(第17回)イギリスはなぜ、PFIをやめたのか?
「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が1999年に施行されてから今年で20年が経過する。この間、上下水道分野でもPFIが活用されてきた。同法で参考にしたのはイギリスだったが、昨秋、そのイギリスが新規PFIは行わないと発表した。海外のPPP制度に詳しい東洋大学経済学部の難波悠准教授は「その理由を知ることで、これから日本で公共サービスを持続させるヒントを見出せる」と指摘する。
PFIを始めた3つの理由
イギリスが90年代にPFIを始めた時代背景や目的には、大きく3つあると考えられる。
1つ目はサッチャー政権下、小さな政府を目指していたこと。
2つ目は、EUの仲間入りをする前提として、借金が認められなかったことだ。そこで、民間資金で公共インフラを整備し、そこから提供される公共サービスを購入するという手法を発明した。これがPFIだ。あくまでも官側はサービスを購入しているだけなので、施設はオフバランス化でき、借金ではないというロジックである。
3つ目は、公共工事の遅延と予算オーバーが顕著であったこと。発注者側の能力不足と、工事業界の体質が背景にある。PFIで民間に借金をさせれば返済しないといけないというプレッシャーが民間側に生まれ、きちんと工事を終わらせるだろうと期待された。
それでも90年代は動きは鈍かった。補助金申請の書類や発注の手順などについて標準化したりガイドラインをまとめるなどした結果、2000年代にかけてPFIは急速に拡大した。
PFIに一定の評価
拡大するにつれて批判も高まった。
民間が儲けすぎているのではないか、民間は何をやっているのか分からないという声があがった。
また、施設はオフバランス化して(つまり借金せずに)サービスを購入しているだけと言っているが、何十年も支払い続けるということはやはり借金なのではないかという見方が出始め「隠れ負債」への懸念も膨らんだ。PFI事業での事故や運営トラブルも逆風になった。
そこで12年に生まれたのが、官側がPFI事業者(SPC)に出資するPF2モデルだ。官側が株主としてSPCの経営に参画することで、透明性を向上することを狙った。
批判はあったにせよ「PFIの成果は一定程度はあった」というのがイギリス政府の総括だ。当初目的の1つとしていた工期・予算オーバーは、97年当時の70%から10年間で30%まで改善できた。書類の標準化などを進めたおかげで、発注者側の能力もある程度の水準を保てるようになった効果だろう。財政負担なくインフラを整備できたことなどを成果として捉えている。
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批判はあったが改良もし、成果も上がっている。にもかかわらず、なぜイギリスは新規PFIをストップしたのか。
(第18回)英国、PFI中止するも官民連携は重視
日本が「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)の参考にしたイギリスが、昨秋に新規PFIをストップした。しかし、そのイギリスでさえ今もなお、公共サービスを持続させるうえで民間企業との協働への期待は高い。
PFIを止めた3つの理由
PFIの目的の1つであった工期・予算オーバーが改善し、発注者側の能力も上がった。その結果、PFIでなければ工事が終わらないという懸念が減少した。これが新規PFIをストップする1つの理由となった。
一方、長期的な政府債務は増えた。これが2つ目の理由だ。PF2という改良モデルが出たが、それでも民間企業の利益に対する不信感はぬぐい切れなかった。
そして3つ目として最後の引き金を引いたのは、大手PFI事業者であったゼネコンのカリリオンの倒産だ。とりわけ問題視されたのは建設途中だった病院の案件で、財務省もSPCに出資する株主であったにもかかわらず、工事の状況や同社の経営状態をモニタリングできなかったことである。
政府内部でも監督省庁として民間を指導する立場と、民間と一緒に事業をする立場に分かれ、利益相反が生じていた。
こうして一気にPFI反対の世論が形成された。イギリスの会計検査院は18年にまとめたレポートで「PFIが有効であり、VFMも改善できたという明確な根拠は発見できなかった」と結論した。そしてPPP推進派は、これに反論する確固たる根拠を示せず、PFIストップという現状に至った。
それでもイギリスは官民連携を試行する
しかし、イギリスでPPPやPFIの必要性がなくなったわけではない。PFI中止を財務大臣が公表した直後、財務省は「民間資金による公共投資の必要性は変わっていない」と記された資料を発表している。
インフラファイナンスに強い金融人材の流出を懸念する声もあり、それを避けるためにもPPPやPFIが必要という認識は未だ強い。
そうした中でスコットランドやウェールズでは、「MIM」(ミューチュアルインベストメントモデル)と呼ばれる新たなPPPモデルが生まれてきている。
同モデルでは、入札段階で民間企業から提案されたパーセンテージで企業利益にキャップをかける。そうして選ばれた民間と政府が共同出資のSPCを立ち上げ、10年間にわたり様々な事業を実施する。
特筆すべきは、SPCが事業の上流である計画段階から関与することだ。通常のPFIでは発注段階ですでに官側が考えた計画が出来上がっており、民間の創意工夫が発揮しにくい。
これに対しMIMのSPCは、FSを実施して事業を組成できる立場にある。例えば隣り合うA市とB市が個別に浄水場の整備を構想している場合、一緒に整備するよう提案したりする。事業段階では同社が設計会社などに発注する。
ミューチュアルというモデル名から伺えるように、従来に比べより官と民が相互に補い合える仕組みと言える。
その他、新たな動きとして「ペイバイリゾルト」「アウトカムベース」(成果に対する報酬の支払い)の考え方が浸透しつつある。PFIやPPPにとどまらず、国から地方への補助金や交付金についても、成果が上がらなければ減額されることがある。この考え方は日本でも取り入れるべきであろう。
民間がPPPイノベーションを起こす
日本はかつてイギリスを参考にPFIを導入したが、その後、PFIはイギリスと日本で個別に進化した。これまで述べてきたように、イギリスでは新規PFIを止めると宣言した後も、民間とより良い形で協働できるさまざまなスキームを試行し続けている。
日本の歴史や商習慣、経済・社会環境に合ったPPPやPFIの形は、日本が考えて行かなければならない。イギリスに学ぶことがあるとするなら、新しいことへ挑戦する姿勢と、民間が主導してイノベーションを起していることであろう。
■講演会「実行性・実効性のあるPPPを考える」(一般社団法人Water-n主催)より
「環境新聞」編集部、執筆:Mizu Design編集長 奥田早希子
※「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています