能登半島地震の上下水道インフラの復旧は「進化」した。何が、なぜ、どう進化したのか。それを考えることは、水インフラの未来にも重要な示唆を与えてくれる。
本連載では、能登半島地震の復旧を「住民目線」「サービス化」「官民連携」「協働」の4つの視点から分析し、未来のインフラ像を考える。第1回の視点は「住民目線」である。
「モノの復旧」より「サービスの復旧」
能登半島地震における上下水道の復旧は「進化した」。そう断言する1つの理由は、上下水道を所管する国土交通省が、復旧において重視するポイントを変化させたからである。
これまでが「モノ」を元通りにすることを重視していたとするなら、今回は「サービス」を元通りにすることを優先した。
「モノ」というのは、処理場や管路などのこと。一方の「サービス」とは、飲み水があり、トイレや風呂が使え、生活排水が処理されることとここでは定義する。
モノを元通りにするにはある程度の時間を要する。その間、サービスを途絶えさせるより「モノについては“仮の手当て”や“応急措置”でもいい」「モノの復旧は後回しになってもやむを得ない」という考えに基づいて、サービスを元通りにすることを、今回、国土交通省は優先させた。
一人の住民として、この判断はありがたい。なぜなら、利便性を体感できるのはサービスでしかないからだ。そのサービスがどのようなモノで提供されているかは、住民にとっては関係ない。
だから、「モノ」優先から「サービス」優先への転換は、「住民目線」への転換とも言える。
「“住民目線で考える”なんて当たり前じゃないか」
そう憤る声が聞こえてきそうだ。まさにその通り。しかし、その結果としての「サービス優先」へのマインドの変化は、これまでモノの整備を最優先で取り組んできた国土交通省においては「進化」と呼べる変化であるし、水インフラの未来を考える上で非常に大きな一歩になるはずだ。
このままでは汚水がまちにあふれる!
能登半島地震の復旧において、「サービス優先」「住民目線」での対応が行われたのは下水道管路の災害査定だ。
災害査定は「モノ」を元通りにすることを前提として行われる。被災した施設を復旧する計画や費用などをまとめたもので、自治体が国庫補助を受け取るために欠かせない取り組みである。
下水道管路の災害査定では、外観を目視する「ゼロ次調査」、マンホールの蓋を開けて管路の内部を目視する「一次調査」、管路の内部にテレビカメラを入れて詳細に調べる「二次調査」が行われるのがこれまでだった。
しかし、二次調査を終えるまでには相応の時間を要する。当然ながらその間、被災して汚水が流れなくなってしまったエリアでは下水道サービスを止めざるを得ない。
このことが、1つの問題を生じさせる。上水道の復旧との時間差だ。
一般的に個別に調査を必要とする下水道管路より水を流せば漏水箇所がわかる上水道管路の方が復旧は早い。そのため、上水道を下水道が追いかけるような形で復旧が進む。
能登半島地震では道路の被害が広くかつ大きく、また、作業者が宿泊する場所もほとんどなく、テレビカメラ車や作業時間の確保が難しかった。このことがニ次調査の遅れに拍車をかけた。
もし上水道だけが復旧して、下水道が復旧していなければ、使った汚水を流すことができない。それでも住民が上水道を使うことを完全に止めることは難しく、まち中に汚水があふれたことも過去にはあった。
このままでは、上水道と下水道の復旧の時間差が拡大し、汚水がまち中にあふれるかもしれない。
国土交通省下水道部は危機感を覚えた。
「住民のために何ができるか」
上水道に遅れないように下水道を復旧させる。そのために何ができるのか。
石川県庁に設置された災害対応の現地本部に入っていた国土交通省上下水道事業調整官の堂薗洋昭さんは、支援入りしていた政令市の職員などと意見交換を重ねた。そして関係者と導き出した答えが、モノよりサービスを元通りにすることを優先することだった。
「二次調査つまり災害査定を後回しにしてでも、まずは管路のつまりを解消したり、場合によっては地上に仮配管を設置してでも、汚水を流下する機能を回復すべきだという意見にまとまりました」(堂薗さん。以下同)
その提案を受けた国土交通省本部も現地の判断を支持。すぐに提案に沿った内容で被災自治体に事務連絡が出され、応急復旧のスピードアップにつながった。
上水道の復旧速度を下水道側が意識できたのは、能登半島地震で初めて上水道と下水道が一体となって復旧にあたれたことが大きい。それが可能になった理由はいわずもがな、厚生労働省所管だった水道行政が2024年4月に下水道行政を担う国土交通省に移管されたためだ。発災はその3カ月前だが、前倒しで国土交通省が上水道の復旧も支援した。
「正直なところ、これまで上水道の復旧速度に下水道が遅れるのはやむを得ないと思うところもありましたが、上水道行政と一緒になってから、現地で困っている住民のために何ができるか、住民目線で考えるようになりました」
上下水道インフラは、整備段階では全国一律の規格で良かったものの、整備が進んだ今は老朽化度合いや経営状況など前提条件が自治体によって異なる。各自治体がそれぞれに最適な未来を選択していかなければならない。その際にも、住民目線は欠かせない。
そして、住民目線とは、モノよりも、上下水道サービスの持続を重視することと同義であると筆者は考える。次回はその「サービス化」をテーマとする。
「環境新聞」への代表理事の奥田の寄稿