患者と家庭、福祉、社会をつなぐ
下水道にも「お医者さん」がいる。
産官学連携の技術開発プラットホームである日本下水道新技術機構は「下水道の大事な話」というパンフレットで「あなたのまちの下水道の総合診療医」を自称し、患者である自治体の問診を行う体裁をとっている。
総合診療医というのは2018年4月に「専門医」として認定されたばかりの、新しい分野のお医者さんだ。一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会の総合診療特任指導医として総合診療医を育成・指導している長野県の小谷村診療所長の中井和男医師と話す機会を得た。
下水道とは分野は異なるが、その背景には共通点が多く、今後の方向性を探るヒントがあると感じた。
同学会のサイトによると、総合診療医とは「患者さんの心身の健康面、家族関係、就労・経済状況などを多角的に診て、その人が望む暮らしを送れるように、あらゆる専門医や協力者と連携しその解決にあたります」とある。
例えば入院して病気が治っても、退院後に家で安心して暮らせる保証はない。その背景には、老々介護や独居老人の増加、地域との断絶などの社会課題がある。安全で安心して暮らし続けられる社会を実現するために、患者と家庭、医療、福祉、社会などとのつなぎ役として総合診療医が求められたのだろう。
小谷村は高齢化が進み、人口も減っている。医者は中井医師だけと人手も不足する。中井医師は総合診療医の資格は持たないが、その働き方はまさに総合診療医だ。
前述の定義にあるように、ケアマネージャーやヘルパーなど福祉と医療との協働を重視する。その基盤として、患者情報を効率的に共有できるICTの導入などにも取り組んでいる。
電気もガスも多角的に診る
下水道はどうか。人口減少による収益減少、施設の高齢化(老朽化)、技術者不足と、医療が直面する課題と共通項が多い。
では、それら課題に総合診療的な対応ができているだろうか。否ではないか、というのがここでの問題提起だ。
老朽化対策そのものは重要な事業だが、だからといって全施設を更新してしまっては、人口が減ってせっかく更新した施設が不要になった、余剰施設の維持費が経営を圧迫する、といった事態になりかねない。
個別最適では全体最適にならない。下水道を多角的に診るという、まさに総合診療医の視点が求められる。
さらに言えば、浄化槽、水道、工業用水道などは同じ水インフラなのに省庁縦割りでバラバラに対応されており、こちらも社会全体の最適にはならない。
もっと言えば、電気事業者がガスを売る時代なのだから、通信や道路なども含めた社会インフラまで視野を広げた連携・協働を考えた方が全体最適に近づくイノベーションは起こりやすい。
そして、その基盤となるのが情報であり、情報を共有し活用するためのICT、IoT、AIである。
まずは水インフラの総合診療医の育成が急務である。
(Mizu Design編集長:奥田早希子)
※「環境新聞」に投稿した記事をご厚意により転載させていただいています