<経営トランスフォーマー>5人目:日下修一 全体的視野で上下水道ビジネスをアーキテクトする

日本鋳鉄管 覚悟の大赤字からV字回復を実現

IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。
月刊下水道とのコラボ連載です


【連載】経営層シリーズインタビュー<5人目>日本鋳鉄管 日下修一社長

日本鋳鉄管株式会社
日下修一社長

異業種、異分野から来た社長だからこそ、見過ごされてきた課題が見えることがある。2018年6月に日本鋳鉄管の社長に就任した日下修一氏もその一人だ。日下氏は同社の親会社であり最大株主でもあるJFEスチールで、製鉄所の所長を務めていた。そんな日下氏の眼には、1937年に創業した老舗企業のあちこちからあふれ出る膿が見えた。就任からの2年間、課題を命題と捉え、地獄の苦しみと振り返る経営立て直しに力を注いだ。日下氏に経営トランスフォーメーションを伺った。


この記事のコンテンツ

■現場を歩いて気づいた 「なんでこんなに在庫が多いんだ!?」
■小赤字より大赤字で膿を出し切る
■メーカーがAI診断を始めたクレイジー!
■視点を変えて生まれた初の自社開発商品

■市民のメリットを考えた上下水道ビジネス


現場を歩いて気づいた「なんでこんなに在庫が多いんだ!?」

日本鋳鉄管の業績は、日下氏が2018年度に社長に就任する数年前から芳しくなかった(図表1)。2016年度は売上高を2%ほど落とし、2017年度は6%減の129.8億円。下げ幅が一気に拡大していた。

図表1 売上高の推移

経常利益はもっと悪かった。2017年度は前年比で約82%減の約1億円。2014年度からの4年間で、経常利益は1割ほどにしぼんでいた(図表2)。悪い数字が乱立する中で、親会社から送り込まれたのが日下氏だった。

図表2 経常利益の推移

 「利益はギリギリのプラスでしたが、実情は危ない状況でした。早く立て直さないと沈没する。そんな危機感を持って経営を引き継ぎました」(日下氏。以下同)

現場を見ずに課題は見えないと考える日下氏は、着任早々、工場など現場を見て回った。そこで、在庫が多いことが気になった。

「工場の中を見回ってみると、目視しただけでも感覚的に在庫が過剰だなと思いました。もちろん商品棚に並べて置く在庫は必要ですが、それも普通だったら2カ月くらいで回転する。なのにバックヤードで在庫が山をなしていて、これは不健全だと直感しました」

小赤字より大赤字で膿を出し切る

人も工場も減らさないことを自身に誓い、在庫削減と大規模な減損処理という大リストラを敢行した。これにより固定資産額を2017年度末の75.7億円から、2018年度末には44.4億円にまで一気に減らした。特に建物や機械装置の減額率が大きかった。

減損処理をすることで資産効率を改善できるとされるが、減損処理をした年度は業績が悪化し、企業評価が暴落するリスクがあると言われる。しかして同社の業績はボロボロになった。2017年度末にかろうじて経常利益で1億円の黒字を確保していたが、2018年度末は10億円の大赤字を計上することとなった。

「在庫処分、生産抑制、一方で減損処理をする。これは相当に痛手で地獄の苦しみでしたが、“小赤字”を続けるより、大赤字を出してでも一気に膿を出しきったほうがいい。それに、やれば必ず利益率は上がる。V字回復のシナリオは冷静に計算できていましたから、心を鬼にしてやり切りました」

翌年の2019年度の経常利益は5.7億円の黒字。その後も売上高を含め増加傾向にあり、言葉通りV字回復を果たした(図表1,2)

日下氏は社長就任の直前、JFEスチールの製鉄所で所長を務めていた。製鉄所には社員協力会社合わせて8500人が働いており、その家族を合わせて3万人ほどを養っていることになる。道路や鉄道があれば、パトカーも走るし、病院もある小さな町のようなものだという。そのトップということは、町長みたいなもの。製品をどうするかという個別最適ではなく、町全体をどうするかという全体最適を見る視野が身についていた。

モノづくり会社は製品が良ければ良いと考えがちだが、それだけでは経営が行き詰まったり、経営改善が遅れやすい。本連載に登壇いただいたベルテクスコーポレーションの土屋明秀社長がそう言っていたことを思い出す。日下氏もまた、製品からの視点だけではなく、より広い視点で現状に向き合い、大リストラを敢行できた。前職での経験が生きた。

メーカーがAI診断を始めたクレイジー!

在庫削減や減損処理は、大事ではあるが原状回復のための守りの戦略にすぎない。モノの需要が潤沢であれば同社のようなメーカーはそれで乗り切れるかもしれないが、上下水道整備の時代が終焉を迎えつつある今、旧態依然として鋳鉄管を作って売るだけでは生き残ることは難しい。とすれば、攻めの戦略も必要だ。

日下氏が攻めの一手として選んだのは、意外にもモノづくりではなく、上下水道管路のAI診断だった。

「上下水道管路の更新の手順を整理して、全体を俯瞰してみたんです。診断、更新計画、発注、工事施工、工事結果の確認、事業体への施工完了報告…。この業務の一周のどこかに、お客様が困っていること、つまり喜ぶことが必ずある。一方で、社会的には料金収入の減少やベテラン職員の減少、暗黙知の消失などの課題がある。両者を掛け合わせたとき、どこが悪いかを見つける診断は、事業体に喜んでもらえそうだとひらめきました」

この時の全体俯瞰もまた、前職で身につけた全体最適の視点に通じるものがある。そして組んだ相手がまた面白い。あのフラクタだ。

フラクタはAI機械学習に基づく水道管等のインフラ劣化予測のソフトウェア開発を手掛けるスタートアップで、アメリカ・カリフォルニア州に拠点を置く。CEOの加藤崇氏はグーグルとスタンフォードが認めた男として、また、その自伝「クレイジーで行こう!」でも知られる。メーカーではない道の選択、そして老舗とスタートアップの組み合わせ。日下氏も結構なクレイジーだ!

「業界3番手の当社は新商品を開発することもなく、規格品を規格通りに作っていれば売れていました。それって金魚のフンみたいで面白くないし、モノを作れば売れる時代が未来永劫続くはずもない。20代の新入社員が安心して働ける会社にするには、当社ならではの存在意義を発揮すること。大企業にはできない新しい商品を見つけるしかありません。

そこで考えたんです。商品ってなんだろうと。形のあるプロダクトも商品として大切ですが、形がないサービスや仕組みにもお客様が喜ぶことがある。それも商品になるはず。プロダクトとサービスを組み合わせ、お客様が喜ぶ世界を作ろうと思ったんです」

視点を変えて生まれた初の自社開発商品

顧客を喜ばす視点を持つことで、メーカーとして初となる自社開発プロダクト「オセール」というプロダクトも生まれた。鋳鉄管を立坑内で連結し、地中に押し込んで地下パイプラインを構築するさや管推進工法の施工現場で用いられる部品だ。

以前は立坑内で鋳鉄管を連結する部品を装着していたが、作業スペースが狭くて時間がかかり、熟練を要するため作業員の確保が難しい等の課題があった。オセールは作業を地上で行うことで、これら課題を解決する。

オセール

「規格品である鋳鉄管では差別化できませんが、鋳鉄管を使った工事を楽にする方法はないか、と発想しました。初の自社開発だったので、開発チームに3名を配属し、少数精鋭で開発しました。川崎市に初めて採用していただき、その見学会で施工がスムーズにいき過ぎて見学会が早く終わってしまったほどでした」

取材中、日下氏は何度も「視点を変える」という言葉を使った。日下氏が実践した、作ったモノを売るプロダクトアウトから、顧客ニーズから商品開発するマーケットインへの転換。そして、モノだけではなく、モノ周辺のサービスや仕組みも商品と捉えること。視点を変えるとは、まさにそういうことだ。

市民のメリットを考えた上下水道ビジネス

日下氏は2021年からデザイン経営を掲げている。

「ビジネスのデザインはモノづくりを基本として、社会への貢献のあり方など全部を統合して考え、上下水道ビジネスをアーキテクト(建築)することだと思います」

在庫調整やバランスシート改革、プロダクトとしての商品、サービスや仕組みという商品、顧客視点、市民参加…。日下氏がこれまで取り組んできた要素がすべて建材となり、上下水道ビジネスというアーキテクチャーを築き上げる。そのどこかだけを見ていては、いびつな建築物になるか、そもそも建築物は完成しないということだ。

「上下水道はBtoG through C(サービスの提供を受ける市民の目を通して行政とお取引させていただく)のビジネスなので、Cである市民のメリットを考えて、Gである行政に提案しないとビジネスが成り立ちません」

確かにそうだ。であれば、マンホール聖戦のような市民とつながる取り組みは、BtoG through Cのデザイン経営の幹を太くする要素とも言える。今後、その幹から枝葉を伸ばし、どのような果実を実らせるのかが楽しみだ。