浸水被害からアートを救え!川崎市市民ミュージアム収蔵品レスキューの歩み

2019年10月12日に、非常に強い勢力で上陸した台風19号。各地で観測史上1位を記録したこの台風によって、「川崎市市民ミュージアム」の地階の収蔵庫にあった資料約24万点と設備類も大きな被害を受けました。現在も続く収蔵品レスキューの取り組みについて紹介します。

収蔵資料の甚大な被害

「都市と人間」をテーマに、1988年に開館した博物館と美術館の複合文化施設「川崎市市民ミュージアム」。写真や漫画、映像、グラフィックデザインなど近現代の美術資料が充実していることや、オリジナリティのある企画展や上映会が行われる館として、市民はもちろん多くのアートファンにも愛されていました。

しかし、2019年10月に上陸した台風19号の降雨によって、川崎市を流れる多摩川の水位が大幅に上昇しました。被災後の検証では、計画高水位を超えたことで多摩川への雨水の排水量が減少し、行き場を失った雨水がマンホールなどから溢れたのではないかと推測されています。雨水は道路を覆い、やがて川崎市市民ミュージアムの地階へも大量に流れ込みました。

地階にあったすべての収蔵庫が浸水し、所蔵資料約30万点のうち、約24万点が被害に遭うと同時に、空調設備なども浸水したため、同館は施設機能も停止せざるを得なくなったのです。

「収蔵品レスキュー」の状況を公開へ

美術館や博物館にとって、展示公開することと同時に、コレクションを良好な状態で保存し、次世代に引き継ぐことも大切な役割です。しかし、展示をすれば照明や気候条件による劣化が進み、保存中も虫害被害などが起こる可能性もあります。

展示と保存という相反する要素を両立させるのは、文化施設においては大きなテーマです。そして世界的な気候変動による、これまでに想定できなかった災害被害が起こり得ることを、市民ミュージアムを襲った出来事は示したといえます。

しかし、起きてしまった被害をどう乗り越えてきたのか、その記録を残すことは、必ずのちの礎となるはず。市民ミュー ジアムでは、収蔵品レスキューの様子を、動画や展示などで公開していく方針を取ります。

ネットワーク形成でレスキューを進める

棚が倒れ、床がめくれ上がり、通路の確保もままならない中、水を吸って重く、脆弱になっていた資料を搬出することからレスキューは始まりました。高温多湿で空調設備も使用できないため、カビの発生などによる健康への影響も深刻です。その状況でも、作品の劣化の進行を食い止めるための冷凍などの応急措置、解体や洗浄、専門家による修復、保存作業など、やるべきことは山積みです。

未曽有の、かつ専門性の高い作業を行うにあたって、まず重要なのはネットワークの構築でした。博物館、美術館関係団体、映像、写真など各分野の専門家、文化財保存のための組織からの支援を得てレスキュー作業に取り組み始めました。

それと同時に、市 民ミュージアム職員や、川崎市職員自らが専門家のワークショップを受け、保存・修復 作業を身に付けることで、作業の担い手となる取り組みにも着手しました。こうして試行錯誤を重ねた結果、収蔵品レスキューは少しずつ、そして確実に進んでいるのです。

回復力のある文化施設へ

現在、川崎市市民ミュージアムは、被災リスクの少ない土地へ移転する方針のもと、新施設の基本構想が検討されています。しかし収蔵品レスキューの活動と、活動に関する展示、そしてインターネットや他館での展示などを通して、文化施設の役割を果たすべく今も活動は続けられています。

大きな災害を経たことで、よりレジリエントな(回復力のある)施設に生まれ変わること、そして多くの人にメッセージを伝える役割をこれからも果たしていくことが、新しい場所では期待されているのです。



収蔵品レスキューの被災漫画修復の過程と、その理念を紹介した漫画『袋につめて』(増村十七・作)。公式HPの「収蔵品レスキュー」ページにて公開中。

「Untitled, 2021」原 美樹子


学芸員が研究分野や専門領域について紹介するオンライン講座。5本の動画のうち「入門!修復とは何なのか-保存修復と光の関係-」と「磁気テープの応急処置とデジタル化-川崎市市民ミュージアム実践編-」では修復業務で培った学芸スタッフの知識・経験を紹介している。

 

※テーマは取材当時のもので現在は終了しています。
※川崎市市民ミュージアム被災収蔵品レスキューの記録はこちらから
※市民ミュージアム収蔵品の修復への寄附はこちらから
『水を還すヒト・コト・モノマガジン「Water-n」』vol.13より転載(発行:一般社団法人Water-n)