生産地と消費地をつなぐ下水道

ビストロ下水道で「食」のループを取り戻そう

米や野菜などの有機資源はかつて、生産地と消費地、農業と暮らしの間を循環していた。作物を食べて排泄し、そのし尿で作物を育て、できた作物を食する。こうして出来上がった「食」のループはしかし、下水道の普及とともに失われた。

下水道で処理されたし尿は生産地に戻されることがなく、生産地と消費地は分断された。この失われた「食」のループを取り戻そうとする動きがある。

「ビストロ下水道」という一風変わった名称のプロジェクトだ。

枝豆の味が濃く「うまい」

お通しもすべて汚泥肥料で栽培されたもの

「ビストロ下水道」とは、下水処理水や汚泥肥料などを農作物の栽培に活用する取り組みだ。3年前の話で恐縮だが、名古屋市内の居酒屋で、期間限定でビストロ下水道メニューが供されると聞いて行ってみた。

午後6時半の店内は、100席のほぼすべてが埋まっている。客の一人に尋ねると、下水道業界の一大イベント「下水道展」に合わせた企画ということで、客の7割近くが下水道関係者だという。「見知った客が多い」と言うその人も、そうだった。

さっそくビストロ下水道用の特別メニューの中から、枝豆やみそ串カツなどを注文。同じくビストロ下水道メニューのイブリガッコと玉ねぎが盛られたお通しと一緒に運ばれてきた。

見た目は普通だ。しかし、ビストロという美味なイメージと、下水道という失礼ながらまずそうなイメージの、両極端な単語を組み合わせた名称の料理に一瞬たじろぐ。うまいのか、まずいのか。

枝豆を1粒、2粒。

うまい。山形県鶴岡市で栽培された、同地で作り継がれてきた在来の品種だという。比較のために添えられた普通の枝豆と食べ比べると、味の濃さが一目瞭然ならぬ一味瞭然。みそ串カツに刺さった玉ねぎもうまい。

この日、翌日に下水道展のイベントに出演される江戸家小猫さんも来店された。イブリガッコが大好物という子猫さんが、ビストロ下水道イブリガッゴをガブリ。「おいしいですねえ」と笑みがこぼれた。

若い人は抵抗感なく

江戸家小猫さんもビストロ下水道に舌鼓

古来より日本では肥料として使われてきた「し尿」。江戸時代には循環型農業の一翼を担い、都市住民の財源にまでなっていたほど貴重な有機資源だった。それを肥やしに栽培されたのだから、まずいわけがない。

し尿の肥料としての効能は、科学的にも検証されている。イチゴを使った実験では、化学肥料で栽培したものより甘みが増す傾向が確認された。

重金属やウィルス、病原菌などの混入を不安視する声もあるため、ビストロ下水道の肥料は下水道管理者が率先して安全管理に取り組んでいる。肥料登録されるのは、肥料取締法に基づく規格をクリアした汚泥肥料だけだ。

また、リンは70年後に埋蔵量が半分になると言われているが、日本の輸入量の3~5割は下水道から回収できる。

昔は使っていた。うまい。味も安全性も科学的に検証されている。枯渇資源を回収できる。それでもなお「下水道のモノで栽培された」と枕詞がつくと、抵抗感を持つ人がいる。居酒屋の運営会社の社長室長は、客の反応をこう分析する。

「下水道と聞いて嫌がる人は確かにいますが、説明して食べていただくと、おいしさを分かっていただけます。それでも嫌がる人は年配の方に多く、若い人ほど抵抗感なく食べていたように感じます」

高度経済成長期、都市化とともに生産地(農地)が消費地から遠ざかり、都市では肥料をさばききれなくなり、し尿は不衛生をもたらすやっかいものになってしまった。

そのやっかいものを処理するために下水道システムが整備されたわけだが、その過渡期を生き、水洗化される前のいわゆるボットントイレの記憶を持つ人にとっては、下水道という言葉が臭気を引き連れてやっかいものを想起させるのかもしれない。

儲かる仕組みを作る

下水道資源で作られたたい肥で育った「じゅんかん育ち」

「ビスロト下水道」と言わなければ抵抗感は排除できるが、それでは他の農産物と差別化ができない。リンや窒素など輸入肥料が安価なため、ビストロ下水道の価格競争力は弱い。割高でも手に取り、食してもらうには、差別化するしかない。

ビストロ下水道を公共事業として位置づけ、補助金を投資し続ければ見た目の価格競争力は得られるが、行政の財政状況を考えれば持続的な手法ではない。たい肥メーカーや農家、飲食店が儲かる仕組みが必要であり、そのためにも差別化は重要だ。

少々変わっているが「ビストロ下水道」という名称はインパクトが強いので、話題を呼び、付加価値を生む力を感じる。嫌悪する人がいるとしても、あえて差別化のためにそのまま使い続けてほしいと思う。

 生産地と消費地が分断されたのが20世紀だとするなら、新たなループでつなぎ直すのが21世紀だ。行政職員は下水を処理し、メーカーは汚泥肥料を作り、農家がそれを使い、一人一人は汚泥肥料で栽培された農産物を食す。

それぞれがそれぞれの立場で、つなぎ直す作業に携わることができる。

「収穫できた」「うまかった」。

その過程で生まれる笑顔のつながりが、ビストロ下水道の付加価値の源泉となる。

(編集長:奥田早希子)

「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています