<経営トランスフォーマー>7人目:長谷川健司 下水道の管路管理を儲かるビジネスにして売上3倍

管清工業 惜しげもなくノウハウを放出した3代目の異端者 

IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。 

月刊下水道とのコラボ連載です(2022年8月号掲載) 


【連載】経営層シリーズインタビュー<7人目>管清工業 長谷川健司社長 

管清工業株式会社
長谷川健司社長

 下水道管の清掃や点検、補修などに専業で取り組む管清工業は、その業界のトップランナーとして名を馳せる。親から子へと社長のバトンは受け継がれ、今、3代目としてその職に就くのが長谷川健司氏だ。1998年の社長就任当時と比較すると、直近の売上は157億円と3倍を超える。長谷川社長に成長を続けるための経営トランスフォーメーションを聞いた。 

 知財を放出し、仲間を増やす 

 管清工業は様々なパイプの調査・清掃・補修などを手掛ける。下水道管路を対象としたB to G(行政向けビジネス)を筆頭に、建物内の排水設備を対象としたB to C(顧客向け)、鉄道の排水設備を対象としたB to Bまで手広く事業展開している。 

このうち売り上げの多くをたたき出す下水道分野では、30年以上も前から「建設から管理の時代に入る」と言われ始めた。管路管理を手がける同社には、まぎれもない追い風だ。しかし、期待に反してすぐにはそよとも風は吹かなかった。国や地方自治体の予算は整備偏重が続き、整備したモノの管理にはなかなか回ってこなかった。 

「1998(平成10)年に社長に就いてから10年間は、仕事が増えなかったですね。予算をつけてくれるようになったと感じたのは6年ほど前。つい最近のことです」 

長谷川社長は当時をこう振り返る。仕事を増やすにはどうしたらよいか。思案の末に取った策が、知財の放出だ。

管路内の調査にはテレビカメラが用いられる(写真1)。テレビカメラさえあれば誰でも管路内を撮影できるが、そのデータを読み解き、解析し、再構築すべきか補修で済むかなどを判断するには一定の熟練が求められる。その熟練こそが同社の知財であり、宝ともいうべき資源だが、それを惜しげもなく他社に提供した。狙ったのは「仲間を増やすこと」だ。 

写真1 管路内を調査する自走式テレビカメラ「グランドビーバーシステム

「自社開発した調査機材を自社だけで使っていても市場は広まりませんが、使い方や診断のガイドラインなどを公開すれば仲間が集まり、仲間が集まれば全国ネットワークができて、仲間が全国各地で営業をして、広めてくれる。同じことをやる会社が増えて、集まって、大きな塊になれば、1社でやるより大きな市場を開拓できます。今でもその判断は間違いではなかったと確信しています。もちろん社内に反対意見はありましたが“教えちゃえ~!”って。同業の社長の息子の武者修行も受け入れましたよ」 

「自社の業界シェアは10%まで。会社を大きくしたいなら分母となる業界をでかくする。これが当社の哲学です」 

長谷川社長の行動は、この哲学そのものである。 

業界がデカくなれば市場も売上も拡大する 

 『分母となる業界をでかくする』ために、もうひとつ長谷川社長が取り組んだことがある。下水道管路管理“業”という業界を作ることだ。 

整備が主流であったかつての下水道事業では、整備したモノを管理する業種は当然ながら存在しなかった。そうした中、整備全盛期の1962年にいち早く管理に目を付けて創業し、1代目は管路管理に必要な機材の輸入販売、2代目で管路管理の手法を確立した。しかし、単発的な仕事に終始していることが長谷川社長には気がかりだった。 

「モノがある限り管理は続く。だから管路管理業には長期的な視点が求められるのですが、それまでは行政に言われたことだけをやって終わり、また別のことを言われてやって終わりでした。これは管路管理ではありません」 

では、管路管理業とは何か。長谷川社長は、それを徹底的に考え抜いた。 

「管路管理業とは、次にやるべきことを見える化し、顧客に提案することだと思います。先を見越した計画的な管理につながれば顧客に貢献できますし、企業にとっても次の仕事につながり、持続可能な経営を実現できます」 

1993(平成5)年、管路管理を手掛ける各社が集まって「社団法人日本下水道管理管理業協会」が発足した。2代目の父は中心人物として関わり、2009(平成21年)に長谷川社長が会長に就いた。長期的な視点で管路管理業の未来を見据え、会長就任後すぐに公益社団法人に移行し、管路管理技術の普及や人材育成など、より公益性の高い事業を展開している。 

「下水道サービスを維持していくには、管路管理の力は不可欠です。だからこそ、管路管理業を確立したかったし、確立する必要がありました」 

 管路管理業の地位はコンサルやメーカーより下ではない 

 しかし、それでもなお、管路管理業が社会的地位を獲得するまでには時間を要した。長谷川社長には苦い経験がある。 

2002(平成14年)に上下水道サービスの国際規格を作るため、国際標準化機構(ISO)に技術委員会TC224が設置された。国内委員会には日本に不利になる規格にならないよう参加国と英語での厳しい交渉が求められる中、海外でのビジネス経験が豊富な長谷川社長にアドバイザーとして白羽の矢が立った。しかし、当時はまだ管路管理が下に見られていた時代。他のメンバーから「なんだあいつは?」と白い目で見られた。 

「整備の時代を支えていたメーカーやコンサルタントの業界から、管路管理が下に見られていたのがとにかくくやしかった。公益社団法人ができ、市場も広がってきた今、ようやく他の業界と同じテーブルに乗れるようになりました」 

ビジネス的な視点で仲間を増やす経営戦略と、公益的な視点での活動。その両輪が、長谷川社長の読み通り管路管理市場を拡大した。 

「以前は“仕事がない”という声が同協会会員から聞こえてきましたが、ここ数年は聞かなくなりました。きちんと予算がついて、管路管理が行われている証です」 

「管路管理業」と「管清工業」を一般社会に認知してもらいたい 

 長谷川社長にはもう一つ、苦い経験がある。同社の社員がマンホールの蓋を開けて中に入り、点検作業を行っていた時のこと。興味津々で近づいてきた子供の手を引っ張りながら、母親が「そっちにいっちゃだめよ。言うこと聞かないと、あんな人になっちゃうよ」と言ったのだそうだ。「あんな人」とは、大学卒で入社した同社の若手社員だった。 

それ以来、管路管理業とは何かを知ってもらう啓発活動に力を入れるようになった。 

工事現場では通行人や住民を遠ざけようとするものだが、安全を確保したうえで逆にそこに人を集め、機材を見てもらったり、工事内容を説明したりしてほしいと社員に訴えた。工事現場は住民との交流の場に変わった(写真2)。 

「道路で工事をしていると嫌な顔をされることもありますが、きちんと説明すると“ありがとう”と言ってもらえます。それが社員の自尊心を育て、離職率も下がってきました」 

写真2 通りすがりの市民からの質問に丁寧に回答する

この取り組みは国土交通省が主催する「インフラメンテナンス大賞」の2020年度の国土交通大臣賞を受賞し、対外的にも高く評価されている。 

それでもなお“業界内では有名”という自社の立ち位置に、長谷川社長は満足していない。 

「一般社会に当社の名前を知ってもらい、管路管理という仕事を知ってもらえるようになりたい」 

そのためにJ2リーグの町田ゼルビアに協賛したり、神宮球場のオフィシャルスポンサーになるなど、露出を高めている。 

2022年4月には創業60周年を記念して「厚木の杜 環境リサーチセンター」を開設した。下水管の中に入る体験ができる施設(写真3)や、下水道管路管理の歴史や機材などを学べる「長谷川記念館」などがある。もちろん一般の人も入場可能だ。 

写真3 厚木の杜にある体験用の下水道管。調査・清掃などの研修用としても使用する

厚木の杜は開設したものの、まだまだ未完成。「サグラダファミリアのように、時間をかけて工事を進め、着実に進化させていきます」と長谷川社長。 

それと同時に下水道管路管理のあり方も、どんどん進化させてくれるはずだ。