業に携わっていただける場を創出していけるのではないかと思います。
加藤氏 これから世界では水・食・エネルギーが大きな問題になります。それらをトータルで解決できる可能性を下水道事業は秘めています。
一方、ここまで議論してきたように、地域経営に貢献できる可能性もあります。
グローバルな問題なのにローカルに解決策があったり、ローカルな事業なのにグローバルな社会にも貢献できたりする。それが下水道の魅力です。
若い人には、こう伝えたいです。
「一緒に下水道の宝を探しに行こうよ!」(完)
進行・執筆:Mizu Design編集長 奥田早希子
※「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています